小説すばる新人賞

人生の生き方を問う。安壇美緒『天龍院亜希子の日記』のあらすじと感想。

なかなか個性的な名前がばーんと表紙に描かれていて目を引く。

でもタイトルだけだとさっぱり中身が想像できないので、それで気になってしまいます。

今回読んだのは安壇美緒さんのデビュー作、『天龍院亜希子の日記』です!

第30回小説すばる新人賞受賞作になります。

なんとなくいつも、本を読むときはタイトル見て、

「こんな本かなー」

と多少なり想像するのですが、この本はさっぱりイメージがわかなかったのでおもしろく読めました。

『天龍院亜希子の日記』のあらすじ

人材派遣会社に正社員として勤める田町譲・27歳。

職場はブラック企業で終電近くまで働くこともしばしば。

育休や時短勤務で人が抜けても、

「田町ならできると思っているよ」

と仕事は増やされ人員の補充もなし。

長く付き合っている彼女とは徐々に距離ができ、このまま自然と別れていくのかなと思っていたところ、彼女の父親が入院することに。

彼女との距離が急に縮まり出し、結婚という二文字が頭をよぎるようになる。

いずれも人生にとって大きな局面なのに、しっかりとした決断をできぬまま、なんとなく惰性で流れていく。

そんな田町はある日、友人との会話をきっかけに、過去に泣かしてしまったことのある元同級生が書く穏やかなブログを見つけるのであった。

なんとなく生きること

27歳、ブラック企業に勤める田町。

彼は本当に惰性に流され、その場の空気に流され、いったいどこまで流されていくのだろうといった男です。

職場は明らかにブラック企業。

元々残業が多くてしんどい中で、更に育休・時短で戦力が減っても補充されることはなし。

働かない何をしているのかわからない上司にうまく言いくるめられて仕事に励んでしまう。

彼女の父親が入院したときも、お見舞いに来て欲しいと言われると、

「ただの彼氏彼女で相手の父親のお見舞いってどうなんだろう?」

と思いつつも深く考えず、相手の親からはかなり結婚を意識した態度を取られてしまう。

同僚のかわいくて胸の大きい女性と飲んだあと、なんとなくそのままホテルに行って関係を持ち、彼女がいるのにその関係をずるずる続けてしまう。

読んでいて、

「田町だめなやつだなあ」

と思いながらも、でも多かれ少なかれこうした流される弱さって誰しも持っているものなんですよね。

決断せず、はっきりと選び取らず、なんとなく流される。

これってとても楽な生き方だと思います。

いろんなできごとを、

「まあいいか」

ですませてしまう人ってかなりいるんじゃないかと。

私も割とそれに近い部分があるので、田町の生き方って他人ごとではない。

でも、そうした生き方を続けた先ってあまり幸せが待っているようには感じないですよね。

人生において何を優先?

『天龍院亜希子の日記』では、田町が勤める派遣会社内での女性のぶつかり合いが出てきます。

育児のために時短勤務をしている岡崎さんVSその被害を受けている女性社員。

岡崎さんは当然の権利として育休も取り時短勤務も行います。

それは正当なことですが、残されて負担が増える側からすると、不満も少しずつ溜まっていくもの。

その中には嫉妬の感情も含まれているのかもしれません。

残された側は、自分に降りかかってきた負担を必死にこなして、仕事を片付けていきますが、ふと思います。

自分が必死に仕事を肩代わりしたところで、感謝はされどそれ以上何が残るのか、と。

必死に仕事を頑張る人生と、うまく制度を利用して陰口をたたかれながらでも自分の人生を豊かにすることの果たしてどちらが賢い生き方なのだろうか、と。

これって人によって答えは異なると思います。

私の職場にも、家庭は大事だけど、人生の土台となる仕事は優先しなければいけないという人もいます。

これはどちらかというと年配の先輩方に多い気がします。

逆に、家庭が一番で、そこを外して仕事というのは考えられないという人もいます。

最近は男性でも育休が取りやすくなってきているので、半年とか一年とか取る人だっています。

そのことでほかの同僚から不満を言われることも。

私個人としては、仕事のために家族を犠牲にはしたくないと考えています。

それでもどうしても仕事をしなければいけない場面はたくさんあるので、理想通りにはなかなかいきませんが。

実際にどちらが正しいってのはないんですよね。

仕事を頑張ってくれる人がいなければ回らないことってありますし、とはいえ、認められている権利がそうした思想によって使いづらくなるのもおかしな話で。

そういったときはお互い様!ってことで職場全体で応援できるのであればそれが素敵だなとは感じます。

人を見下す視点

誰かを見下してしまうこと。

『天龍院亜希子の日記』にもそうしたシーンがあります。

実際に見下しているかはわかりませんが、受けて側が見下されていると感じることってあるんですね。

諸事情により田町が担当することになった派遣の男性。

彼はコミュニケーションが苦手で仕事も続かず、派遣の仕事もなかなか決まらない。

そんな彼をなんとかしようと頑張る田町に、

「田町さんはこれまでの担当さんと違う」

といいます。

他の人は自分のことを、いい年して派遣に登録することしかできないと見下している、特に女性の担当だと顕著だというのです。

それは本人の受け止め方にもよるのでしょうが、見下すってごく自然に意識せず行われていることだと思いました。

自身を振り返ってみると、仕事のできない先輩に対して、

「本当にあの人は……」

なんて言ってしまうことはやはりあります。

それを事実として受け止め、それに対する策を考えるのであればまあいいのかな。

でも、ただ文句や不満をいうだけ、その人を下に見るだけって意味がない上に、自分の価値まで貶めていると感じました。

おわりに

『天龍院亜希子の日記』では、結局最後まで天龍院亜希子が登場しませんでした。

この日記自体は、田町にとって支えの一つであったのですが、読んでいて、

「果たしてこの日記ってそこまで重要だったのか」

と感じてしまう部分も。

小説全体としては、上手な構成でもあり、

「そういう感じすごくわかる」

と共感するところも多く、田町の未来に幸あれと願わずにはいられません。