「我拶(がさつ)」という言葉を調べると、
「細かいところまで気が回らず、言葉や動作が荒っぽくて落ち着きのないさま。」
と出てきます。
あまりいい意味ではないのに、この小説ではその我拶がちょっとかっこよくも思えます。
今回読んだのは、神尾水無子さんの『我拶もん』です!
『我拶もん』は第36回小説すばる新人賞をW受賞したうちの一冊です。
もう一冊は、逢崎遊さんの、『正しき地図の裏側より』です。
『我拶もん』は、江戸時代の陸尺という駕籠持ちを主役にした珍しい小説。
時代の雰囲気も良く出ていて興味深く読むことができます。
ここでは『我拶もん』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『我拶もん』のあらすじ
時は寛保二年。
大名や旗本の駕籠を担ぐことを生業とする陸尺の桐生。
背が高く、面立ちも良い桐生は、その派手な仕事っぷりもあって江戸で人気を誇っていた。
陸尺の中でももっとも格の高い上大座配に昇りつめ、高嶺の花である深川芸者の心も射止めていた。
得意絶頂の桐生だったが、ある日、芝居小屋の《市村座》で木戸番と陸尺の大乱闘が勃発してしまう。
相方の龍太が巻き込まれたと知った桐生は仲間の翔次と共に駆けつけも、騒動を収めることができない。
龍太は自らを犠牲にして捕えられ、桐生を逃がす。
桐生はというと、騒動を収めるために出向いたのに、他の陸尺たちからは裏切り者扱いされ仕事を干されてしまう。
仕事もできず、暇を持て余していた八月のある日、大雨により江戸で大洪水が発生する。
何もかもが濁流へと飲み込まれ、恋仲であった蕎麦屋の娘・おみねも目の前で流されていってしまう。
辛うじて生き延びた桐生だったが、右腕に大怪我を負い、駕籠を担ぐことなどできなくなってしまっていた。
すべてを失って絶望する桐生。
そんな桐生に救いの手をさし伸ばしたのが、市村座の騒動のときに知り合った男であった。
すごく傲慢な主人公・桐生
最初に読んでいて思うのは、
「ちょっと主人公が傲慢すぎやしないかい?」
ってことでした。
背が高くて、かっこよくて、女性からもモテて、陸尺としても引く手あまた。
その派手な仕事ぶりから江戸の町民からも慕われる。
陸尺としても上大座配というなかなかなれない位にいるわけです。
それは自信家の傲慢になっても仕方ないのかもしれないですね。
でも、そのままじゃ小説は終われない。
神尾水無子さんは、思いっきり桐生を落とします。
幸せの絶頂からのこれでもかってほどの転落。
すぐにその性根は変えることができないものだから、大雨と洪水の大災害があったあと、なかなか桐生の生活はうまくいかない。
プライドってやっかいなもので、ことあるごとに上大座配であることを口にしてしまう。
そんな桐生が少しずつ変わっていく姿もこの小説の醍醐味だったなと思います。
江戸時代の知らない世界が知れてよい
江戸時代を描いた小説とかドラマとかってそれなりにあるけど、陸尺ってあまり知られてないんですよね。
参勤交代はわかるけど、その細かいところまでってなかなか目がいかない。
もちろん、大きなことばかりではなく、そこには生きている人たちが存在したわけだけど、それを知る機会って、ふつうは少ない。
だからこうした人たちにスポットを当てた小説はおもしろい。
陸尺というものがどんな人たちなのか。
何を大事にしていたり、どんな立場だったりということも描いていて、これから先、時代物を見るときにこれまで以上にイメージしやすくなった気がします。
おわりに
著者の神尾水無子さんは1969年東京生まれとあるので、受賞時がたぶん54歳くらいですかね。
そこからでもデビューできるから小説家って夢があっていいなって思います。
全部読み終わって改めて表紙を見てみると、この場面を表紙に選んだのってすごくいいなって思いました。
小説すばる新人賞で時代物ってめずらしい気もしましたが、これはこれで趣があってよかった。
次は『正しき地図の裏側より』も楽しみたいと思います。