小説現代長編新人賞

そのときの感情は本物だ。朝霧咲『どうしようもなく辛かったよ』

純粋なだけではやっていけない。

良くも悪くも、いろんなことに悩み、ぶつかり、時には傷つけて成長していく年代だよなって感じながら読みました。

今回読んだのは、朝霧咲さんの『どうしようもなく辛かったよ』です!

第17回小説現代長編新人賞を受賞した作品になります。

受賞時、朝霧咲さんは高校3年生っていうからすごい。

中学生の繊細でかつちょっと残酷でもある心の動きを見事にとらえた連作短編となります。

ここでは『どうしようもなく辛かったよ』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『どうしようもなく辛かったよ』のあらすじ

中学生の若菜たちは、日々、バレー部での練習に明け暮れていた。

周囲からも羨ましがられるくらいに仲が良くてまとまりのあるバレー部。

顧問の藤吉先生のことが大好きで、きつい練習も先生のもとだがら頑張れる。

そんなバレー部が三年生になる直前、藤吉先生が転勤になることを知る。

代わりにきた顧問はバレー未経験のデブとじじい。

練習にも身が入らず、このままじゃいけないと危機感が募る。

最後の大会のエントリー表が出て、藤吉先生の転勤先は2回戦であたることがわかった。

先生に私たちの姿を見せようと、若菜たちは大会ににのぞむが……。

 

「特別になりたい」と願う若菜、学業優秀な真希、学校を休み続ける愛美、裏と表をうまく使い分ける桜、ルールから逸脱することができないくるみ。

表に出ているものがすべてではない。

内にさまざまな想いを秘めながら、卒業に向けてそれぞれが進んでいく。

特別になりたいという気持ち

最初は、タイトルだけでしんどそうだなと思ってちょっと手を伸ばすか迷っていました。

でも、読み始めると、

「おや? 想像と違う」

という気持ちにさせられていきます、いい意味で。

中学生の頃って、自分の感情とまだ折り合いがついていない時期だったなと思い返されます。

特別になりたい。

そう思うことって割とこの頃はふつうなのかもしれないです。

実は自分は他の人よりもすごい部分があったり、いまは気づかない才能があったり、なんて。

第一章の「私たちは私たちに夢中」の主人公は「特別になりたい」と思っている若菜。

でも、突然わいてくる特別なんてやっぱりなくて。

読んでいて痛々しさを感じながらも、自分を物語にあてはめていく姿は、自分の青春時代を思い返さずにはいられない。

誰だってその人はその人でいるだけで特別、なんていう人もいれば、特別な人なんてどこにもいない、なんて言葉もあります。

特別って魅惑的な言葉ですよね。

そこに魅せられる気持ちはすごくわかる。

でもその特別は本人が感じるものではないのかもしれないなって思いました。

無数の分岐点と選択

第二章の「妥協の果てに見栄を張る」も好きでした。

成績優秀の真希が主人公で、進学先を絞り切れずに悩んでいる話です。

トップの進学校である桜西か、進学実績はほどんど変わらない次点の明成。

桜西は受かるかわからないけど、桜西に通っているというだけで、ステータスというか、周囲からも「おぉ」と思われるらしい。

実益とリスクだけでいえば、受かる確率も高い明成だけど、プライドが邪魔して決めきれない。

なにかを選ぶことってなかなか怖いことですよね。

ましてや、自分の将来がかかってくることだと余計にそう感じます。

たくさんの分岐点があって、自分が一番納得のできる選択を見つけていく。

これってけっこう大変なことだけど、そこに真剣になれるかなのかなって。

後悔のない選択なんてない。あるかもしれないけれど、現時点ではどれがそれかは分からない。だから今は、だらしなく見栄を張った自分のまま、今、納得できる選択をして、いつかするかもしれない後悔の形を選ぶしかない。後のことは全部、未来の私に押し付けるしかない。

(朝霧咲『どうしようもなく辛かったよ』より)

第三章の「元気でな、明日まで」でも、選択することについて言及しています。

こっちは、不登校の女の子の話で、個人的には一番好きな短編でした。

選択ができるのは、そこにきちんと差異が感じられるから。

もし、どちらを選んでも、自分にとってはどちらでもいいのなら、それって選択の意味があるのかって。

無数の分岐点を選び続ける先に自分の将来ってあるんですけど、その先に自分自身の希望とか目標とか、到達したいところがなかったら、その人にとっては選択って無意味なのかもしれないなと思いました。

あの頃は……と誤魔化すことはできない

学生のときって本当にいろいろなことがある。

中学校でも、高校でも、大学でも。

もちろん楽しいこともあれば、すごく苦い経験もある。

そして大人になると、

「なんだかんだ楽しかったよな、あの頃は」

と勝手に感慨にふける。

その当時の自分の気持ちなんて無視して。

第五章は表題作である「どうしようもなく辛かったよ」。

辛かった記憶ってのはやっぱり嘘じゃないんですよね。

たしかに、「あの頃があったからいまこうして頑張れている」なんて言える人もいる。

でも、その当時の自分に対して、「今辛いのはきっと将来役に立つ」なんて言ったところで、辛いことには変わりない。

そのときの気持ちをいい話にしないでほしい。

どっちがいいのかとか、正しいのかなんてないものですけど、振り返ってみると、私もそうやって過去の気持ちに折り合いをつけてきたことってたくさんあるなって思います。

大人になればなるほど、そうした気持ちを忘れて、逆に若い子にもその考えのまま接してしまうこともあるなとちょっと反省です。

おわりに

物語として、

「すごく楽しい!」

とかいう類のものではないですが、同年代の人にはぴたっとくるだろうし、大人になって読んでも、昔の想いが蘇るような小説でした。

これを書いたのが17歳のときというからまたすごいですね。

その後、京都大学に進学というから、受験勉強と並行して書いていたってこと。

ここから先、どんな物語を生み出してくれるのか楽しみです。