渡辺優

誰だってなりたい自分がある。渡辺優『アイドル 地下にうごめく星』

地下アイドルというとどんなイメージですか。

かわいいとか華やかって人もいれば、ちょっと怖そうと感じる人もいると思います。

私は、職場の先輩が、地下アイドル大好きだったので、ある意味、ものすごく情熱を持った人たちが集まっているところなんだなっと思っていました。

今回読んだのは、渡辺優さんの『アイドル 地下にうごめく星』です!

芸能界を彩った小説ってけっこう増えてきています。

その中でも、地下アイドルに焦点をあてた作品ってけっこう珍しいかもしれません。

そこに情熱をかける人たちの想いが伝わってくる作品です。

ここでは、『アイドル 地下にうごめく星』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『アイドル 地下にうごめく星』のあらすじ

夏美は、文房具やオフィス用品の製造販売を行う大手メーカーに勤めている。

就職してから二十年がたち、同じ部署は夏美よりも若い子たちばかりになっていた。

アイドルオタクの後輩・松浦から、夏美は地下アイドルのライブに誘われる。

初めて行ったライブで、夏美はアイドルグループのメンバーの一人である楓に一目ぼれをする。

興奮のまま、名前を叫んだり、リフトに挑戦したりして、ライブを満喫する夏美。

しかし、楓が所属するグループは、次のCD発売を機に解散すると発表した。

「それなら私がカエデをもらおう。私、アイドルプロデューサーになる」

その決意のままに、夏美はアイドルグループを立ち上げることにする。

初めてのことで、ノウハウもわからないまま、周囲の助けを借りながら、なんとかオーディションを行い、メンバーが集まってくる。

女装好きの男子でアイドルになりたい翼。

訳あって天界から人の世界に来たと思っている瑞穂。

東京でほかのアイドルグループに所属していた、容姿にコンプレックスがある愛梨。

それぞれの想いを胸に集まった4人。

自分がなりたいものを求めて動き出す。

なりたい自分が誰にでもある

『アイドル 地下にうごめく星』では、6つの章があります。

「リフト」

「リミット」

「リアル」

「天使」

「アイドル」

「リピート」

最初の「リフト」が夏美が初めて地下アイドルのライブに行く話で、「リピート」が、アイドルのプロデュースに奔走する夏美の姿を描いたものです。

その間の4つは、夏美のアイドルグループに入ることになる4人のメンバーの話です。

楓、翼、瑞穂、愛梨。

この4人はまったくタイプの違う4人でありながら、誰しもがいまの自分の姿に納得できていない。

自分が望む姿と、いまの自分とのギャップに苦しんだり、その代替として別の行動に走ってみたり。

人からは理解されないものもあれば、ちょっとしたことなのに、その人にとってはとても遠い場所にあるものだったりもします。

なかなかそういう感情って難しいですよね。

私は、手に入らないものについて少しこだわりすぎたのかもしれない。なりたい気持ちと、なれないという現実と、その両方にこだわりすぎていた。欲しいものが手に入らないのが普通という、普通のことを忘れていた。

(渡辺優『アイドル 地下にうごめく星』「アイドル」より)

そう、普通は、自分が欲しいものってそんなに簡単に手に入るものではない。

だから、余計に輝いて見えるのかもしれないし、手に入らない自分に絶望するのかもしれない。

じゃあ、なりたい自分って目指さない方がいいのかっていうと、それも違う。

「こうなりたい!」

そう望むこと自体は誰も阻むことのできない尊いもの。

そこに近づくために全力を尽くすのは悪いことのはずがない。

難しいのは現実との折り合い。

なにをどうしたってできないことはもちろんあります。

もし、いま私がテニスのプロになりたいって言っても、まあ不可能です。

市民大会くらいなら、ほどほどの成績をおさめられるかもしれないですが。

じゃあ、自分はプロになれないからダメなのかといえばそんなわけがない。

叶わないという現実を受け入れながら、自分がそこに望むものってなんなのかなって考えることが重要だと思います。

欲しいものって、称賛なのか、自尊心を満たすことなのか、誰かを喜ばすことなのか。

形ではなく、自分の根底にある願望に近づけるのであれば、それはなんだっていいのかなと。

誰かの幸せが自分の幸せという考え

小説の割と最初の方で出てくる言葉。

ある年齢を過ぎたらね、自分が幸せなだけじゃ幸せじゃなくなるの。

(渡辺優『アイドル 地下にうごめく星』「リフト」より)

たしか14ページあたりでしたか。

これは、夏美が友人から言われた言葉です。

このときは、まだ夏美は、そんなことを言われても全然実感できていない状態。

でも、ライブに行き、楓と出会い、プロデュースのために動き回る中で、忙しくて疲れて睡眠も足りてない中でも、満たされた何かがあることに気づきます。

元々のこの言葉では、年を取ってくるといろんなことを経験しちゃって、おいしいものを食べても昔ほど感動できなくなるよー、他の幸せを探さなきゃ的なニュアンスだったような気がします。

私は正直、おいしいもの食べればいまでも感動しますし、新しいことなんて山ほどあって、幸せだらけです。

それでも、誰かほかに喜ばせる対象がいて、そのことで自分が幸せを感じるっていうのはとてもよくわかる。

それって、家庭を持って子どもができると余計に実感することですね。

一人で生きていくと、それでも感動はあるし、幸せだけど、嫌なことも面倒なこともけっこう避けることってできるんですよ。

でも、家族がいるって、四六時中、自分以外の人と接しているわけで、そこには葛藤も苦労も必ず生まれる。

子育てをしていても、うまくいかないことばかり。

だからこそ、ちょっとしたことで嬉しくなるし、泣くほど感動することにも出会える。

その対象は、別に恋じゃなくても、親愛の情でなくてもいいんでしょうね。

最初に書いた先輩も、アイドルを追いかけている時ってすごく幸せそうだったし、その話をするときって、もう50近いのにむちゃくちゃ目が輝くんですよ。

それって本当に幸せなことなんだろうなって思います。

おわりに

今回もまた、渡辺優さんには不思議な世界を見せてもらいました。

これで現時点で発刊している中で読んでいないのはあと二冊かな。

『並行宇宙でしか生きられないわたしたちのたのしい暮らし』と『アヤとあや』。

そこまで読み切ったら、全部ひっくるめた渡辺優さんの小説の感想も書こうかと思います。

残り二作はどんなものかとても楽しみです。