渡辺優

探偵はどこにいった?渡辺優『私雨邸の殺人に関する各人の視点』

ミステリーもので外せないものといえば、クローズドサークル!

いろんな環境や条件が合致して、周囲の隔絶された空間で起きる殺人事件。

よくある設定でも、意外な小説家が書いたとなると、読者としても、とても新鮮な気持ちで読むことができます。

今回読んだのは、渡辺優さんの『私雨邸の殺人に関する各人の視点』です!

もうね、タイトルからしてふつうのミステリーにはならなさそうな感じです。

渡辺優さんといえば、『ラメルノエリキサ』でデビュー以来、『クラゲ・アイランドの夜明け』や『カラスは言った』など独創的な小説が多い作家さんです。

でも、殺人事件とかってなかったんですよね。

そんな渡辺優さんがクローズドサークルを描いています。

これもまた変わった内容で読んでいて手が止まりませんでした。

ここでは、『私雨邸の殺人に関する各人の視点』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『私雨邸の殺人に関する各人の視点』のあらすじ

私雨邸に様々な事情によって集まった11人の男女。

嵐によって道が寸断され、その日は帰ることができなくなる。

資産家のオーナーの歓待を受けて、その日を過ごすことになるが、そのオーナーが密室で刺殺されるという事件が起こる。

外に助けを呼ぼうにも、Wi-Fiが壊れたことで電話も通じない。

犯人は誰か。

T大学のミステリ同好会に所属している二ノ宮が、先輩である一条を探偵役にしたてて事件解決に臨むが、どうにも頼りなく、一条もやる気がない。

館には、もうすぐ資金援助を断たれる予定のオーナーの孫。

館の外観の写真を撮りに来たのに、なぜか館に泊まることになった女性記者。

トレッキング中に足を怪我して助けてもらいにきた男性。

それ以外にも、私雨邸に集ったのは怪しい人物ばかり。

ろくな探偵もいない中、果たして犯人を特定することができるのか。

名探偵不在の殺人事件!

殺人事件といえば、それを解決する名探偵が欠かせません。

シャーロックホームズがいなければ、殺人事件をただ警察が追うだけになりますね。

東野圭吾さんの〈ガリレオ〉シリーズでは湯川学がいますし、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』では、剣崎比留子がいます。

日常の謎でいえば、米澤穂信さんの〈古典部〉シリーズに折木奉太郎、〈小市民〉シリーズでは、小鳩常悟朗がいます。

ほかの人よりもキレる頭を持っていて、ささいなことも見逃さない。

そうした人物がいるから物語が締まって見える。

でも、『私雨邸の殺人に関する各人の視点』ではそれが存在しないのです。

当初は、ミステリ同好会に所属する二ノ宮と一条がその役を担うかのように思えます。

でも、二ノ宮は事件の解決よりも、クローズドサークルという特殊な環境に自分が入ったことに大喜び。

すぐに解決するのではない。

長くこの時間を楽しもうではないかと考えています。

一方で一条は、まあふつうのミステリ好きの大学生なんですね。

殺人事件とかそりゃ恐ろしすぎる。

まともな神経の人間なら、

「自分が解決してみせる!」

なんて思うわけがないんです。

周囲から見てもあまりに頼りない二人。

それを見て、ほかの人たちも独自に推理を重ねていく。

そこで生まれるのは、穴だらけの推理達。

果たしてどんな結末になるのか最後まで予想できませんでした。

特殊な環境が起こすこと

特殊な環境ができあがったからこそ起こりうることってあると思います。

ニュースになるような事件でも、

「なんでこんなことを?」

と思う一方で、当事者からしたら状況的にどうしようもなかったというものはあります。

仕事柄、刑事事件を目にすることがよくありますが、一つ状況が違えば起きなかった事件ってけっこうあると思うんですよね。

本作についても、いろんな条件がそろっています。

〇嵐によって土砂崩れが起きて出ることができなくなる。

〇外部との連絡が取れない状態にある。

〇その館はかつて殺人事件が起きたいわくつきの建物

〇ミステリ同好会の二人がクローズドサークルだと騒いでいる。

〇目の前に殺したい相手がいる。

これだけそろっちゃうと、事件が起きてもしかたないのかも。

でも、これって、殺人とか犯罪に限らないことなんですよね。

なにか特殊な条件と環境がそろったから行動に移すってこと。

それはいいことも悪いこともどちらにも言えることだと思います。

たとえば、職場で横領する人がいたとして、ふつうだったら誰もそんなことしないですよね。

そこに、職場のセキュリティががばがば、という条件や、本人が借金に苦しんでいるなんて条件が重なると、横領をしてしまうかもしれない。

たとえば、中学校の部活で、学年のリーダー的な人がけがをしてしまったとき、それまで後ろで見ていた人物が急に頭角を現すことだってあります。

いいことならもちろん、それはありです。

でも、悪い方に行きそうなときに、一歩踏み止まって冷静でいられるかって、人生の分かれ道だなと感じました。

おわりに

いや、渡辺優さん、ミステリーもいけますね!

すごくおもしろかった!

二ノ宮くんはとても嫌いなタイプでしたが、いい味を出していましたし。

渡辺優さんの既刊は現時点のものは全部読みましたが、トップ3に入るくらいに好きでした。

これからこういったミステリーも増えていくんですかね。

それはそれで楽しみです。