伊坂幸太郎

伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』「あるわけないことが起きるから、生きてるのは楽しいんだよ」

「あるわけないことが起きるから、生きてるのは楽しいんだよ」

(伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』より

まさにこの言葉どおり、あるわけないことがたくさん起きる小説です。

今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『バイバイ、ブラックバード』です!

伊坂さんの作品はどれも独特でおもしろいですが、この作品も負けず劣らずおもしろく、読む手がまったく止まりません。

ここでは『バイバイ、ブラックバード』のあらすじや感想を紹介します。

『バイバイ、ブラックバード』のあらすじ

〈あのバス〉に連れていかれることになってしまった星野一彦。

連れていかれる前に星野は、見張り役の繭美にどうしてもしておきたい願いを伝える。

それは、5人の恋人たちに別れを告げることであった。

星野は繭美と結婚をすることになったから別れてほしいと嘘をつき、5人の女性に別れを告げて回る。

一般的な女性から始まり、子どもを育てるシングルマザー、ロープに執着を見せる女性、数字と計算を愛する女性、人気女優と、別れを告げる相手は多種多様。

別れをかけて、ラーメンの大食いにチャレンジしたり、マンションに忍び込んでみたり。

そんな別れの最後に待つのは〈あのバス〉。

星野と繭美が別れを告げて回る不思議な数週間の果てにあるものとは。

繭美というすごい女性!

この星野の見張り役である繭美という女性。

この彼女の存在感がとにかくすごい。

体もでかければ態度もでかい。

他人のことなんか知ったことかと好き放題する姿に、ある種の爽快感もあります。

『バイバイ、ブラックバード』を引用するのこんな女性です。

「身長が百九十センチ、体重は二百キロあるんだ、でかいだろ」と彼女は初めて会った時、聞いてもいないのに、言った。その数字が正しいのかどうかは分からないが、スポーツや格闘技をやっていない女としては、破格に大きな身体だ。しかも、肌は白く、ブロンドの髪で、「ハーフだ」と言うのだから、訳が分からない。

――白人の金髪女性で、シックな背広に身を包んでいる、となれば男の目を惹く、眩しいほどの美女を想像してしまうが、繭美の場合はまるで違った。国籍不明の怪人がスーツを着ているようにしか見えない。しかも、「ハーフだ」という割には、日本語しか話せない。

(伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』より)

国籍不明の怪人なんて女性に使う言葉ではないですが、それがしっくりくる、そんな登場人物です。

彼女の辞書からはいろんな言葉が欠落しています。

実際に辞書を持ち歩き、自分に必要のない言葉を黒く塗りつぶしているんです。

「常識」「気遣い」「マナー」「愛想」「悩み」「色気」「上品」「占い」「霊感」「同情」「努力」「人助け」「助っ人」「救う」。

こんないくつもの言葉がなくなっていて、誰かに、

「常識はないのか」

と言われれば黒く塗りつぶされたページを見せつけるというつわもの。

しかし、こんな強烈な女性があらわれてもそこに引っ張られない面白さが『バイバイ、ブラックバード』にはあります。

「ゆうびん小説」として始まった『バイバイ、ブラックバード』

「ゆうびん小説」というものの存在は、『バイバイ、ブラックバード』に載っている伊坂さんのインタビューを見て初めて知りました。

2009年に双葉社が企画したもので、その第1弾が伊坂幸太郎さんの『バイバイ、ブラックバード』でした。

書店で配布されていたフリーペーパー『LOVE書店!』に付いている応募券で応募した中から、抽選で50名に1話ずつ届けられるというものです。

自分の好きな作家さんの小説が届けられる!!

そんなことがあったらもうテンションが上がって仕方ないですね。

今はそういった企画はやっていなさそうですが、どこかで誰かやってくれないでしょうか。

全部で5話が「ゆうびん小説」として、ファンのもと届けられ、それをまとめ、書下ろしの最終話を追加して単行本となったのが『バイバイ、ブラックバード』です。

太宰治『グッド・バイ』のオマージュ作品

『バイバイ、ブラックバード』は、太宰治の未完の小説『グッド・バイ』のオマージュとして書かれたと伊坂さんは語っています。

この『グッド・バイ』は、全13回の予定で執筆され、10回分まで朝日新聞社に渡した時点で太宰治が亡くなってしまったため未完となっています。

『グッド・バイ』はこんな話。

雑誌編集長の田島は、編集長を表向きの仕事として、闇商売を行い、しこたま儲けており、愛人を何人も囲っていました。

しかし、戦後から3年もたち、闇商売から足を洗い、編集長としての仕事に専念しながら妻と子どもを養おうと考えます。

そのとき、困るのはお付き合いしている愛人たち。

田島は、絶世の美女である永井キヌ子を連れて一人一人と別れを告げて回る。

「何人もの女性と同時に付き合っていた男が、その関係を清算する為に、全く恋愛関係になかった女性の協力を得て一人ひとりを訪ねて歩く」

といった点では共通していますが、主人公の立ち位置も違えば、繭美とキヌ子の存在も性格こそ近いものはありますが、見た目なんかはまるっきり逆ですよね。

『グッド・バイ』を伊坂幸太郎さん風にアレンジしているからこそ、その違いがはっきりとわかってなおおもしろく感じます。

『バイバイ、ブラックバード』のタイトルはジャズから。

タイトルである『バイバイ、ブラックバード』は、1926年に発表されたジーン・オースティンの「Bye Bye Blackbird」に由来しています。

伊坂さんは、曲名を小説のタイトルにすることがありますが、1926年ってそんな昔の曲をよく知っていたなあと驚きです。

でも、YouTubeで探してみると、有名な曲のようでいろんな人が演奏していますね。

『バイバイ、ブラックバード』の中でも、この曲に言及しているシーンがあります。

「『バイ・バイ・ブラックバード』という曲です。知ってますか?」

佐野さんはハンドルを握ったまま、言う。「『悩みや悲しみをぜんぶつめこんで行くよ。僕を待ってくれているところへ。ここの誰も僕を愛してくれないし、わかってもくれない』って、訳すとたぶん、そんな感じです」

――「ブラックバードって、不吉というか不運のことを指してるみたいですよ。バイバイ、ブラックバード、君と別れて、これからは幸せになりますよ、と。そんなところですかね」

(伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』より)

このあと繭美が、ブラックバードは星野のことだ、恋人たちは星野と別れて幸せになるといったことを言ったりもします。

原曲のことを知ると、より深みがでますよね。

伊坂さんはどの段階でこの『バイバイ、ブラックバード』というタイトルを考えていたんでしょうか。

原曲については、別のサイトでは以下のようにも書かれていました。

詞の内容は、それまでの不幸な生活に別れを告げて明るい未来へ一歩を踏み出そうというもので、ブラックバード=黒い鳥を“別れを告げるべき不幸せな生活”の比喩に使っている。後半に幸せの象徴である青い鳥も登場しているので、対比させる意図があったようだ。

また、黒い鳥は“奴隷”を意味する例もあり、そこから“故郷を捨てて都会へ出たもののうらぶれてしまった女性の転機(あるいは夢)”を表現しようとしたという解釈もある。

(富澤えいち『過去の清算と哀悼を滲ませた「バイ・バイ・ブラックバード」』より)

音楽ライターでジャズ評論家の富澤えいちさんがこの曲の記事を書いたものです。

おわりに

ページ数としては、文庫本で321ページと、決して短いわけではないのに、読み切った印象としてはあっという間に終わってしまったと感じます。

それくらいにおもしろく手が止まらず最後まで読み切ってしまいました。

あえて存在をぼかし続けた〈あのバス〉や星野の行く先。

終わりのシーンでは、その先がどうなったのかも気になりますし、数週間の生活が人の心を変えたと思うと、暖かくなる部分もあります。

とはいえ、星野にあまり明るい未来は見えませんが、はっきり書かないところに希望を残しつつ、読者の想像力を駆り立てるものがあります。

『バイバイ、ブラックバード』を読んだら次は、太宰治の『グッド・バイ』を読んだり、ジーン・オースティンの『バイ・バイ・ブラックバード』を聞いてみるのもいいと思います。

関連する作品とつなげるとその世界がより深く感じられて楽しいかと思います。