浅倉秋成

浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』解説。ネタバレあり。

浅倉秋成さんの『六人の噓つきな大学生』、むちゃくちゃおもしろかった!

今年読んだ中でも随一といってもいいくらいに気に入っています。

どんでん返しというか、私は見事に、

「うおっ!マジか」

という気持ちにさせられました。

ころころと見え方が変わっていくので、そのあたりで、

「あれってどういうことだったんだろう」

と感じる人もいると思うのでそのあたりを解説していきたいと思います。

ただ、こちらはネタバレを含みます。

まだ読んでいなくて、これから読もうと思っている人は、この先は読まずに本を手に取りましょう。

感想は別に書いてあるのでそちらなら問題なしです。

『六人の嘘つきな大学生』は、最終選考を描いた「就職試験」と、最終選考から何年も経ってからの「それから」、「それから」と同時期に行われたそれぞれへのインタビューが合間に挟まれる形で構成されています。

ではここから『六人の噓つきな大学生』について紹介していきます。

Contents

『六人の噓つきな大学生』の登場人物

〇波多野祥吾(はたの しょうご)

『六人の嘘つきな大学生』の「就職試験」の主人公。

立教大学経済学専攻で散歩サークルに所属。

最終選考に残った嶌衣織のことが気になっている。

朝霞市在住で妹がいる。

〇嶌衣織(しま いおり)

「それから」の主人公。

早稲田大学社会学専攻。

飲食店でアルバイトしているが下戸。

二次面接で波多野と一緒だった。

告発文の入った封筒を開けることに最後まで反対していた。

〇九賀蒼汰(くが そうた)

慶應大学総合政策学部(キャンパスは湘南藤沢)。

一緒にスピラを受けた友達は二次面接で落とされた。

リーダーシップがあり、口ぐせは「フェア」。

〇袴田亮(はかまだ りょう)

明治大学国際日本学部。

宮城県出身で元高校球児。

快活なムードメーカー気質。

メンバーが一体感を持てるようになったのは彼のおかげ。

やや短気な一面もある。

〇矢代つばさ

お茶の水女子大で国際文化専攻。

海外旅行好き。

ファミレスでバイトをしていると言っていたが実はキャバクラ。

〇森久保公彦(もりくぼ きみひこ)

一橋大学社会部。

一浪しているため他5人より年上。

発言は少なめだが、スピラの最終選考にかける想いはとても強い。

データ収集が得意。

〇鴻上達章(こうがみ たつあき)

スピラリンクス人事部長。

ネタバレを含むざっくりとしたあらすじ

最終試験

『六人の噓つきな大学生』がどういう流れの話かを最初におさらいしておきます。

舞台は2011年の就職活動。

登場人物は、株式会社スピラリンクスの最終選考に挑む6人の大学生。

東日本大震災から二週間ほどたった時期に、最終選考の説明のために集められます。

説明会では、

〇最終選考はグループディスカッション

〇会社が抱えている案件と似たものを議題としてディスカッションを行う

〇内容次第では6人全員の内定もある

といったことが人事部長の鴻上から伝えられる。

6人はファミレスで集まり久賀を中心に話し合いがもたれた。

そこで、これから定期的に集まり、対策を立てていくことで合意する。

最初は硬かったメンバーだったが、袴田の明るい調子に助けられ団結を深める。

順調に対策が進む中、久賀の提案で懇親会を行う。

派手に飲む袴田や矢代。

卑屈な反省を口にする森久保。

デキャンタになみなみとウェルチを注がれてそれを飲む嶌。

飲んで笑い上戸となる波多野。

そして遅れて参加した久賀。

全員で合格しようと誓い合った六人だったが、その帰りに、六人に向けて、人事部長の鴻上から最終選考の内容変更のメールが届く。

それは、ディスカッションの議題を、「六人の中で誰が最も内定に相応しいか」とするというもの。

内定も六人のうち、選ばれた一人だけだと決められてしまう。

最終選考当日、ほかの選考があった森久保をのぞく五人が集まり、会場へと向かった。

先に到着していた森久保。

全員が部屋に入ったところで鴻上から改めて最終選考の内容が説明される。

〇制限時間は二時間三十分

〇六人の中から一人を選ぶ

〇意見が異なったら全員不採用

〇途中で退出した人も不採用

〇あみだくじやじゃんけんといった運によるものはNG

〇スマホやネットの使用は可

自分以外の人に投票する多数決が最もわかりやすい選び方だろうということになる。

波多野は、それだけだと最後に演説をした人が有利になるから、三十分ごとに計六回の投票を行い、得票数が最も多かった人が選ばれることでどうかと提案。

すぐに一回目の投票が行われ、それぞれが投票した理由を述べたあたりで、嶌が扉付近に白い封筒が置いてあることに気づく。

中には一人一人の宛名が書かれた小さな封筒が入っていた。

久賀が自分あての封筒を開けると、中からは袴田亮に対する告発文が出てきた。

袴田が高校の野球部で、部員をいじめて自殺に追い込んだという内容だった。

それと同時に、「なお、久賀蒼汰の写真は、森久保公彦の封筒の中に入っている」という文章が添えられていた。

そこで二回目の投票のアラームが鳴る。

告発文の影響か、一回目では二票を獲得していた袴田には票が入らなかった。

納得がいかない袴田。

犯人捜しをするべきだという袴田と、封筒は処分すべきと主張する久賀。

しかし、森久保は封筒を処分することを拒否し、封筒を開ける。

久賀への告発文は、交際相手を妊娠、中絶さえて捨てたというものであった。

三回目の投票が行われる。

連続で票が入らなかった袴田は、自分あての封筒を開けることにした。

その中には矢代つばさがキャバクラで働いていることを示した写真が入っていた。

混沌とする最終選考。

自然と、犯人を捜し出そうという流れになっていく。

矢代は、犯人は封筒を誰にも気づかれずに置くことができた人物であると主張。

部屋に設置されていたカメラを再生すると、先に部屋に来ていた森久保が扉の裏に封筒を置く姿が映し出されていた。

自分は封筒を置くように指示されただけだという森久保。

四回目の投票が行われ、告発を受けた人が不利な状況。

この際、すべての封筒を開けた方がいいのではないかという流れになっていく。

しかし、波多野は、それはおかしいと声を上げる。

波多野の熱弁はほかのメンバーに届き、そのまま選考を続けることになった。

五回目の投票が行われ、波多野に多くの票が集まる。

波多野自身も、このままいけば自分が内定すると高揚する。

問題の封筒を回収することになったが、そこで久賀が、写真の妙な点に気づく。

そこから、犯人がいつ写真を撮ったのかが明らかにされていく。

また、犯人は、自分自身への告発を、選考に影響が出ないような、言い訳ができるものか、比較的小さい罪のものとしているだろうという意見が出る。

一人一人当日のアリバイを口にする中、波多野だけがその日のアリバイがなかった。

そして、波多野への告発文は、彼が未成年のときに、サークルの飲み会で飲酒をしていたというものだった。

波多野は、自分が犯人ではないとわかっていたが、状況から自分だとしか考えられず、真犯人が誰であるか気づくも、そこから打開することができないと感じ、自分が犯人だったと言ってその場を去る。

また、その際に、嶌への告発文は空だったのだと言い残していく。

最後の投票が行われ、その結果、内定を勝ち取ったのは嶌衣織となった。

それから

最終選考から八年後。

スピラリンクスに採用された嶌は、多忙な日々を送りながらも、重要な仕事をこなして成果をあげていた。

ある日、波多野の妹を名乗る人物から、波多野が亡くなったことを知らされる。

波多野が残したものの中にクリアファイルがあった。

その中には、「犯人、嶌衣織さんへ」と書かれたメモとUSBメモリ、小さな鍵があった。

嶌は、最終選考の犯人を波多野と思っていたため衝撃を受ける。

そこから、嶌は、会社に保存されていた最終選考の映像を借りて見たり、当時のメンバーや人事部長だった鴻上にインタビューを行ったりしていく。

しかし、全員にインタビューをすることができたが、真相に近づけるものではなかった。

状況だけ見ると、犯人は波多野でしかない。

打つ手がなくなった嶌だったが、波多野の妹が生前の兄の姿を見たいといい、最終選考の映像を一緒に見ることになる。

そこで、波多野には、告発文の写真を撮ることができなかったことが発覚する。

また、波多野への告発文で使われた写真は、波多野が所属していた散歩サークルのホームページから持ってきたものだとわかる。

嶌は新しく出てきた情報から真犯人にたどり着き、直接対峙することになった。

最終選考の得票数の推移について

さて、どこから話していけばいいのかけっこう難しい『六人の噓つきな大学生』です。

周りから固めていこうということで、まずは最終選考の六回の投票。

この得票数の推移を見ていきます。

一回目は、選考開始直後。

久賀→2票

波多野→1票

嶌→1票

袴田→2票

森久保→0票

矢代→0票

リーダーシップを取って全体をまとめていた久賀と、ムードメーカーだった袴田が2票を獲得します。

しかし、袴田への告発文があってから行われた二回目の投票では、

久賀→3票

波多野→1票

嶌→1票

袴田→0票

森久保→0票

矢代→1票

と、袴田への票がなくなる。

真犯人が狙っていたとおり、告発文の効果がばっちり出ています。

さらに、久賀への告発文が開かれたあとの三回目の投票。

久賀→1票

波多野→2票

嶌→2票

袴田→0票

森久保→1票

矢代→0票

それまで、2票、3票と取ってきた久賀も、告発文によって1票だけとなる。

この1票は、告発文に否定的だった嶌が、久賀を信じて入れ続けているもの。

続いて、扉の裏に封筒を隠して置いたのが森久保だと発覚してからの四回目の投票。

久賀→1票

波多野→2票

嶌→2票

袴田→0票

森久保→0票

矢代→1票

さあ四回目の投票が終わり、告発をされた四人には票が入りづらくなって終盤に来ます。

この時点で四人が告発を受け、残りも開けようという中、波多野が熱弁を振るって、開封することなく最終選考を続ける流れになります。

その結果、五回目の投票はこうなりました。

久賀→0票

波多野→5票

嶌→0票

袴田→0票

森久保→0票

矢代→0票

圧倒的大差で波多野が5票を獲得。

これにより、久賀の得票数を越えて、暫定一位に躍り出ます。

しかし、最後の最後で、告発文を書いた犯人は波多野であるという状況証拠が出てきてしまう。

波多野は、自分は嶌に票を入れると言い、六回目の投票が行われる前に退室。

久賀→1票

波多野→0票

嶌→5票

袴田→0票

森久保→0票

矢代→0票

六回の投票が行われ、最終的に僅差で嶌衣織がトップとなります。

【総得票数】

久賀→8票

波多野→11票

嶌→12票

袴田→2票

森久保→1票

矢代→2票

犯人は誰だ!? 犯人を巡る見事な展開。

『六人の噓つきな大学生』の中で、犯人はこの人だと登場人物に勘違いさせ、読者も惑わせる仕掛けがたくさんあります。

「就職試験」では、告発文を書いた犯人は、途中で森久保公彦ではないかということになります。

というのも、上記あらすじで書いたように、最終選考の部屋に封筒を置いたのが森久保だったから。

しかし、森久保は、自分は指示されただけで、中身が何であったのかは知らなかったと主張。

そして状況証拠から、波多野が犯人だったとされてしまいます。

久賀が、告発文の写真を見比べたときに、同じ位置に黒い点などがあることに気づき、久賀や森久保、矢代の写真を撮った人物は同じだと指摘します。

さらに、三人ともが写真を撮られたのは、4月21日のことだったと明かします。

そのことから、当日のそれぞれのアリバイが確認され、波多野だけが21日に何一つ予定がなかったことがわかってしまうのです。

写真を撮ることができたのは波多野しかいない。

全員から犯人だと見られた波多野は、そのときに真犯人に気づくものの、覆すことは不可能だろうと判断し、犯人であると自白してその場をあとにします。

では真犯人は誰であったのか。

なぜ告発文を用意したのか、それは最終選考で自分が勝つためと考えるのが自然です。

すると、最後まで告発文の内容が明かされず、最終選考に勝利して内定を勝ち取った嶌衣織があやしくなります。

8年後、嶌衣織が当時のメンバーをインタビューしていく中でも、森久保から、嶌さんが犯人だったんだろうと言われてしまいます。

また、「就職試験」の最後で波多野の内心を描いていますが、そこでも、信じていたのに裏切られたといった表現がなされます。

そうして、読者にも、実は真犯人は嶌衣織だったのかと思わせているんですね。

でも、実際の真犯人は、久賀蒼汰でした。

久賀は、SNSを使って、それぞれの知人に、なにか過去に問題はなかったのかを尋ねて回ります。

そこから、致命的となるような写真を集め、告発文を作りました。

完成した告発文はまとめて白い封筒に入れて、森久保の家にこっそり届けて、人事の振りをして、当日、誰にもばれないように部屋に置くよう指示をします。

封筒を誰よりも早くに開封したのも久賀でした。

告発文を開封する順番もまた、久賀が予定していたとおりに進んでいきます。

久賀が開封した袴田への告発文。

そこには、久賀への告発が森久保の封筒に入っていると示唆されます。

内定を勝ち取るために焦っていた森久保もまた、久賀への告発を開封します。

そして、矢代、森久保への告発も開かれていく。

唯一、開かれなかったのは嶌への告発文でした。

これは、久賀があえて、波多野の封筒に入れたものです。

久賀は、波多野が嶌に好意を寄せていることに気づいていた。

好意を寄せた相手、それも最初から最後まで封筒を開けることに反対していた嶌への告発文を、波多野が開けることはせず、開封に否定的な態度を取るだろうと予測してのもの。

そして、波多野はせめて嶌が内定を勝ち取れること、この先、告発文の内容に悩まないようにと、告発文は空だった、嶌に票を入れると言い残してその場を去ります。

でも、それだと久賀は内定を取れていません。

彼の目的は、内定を勝ち取ることではなかった。

「それから」で、真犯人が久賀だと突き止めた嶌が、なぜあんなことをしたのかと問い詰めると久賀が答えます。

「やめてやめて。そんなんではないんだ。ただなんて言うんだろう、当時は若かったんだよ、僕も。だから本当、説明するのが難しくて……でも強いて言うなら、そうだな。とんでもなく腹を立てていたんだよ」

(浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』P220より)

とけっこうあいまいなことを言うんですね。

久賀には、自分よりも遥かに優れていると感じていた友人がいたそうです。

その友人もまたスピラリンクスを受けたのに二次試験で落とされた。

友人が落ちて自分が進むなんてありえない。

果たして就職活動はきちんと機能しているのか、そんな疑問を持ち始めます。

就職活動は、最初から嘘ばっかりで塗り固められていて、学生も自分を偽り、採用側も大した根拠もなく採用を決めていく。

繰り返される就活の中で、かなりまいっていたようです。

そんな中、スピラリンクスの最終選考に残った六人。

一見、良い人に見えた彼らでさえ、実はそうではないのだと久賀は感じ、犯行に及びます。

きっかけは二つ。

友人と就職活動の情報交換をする中で、森久保が詐欺セミナーに関わっていたことを知ります。

さらに、メンバーで行った懇親会。

遅れていった久賀が見たのは、派手に飲みながら騒いでいるメンバーの姿。

お酒が飲めないと言っていた嶌の前にも、赤い液体がなみなみと注がれたデキャンタが置かれており、飲まされている。

そこで久賀はなにかこの就職活動に対して復讐をしようと思うわけです。

なぜ嶌は犯人がわかったのか

4月21日のアリバイ

問題となるのは、4月21日のアリバイです。

写真を撮られたのはこの日だと、久賀、矢代、森久保の三人が主張しています。

だからこそ、その日に予定がなにもなかった波多野が犯人だとされました。

しかし、三人の写真が撮られた場所と時間、移動距離を考えてみると、実は波多野には実現が不可能だったことがのちに判明します。

そこで浮かんできたのが共犯者の存在。

8年後のインタビューの中で、矢代が、犯人に嘘を言わされたと口にしています。

また、告発文の紙は封筒に一枚だけ入っていると思われていましたが、過去の映像を振り返ると、森久保が二枚目の紙を封筒から出していることがわかります。

このあたりは、「就職試験」の波多野視点でも、森久保がなにか小さめの紙を隠した姿が描かれていますね。

矢代にも同様の紙が入っていました。

内容は、告発文の内容を就活する企業にばらされたくなかったら、写真の日付を21日だというようにといったものです。

そこで、森久保は写真の日があたかも21日の講義のあとだったように述べ、遅れて矢代も、不自然なタイミングで、同様のことを言います。

久賀は、その日、波多野だけが予定がなかったことを知っていました。

それは、懇親会の席のこと。

久賀が森久保に本を返すために、21日に会う約束を取り付けていました。

どうせならこの日に集まるのはどうかと波多野が提案します。

しかし、波多野以外はこの日に予定が埋まっていて断念するという話が出てきます。

波多野は21日予定がない。

そこから久賀は、この計画を練り上げていきました。

犯人にいきついたワケ

でもこれだけでは、まだ久賀が犯人だとは言えない。

久賀の犯行だと気づいたきっかけは、波多野に対する告発文に使われた写真でした。

それは、波多野が所属していた散歩サークルの飲み会の写真。

少しピンボケしていてあまり上手ではない写真でしたが、波多野がビールを持って楽しんでいる様子が写っていました。

その写真は、散歩サークルのホームページから使われたもの。

でも、ホームページで一般公開されている写真の中にも、もっといい写りの写真がありました。

そちらは波多野がスミノフを持っている写真で割とすぐに見つかるところにあります。

告発文の写真は写りが悪いことから、ジャンクとしてまとめて放り込まれている場所に入っていて、しっかり探さなければ見つからないところにありました。

もっと簡単に見つかって写りのいい写真もあったのになぜこちらを採用したのか。

真犯人は、お酒に詳しくないのではないかと嶌は気づきます。

実際に、就職試験のときも、久賀はお酒を飲んでいなかったし、8年後のインタビューの中でも、最近になってビールと発泡酒の違いに気づいたと言います。

波多野が久賀がお酒に詳しくないと気づいたのは、メンバーの懇親会で、嶌の前にウェルチがどかんと置かれていたことに久賀が怒っていたからですね。

ウェルチはふつうのぶどうジュース、ノンアルコールですもんね。

そうしたところから、嶌は久賀に目星をつけて、事前にほかのメンバーに、スミノフを持った波多野の写真を見せて、それぞれがどんな反応をしたか確認をしています。

その上で、久賀にも同じように写真を見せに行くと、久賀は、この写真ではない、これはお酒ではないと言うのです。

ほかのメンバーはきちんとスミノフをお酒と認識していて、久賀だけが知らなかった。

状況証拠だけで決定力は弱いけれど、嶌はそれを元に、久賀に、真犯人だったのだろうと迫るわけです。

選考内容の変更は既定路線だった

読んでいて、

「この人、腹立つわー」

と思ったのは元人事部長の鴻上さん。

これも、就職活動における嘘であり欺瞞ですね。

元々、スピラリンクスは、内定を1名とする予定だったというものです。

鴻上さんも、就職活動の採用側として、手探りでいい学生を取ろうと努力してきました。

でも、本当にいい人材かなんて就職活動の時点ではわからない。

いろんな選考方法を試し、学んでみても、答えなんてない。

だったら、と思い考えたのが今回の採用方法でした。

最終選考の説明会では、6名全員の内定もあるといい、協力していいチームを作らせ、お互いのことをよく知るようにしむける。

就活生同士で仲間となれば、相手のいい部分も悪い部分も見えてくる。

そこで就活生自身に内定者を選ばせれば、いい結果が出るのではないかと考えたのです。

結果、内定を勝ち取った嶌は見事な業績を上げていましたが、すごく酷い選考方法ですよね。

就活ってなにもかも疑わなければいけないのかと恐ろしくもなります。

人は、人の一面だけで判断してしまう

読んだ人はわかるように、それでも、『六人の噓つきな大学生』にはまだ救いがあります。

序盤はいい人のように思えた彼らの負の側面が暴き出されます。

でもさらに後半に進むと、別の視点から見ると、実はみんないい人なんだってわかってきます。

久賀の場合

久賀は、メンバーの中でリーダーシップを発揮する頼れる存在でした。

見た目もイケメンで爽やか。

しかし、告発文では、交際相手を妊娠、中絶させて捨てた酷い男。

告発があった直後に、「くそが」なんて舌打ちもします。

まあ真犯人だったのでこのあたりはわざと悪く見せていたのでしょうが。

「それから」のインタビューでも、車を身体障がい者用の駐車スペースに停めていて、そのことを嶌が指摘すると、「それがなにか」といった態度を取ります。

でも、交際相手との間には、久賀が一方的に捨てたという事実はなく、元交際相手も久賀に対して恨む気持ちもなく、駐車についても、きちんとした理由がありました。

袴田の場合

袴田は身体も声も大きく、ムードメーカーで、メンバーに欠かせない人物でした。

告発文では、高校時代の野球部のいじめ問題とそれによる自殺が取り上げられます。

その直後に、自殺した部員ことを「クズ」と呼んだり、机を力いっぱいたたいたりと粗暴な面も見せます。

更に、「それから」のインタビューでは、公園で嶌と話しますが、子どもたちが近くで野球を始めたことに悪態をつき、途中、子どもたちのボールが飛んできたのか、「危ない」と言い、子どもたちを怒鳴り散らし、逃げた子どもも、「連れてこい」と集めて説教をします。

これも、実は、いじめをしていたのは、自殺をした部員本人で、それが袴田たちにバレて、強く叱責された翌日に自殺していたというものでした。

公園での件も、年配者もいる公園で、子どもたちがなんの配慮もせずに野球をしていたから、危険性について注意をしていたというものでした。

矢代の場合

矢代は、告発文でキャバクラでのバイトを暴かれましたね。

そこから人脈の深さや、ブランド物のバッグを持っていることなどを、「なるほど」なんて言われてキレる場面もありました。

インタビューでも、お金に関することや、男性に物をプレゼントしてもらう話をしたりしていて、あまりいい印象がなかった。

でも、キャバクラについては、少ない時間で稼げる割のいいバイト程度に割り切って、淡々と仕事をこなすだけで、貢いでもらうとか、男性をだまそうとかそういった部分はまったくなかったという証言が出てきます。

さらに、就職試験のときに持っていたブランドのバッグ。

交際相手が無理して買ってくれたもので、8年後のインタビューのときにも、ぼろぼろになりながらも、それを大事に使っていた姿が描かれています。

就職試験のときに、優先席に堂々と座り、荷物まで置いた矢代でしたが、それも、事故の後遺症がある嶌をおもんばかっての行動でした。

森久保の場合

どこか静かな印象だけどうちには熱いものを秘めた森久保。

データの分析や、作業の速さはメンバーも一目置くものがありました。

彼は告発文で、高齢者を対象とした詐欺セミナーの主催者側だと言われます。

インタビューでも、「金に目がくらんで騙される方が悪い」なんて言葉を発しています。

しかし、彼についても実態は違いました。

詐欺セミナーには、大学の掲示板に高額なバイトとして掲示されていて、森久保の友人が彼を誘いました。

でも行ってみてすぐに森久保は、「これはまずいやつだ」と気づき、友人を説得してすぐにそのバイトを辞めます。

だからほとんど無関係であり、報酬ももらっておらず、森久保自身も騙された側なんですね。

上記のセリフも、自分自身が高額なバイト料につられて、簡単に騙されたことをいったものでした。

嶌の場合

嶌については、就職試験ではずっといい人物として描かれていましたね。

でも、「就職試験」のラストの部分では、私を含め、彼女が実は犯人だったのかと勘違いした人もそれなりにいたのではないでしょうか。

「それから」では、バリバリに働きながらも、後輩に厳しくあたる場面が描かれています。

特に、後輩がファンだという男性アーティスト。

「就職試験」の時期に薬物使用でたたかれていた人物で、後輩に対しても、過去に薬物を使用していた人だ、と否定的なことを何度も言います。

真犯人を探す過程でも、波多野の妹や真犯人だった久賀からも、真実が知りたいのではなく、明かされなかった嶌への告発文が目的だろうと言われてしまいます。

そうした視点で見ると、それまで素敵な印象だった嶌も、少し悪く見えてくるのですが、それもやっぱり違いました。

後輩がファンだというアーティストは、本当は嶌の実の兄であったこと、告発文は、嶌自身、心当たりがなくて、だからこそ、知らない間に自分が誰かを傷つけていたのかと、それが恐ろしくて探していたこと。

結局、告発文は、薬物使用をしたアーティストが実の兄であるといったものでした。

当時でいえば、就職活動に影響が出るほど大きな事件でしたが、「それから」のときには、兄も立ち直っていて、世間からも認められる存在になっていました。

この兄の話にしても、多く人がある一面だけを見て、その人をたたき、またその人に対するいい話が出てくると、ころりと態度を変える。

そんな人間の姿を描いていました。

久賀がショックを受けた懇親会での場面

久賀が、告発文を準備するきっかけとなった懇親会にも誤解がたぶんに含まれています。

懇親会は、矢代が紹介したちょっとお高めの設定のお店でしたが、おいしいものを食べながら、ちょっとお酒を飲むくらいの予定でした。

しかし、予約をした森久保が勘違いをして飲み放題にしてしまった。

学生が飲むには高い金額設定になってしまい、落ち込む森久保。

それをみんなが励ますために、

「今日は飲みたい気分だったんだ!」

と派手な飲み会を演じていたわけです。

森久保の失敗をフォローしようというみんなの優しさだったんですね。

お酒が飲めない嶌にはノンアルコールのウェルチをデキャンタにそそぎ、ワインっぽく見せ、嶌もそれに応えていました。

でも遅れて参加した久賀はその背景はわからない。

派手な飲み会をして、飲めない人にも無理矢理飲まそうとしているようにしか思えなかったのです。

おわりに

ついついたくさん書いてしまいましたが、もっと書くことがあるほどに、『六人の噓つきな大学生』は、伏線や読者をミスリードさせる工夫もたくさん存在します。

『俺ではない炎上』にもあったこうした部分が本当に巧みだなって思います。

どう描いたら、事実を書きながらも、読者に勘違いをさせられるのかってことがすごく考えられている。

まだ若い作家さんで、作品数もそこまで多くないので、これから浅倉秋成さんを読もうという人も、全部読むことが苦でないと思います。

そうした意味でもかなりおすすめの作家さんになります。

私もデビュー作にさかのぼって読んでみようと思います。