浅倉秋成

二度読み必須!浅倉秋成『俺ではない炎上』の解説。ネタバレあり。

『俺ではない炎上』非常におもしろかった!

個人的には2022年に出版された本の中でもかなり上位に入ってきます。

ちょっと気になる点もありましたけど、逃亡する際の心境とか、切迫感とか、リアルに描かれていてよかったです。

この記事は、浅倉秋成さんの『俺ではない炎上』の解説になります。

読んだ人はわかるとおり、すごくおもしろいけど、「どういうこと?」となった人もいると思います。

読者へのミスリードや伏線の回収も見事で、そのあたりの解説記事となりますが、ネタバレを含むため、これから読む人は見ないことをおすすめします。

単純に、『俺ではない炎上』のあらすじとか感想は別の記事にしてあるので、そちらを読んでもらえたらと思います。

ということで、ここから先はネタバレあるので、引き返す人はいまのうちに。

『俺ではない炎上』はこんな話

主人公は、山縣泰介。

50代の会社員で大帝ハウス大善支社の営業部長です。

まじめだけど融通が聞かず、自分の言動に自信を持っている人。

ある日、部下の野井とともに営業に行った先で、上司からすぐに会社に戻ってくるように連絡があります。

会社に戻ると、待っていたのは、ばたばたと電話対応に追われる同僚たちと支社長の叱責。

支社長からタブレット端末を差し出されます。

そこには、

「【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住」

というまとめサイトに掲載された見出し。

何物かが、「たいすけ@taisuke0701」というツイッターアカウントで、【血の海地獄】という、殺人を示唆する投稿をしており、それが泰介のものだとネット上で騒がれていました。

そもそもTwitterを使ったこともない泰介は、人間違いだと主張するも、支社長からは自宅待機を命じられます。

部下の野井に教えてもらいながら検索をすると、6時間の間に、”山縣泰介”で12652件ツイートされていることがわかります。

そのアカウントは、10年前に作られており、自宅の写真や泰介の使っていたゴルフバッグ、泰介の口ぐせが投稿されていて、泰介を知る人が見れば、間違いなく泰介のアカウントだと誤解するもの。

大変なことになっていると気づく泰介。

自宅にはすでに5人ほどの若者が家にカメラを向けてふざけている。

家にはいれないとビジネスホテルに泊まり、ようやく息をついた泰介でしたが、テレビのニュースを見て愕然とします。

実際に、その公園から女性の遺体が出てきたのです。

ネット上では、山縣泰介を早く逮捕しろという声が更に増えていく。

警察を信じていいのか、容疑者として確保されてしまうのではないか。

さらに都合が悪いことに、泰介の家の物置から二体目の遺体が出てきます。

泰介は、このままでは殺人犯にされてしまうと、逃亡を図りながら真犯人を探します。

 

ざっくりとこんな話ですが、読んですぐわかるのは、泰介は犯人ではないということ。

でも、警察も世間も家族でさえも、泰介のことを信じてくれません。

名を売ろうとするユーチューバーは、泰介を捕まえてみせると意気込み、中には、無関係の人に暴行を加えて事件となる人も出てきます。

真犯人が誰であるのか、どうやってここから泰介が打開していくのか、逃げ切れるのかと、様々な点で読みごたえがある作品ですね。

四人の視点から描かれた物語

前置きが長くなりますが、『俺ではない炎上』は、四人の視点で描かれます。

一人目は、主人公である山縣泰介。

二人目は、泰介の娘である夏実。

三人目は、【血の海地獄】のツイートを27番目にリツイートした大学生、住吉初羽馬。

四人目は、警察官の堀健比古。

 

泰介はまあ、殺人犯にされて逃げているので大変ですね。

娘の夏実は、泰介のことで、小学校のクラスでもちょっとクラスメイトから距離を置かれてしまいます。

家に帰るのも難しく、母親の実家にしばらく避難。

そこから、同級生の江波戸琢哉(えばたん)と犯人捜しをすることになります。

 

住吉初羽馬は、大学三年生で、とあるサークルの代表。

有名人とも面識があり、ちょっと斜に構えているようなところも。

【血の海地獄】に対して、これは本物だと思いリツイートしたわけですが、ことさら事件に関わる気もなく。

でも、初羽馬のところに、サークルの活動で知り合ったサクラから相談があると連絡が入ります。

サクラが美人だったことを覚えていた初羽馬は、喜んでサクラと会いますが、サクラは、逃亡している山縣泰介を捕まえるために協力して欲しいと依頼します。

サクラの親友が今回の被害者だったというのです。

下心もあった初羽馬は、了承し、車に乗って泰介のあとを追うことになります。

 

最後は、警察官の堀。

堀は六浦とともに、泰介の家族から証言を取りに行く役目を担っています。

ですので、『俺ではない炎上』の中では、家族の状態や証言、警察の動きを読者に伝える役目となっています。

泰介が犯人であると確信する堀と、細かい点から、泰介が犯人ではない可能性もあるという六浦。

頑なな堀にちょっといらっとします。

結論だけ先に言うと

説明がちょっと複雑で難しいため、最初に結論部分だけ提示します。

泰介のTwitterアカウントを10年前に作ったのは、娘である山縣夏実。

一連の殺人を行ったのは、夏実の小学校時代の同級生である江波戸琢哉(えばたん)です。

夏実が作ったアカウントをえばたんが乗っ取り、【血の海地獄】をツイートをしたというわけです。

夏実視点だと、夏実もえばたんも小学5年生なわけだから、

「どういうこと?」

と感じる人もいると思いますが、以下、順を追って説明していきます。

読者を惑わすミスリード

さて、『俺ではない炎上』の最大のミスリードは、時系列の違いです。

これね、読みながら、

「ん? なんか変だぞ」

と思いつつも、そこまで気にせずに読み進めてしまうからまんまとだまされました。

上記した四つの視点。

泰介と、住吉初羽馬、警察官の堀の視点は、ほぼ【血の海地獄】の投稿がされた時系列のとおりになります。

泰介の逃亡や、警察の捜査など、時系列の順を追って描かれています。

ただ、山縣夏実の話だけは、ぐっと遡って10年前を描いているんですね。

だから、夏実視点では、小学5年生だった夏実もえばたんも、事件のときには、20歳~21歳になっているというわけです。

私もそこに気づいたのって物語が相当進んでからでした。

具体的にいうと、363ページの小説で296ページ。

もうほぼ終わりのところですよね。

いや、だってこれは気づきませんって。

それくらい浅倉秋成さんは、うまーく読者にばれないように書いていたんですね。

夏実視点との相似点

夏実視点の最初は、小学校の場面。

小学五年生の夏美が、クラスメイトから、父親である泰介のことで遠巻きにされているところから始まります。

その直前の泰介視点で、泰介が妻に電話するシーン。

そこでは、

「たぶん何も問題はないと思うが、こっちは無実なんだ。学校でも堂々としていなさいと伝えておいてほしい。早退なんて間違ってもさせる必要ないからな。ネット上のあれは全部完全なデタラメなんだ」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P55より)

とあります。

一方で、夏美視点では、夏美が学年主任と担任から、父親のした何事かを伝えられ、「……お父さんが、本当にそんなことを」とつぶやきます。

この時点で、父親のしたことって、【血の海地獄】のことだとすんなり読者は思い込んでしまいます。

さらに、クラスメイトに遠巻きにされ、苦しむ夏美に母親から電話がきます。

「お父さんはダメって言ったんだけど、本当に辛かったら早退してもいいからね。お婆ちゃんの家、一人で行ける?」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P64より)

泰介視点で、早退しなくていいという泰介と、夏美視点での母親からの電話。

ここもうまいことリンクさせているんですね。

夏実視点は10年前であるのに、泰介視点と同じような場面を作ることで、ずっと時系列に話が進んでいると思わせているわけです。

泰介が犯人とされたあと、泰介の妻も夏実も、祖母の家に避難しています。

大善スターポートという高さ120mの展望台のある建物でも、どちらの視点でも、限定ライトアップの話が出たり、アニメのピンバッジをつけた男性が展望台にいます。

さらに、キーワードとなっている「からにえなくさ」という言葉。

【血の海地獄】では、

「文字どうりのゴミ掃除完了。一人目のときもちゃんと写真撮っとけばよかった。『からにえなくさ』に持ってくかどうかはまだ考え中」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P6、P144より)

と投稿されていて、ネット上でも、これが何を指すのか議論が沸き起こります。

一方で、そのすぐあとの夏実視点で、

「――瓦屋根が三つ。その中の『からにえなくさ』が目印です――」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P155より)

これは、犯人捜しをしようという江波戸琢哉(えばたん)が、えばたんの祖父が公園で見かけたという怪しい人物が落としたメモの内容。

もともと、『からにえなくさ』という言葉は、6ページに出ていたのに、わざわざ144ページに再登場させたのも、夏実視点でより話が似ているようにするためでしょうか。

泰介のTwitter

さて、【血の海地獄】がツイートされた問題の泰介のアカウント。

これがそもそも誰がなんのために作ったのかが一つの問題になります。

読んだ人はもう知っていますが、アカウントを作ったのは、娘の夏実。

296ページで、えばたんと犯人捜しをして、丘の上の空き家で、夏実がえばたんに話します。

「お父さんのふりして、Twitterやってたの」

えばたんは、夏実の言わんとしていることがすぐにはわからなかったのか、数秒の沈黙を作った。しばらく答えを探すように室内に視線を彷徨わせ、やがて気まずさに根負けしたように、尋ねる。

「山縣さんが……山縣さんのお父さんのふりをして、Twitterをやってたってこと?」

「そう。でもここじゃネットに繋げられないから、ここで呟きの内容を書いて、お家に帰ってから投稿するようにしてるんだけどね」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P296より)

ご丁寧に、その前に泰介のウォークマンも出てきます。

これは、警察の六浦が、一連の投稿が、スマホからではなく、ウォークマンからされていることを突き止めたことともリンクしますね。

このあたりから、

「実は犯人は娘の夏実だったのか」

と読者の思考を誘導するとともに、このあたりで、

「あれ? これってどこかおかしいぞ」

と感じさせるヒントにもなっています。

夏実はなぜ泰介に成りすましたTwitterアカウントを作ったのか。

そのきっかけとなったのは、夏実がネットで知り合った人と会おうとしたこと。

その相手が会う直前に、性犯罪者として逮捕され、それを知った泰介が、夏実を物置に一日閉じ込めるという折檻をしたことにあります。

そのときに作ったTwitterを事件のときには、えばたんが乗っ取って利用していたということです。

ちなみに、夏実がTwitterを始めた理由は、ネットでの出会いを父親に否定されたため、ゴルフ趣味の父親のために、Twitterでゴルフ友達を作ってあげようと思ったからという……。

なんとも優しい理由だったのに、こんなことになるとは。

事件当時の夏実とえばたんは?

夏実視点が10年前ということは、事件のときの夏実とえばたんはどうなっていたのかというと、ちゃんと登場しています。

夏実は141ページ、えばたんは140ページから登場します。

意外とニアミスしている二人。

えばたんは、展望台で山の方を眺めているちょっと異様な男性。

夏実は、住吉初羽馬が、サークル活動で知り合った一つ年下の大学生で、サクラ(んぼ)という人物。

えばたんが展望台にいるときに、夏実はその大善スターポートの1階にいるわけです。

サクラは、初羽馬に、山縣泰介に殺されたのは親友だから逮捕するために何かしたいと嘘を言って、協力を頼みます。

これね、サクラも途中からなにを考えているのかわからない謎の人物と読者に思わせていきます。

最初は、親友の仇!という雰囲気なのに、初羽馬は、サクラが被害者のことを実はちゃんと知らないことに気づき、怪しみ始めます。

運転中に、急ブレーキをかけた拍子で、サクラの持っていたバッグから包丁が零れ落ちる。

この時点でかなり恐怖ですよね。

さらに、【血の海地獄】の投稿をスクショした画像を持っており、そこには投稿者のスマホにしか出ないはずのアクティビティ情報が載っていて、

「実はサクラが犯人!?」

と思わせようとするんですね。

ぎりぎりまで、サクラ=夏実という図式がわからないように描いているので、見事ですよね。

一応、ヒントはあるけど、これは気づかん

一応、最後まで読むと、

「あれは時系列が違うっていうヒントだったのかな」

という場面もあります。

でもねーわからんでしょ、難しすぎる。

たとえば、最初に違和感を覚えたのは、夏実視点が小学5年生のときってこと。

泰介が50代だからそれにしてはまだ小学生なんだと感じました。

まあでもなくはないですよね。

泰介が40歳ころの子どもってことだから。

遅めに生まれた子どもなのかなーって。

『俺ではない炎上』の中では、ネット上で、泰介に子どもがいるって情報が流れたときのTwitterの一つとして、

・山縣泰介には小学生の娘がいるって情報がどっかで出てたけど、本人の年齢考えたらあり得ないような気がする。結局何を信じたらいいのかまるでわからん。

(浅倉秋成『俺ではない炎上』158ページより)

というものが載っています。

そういう部分でわかる人用のヒントだったのかも。

それから、サクラ(夏実)の初登場シーンでは、

「密かな下心を胸に潜ませていたので、一階のホールで待っていたサクラ(んぼ)が息を切らし肩を上下させていることに、初羽馬は面食らった。洒落たチェスターコートを羽織っていたが、足元にはクロックスを履いている。記憶どおりの美人であったのは間違いないが、じゃあお茶でもしようかとも、夜になったらイルミネーションを見ないかとも言い出せる雰囲気ではない。明らかに慌てている。」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』142ページより)

ふつう、誰かとの待ち合わせにそんな恰好で来ないし、そんなに慌てているってなにがあったのと思うものです。

なぜクロックスだったのか。

これは祖母宅から祖母や母親に見つからないように抜け出したから、靴がクロックスになったんだろうなと思います。

そのあとの夏実視点で、小5の夏実がえばたんとともに、祖母宅を出るシーンがあり、

「母が外出を許可してくれるはずがなかった。夏実は忍び足で玄関まで向かい、自身の靴を拾い上げると再び和室へと戻り、縁側から外へと飛び出した。」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』156ページより)

とあるんですね。

これも、事件当時の夏実の行動とリンクさせてるんだろうなと読み終えてみると感じます。

だから結局、ぜんぜん気づかないまま私は読み進め、上記したように、時系列がおかしいことに気づいたのは、終盤も終盤、296ページ。

夏実が泰介のTwitterアカウントを作り、泰介のふりをして投稿していたというところ。

そこでようやく、

「Twitterって10年前に作られたんじゃなかったっけ?」

「小学5年生……10歳か11歳じゃん!」

とおかしいことに気づいたわけです。

私はまんまとしてやられたわけですが、みなさんはいったいどこで気づいたんでしょう。

おもしろかったけど、納得いかないところもいくつか

さて、『俺ではない炎上』とても楽しく読ませてもらいました。

でもですね、じゃっかん、納得いかないところもありました。

ネタバレの記事なのでそこも思ったこと書いちゃいます。

そもそも、時系列がずれてることに気づきにくい!

わかったときに、

「えー!ちょっとこれはずるくない?」

って思ってしまいましたもん。

いや、私の推理力が足りないと言われてしまえばそれまでなんですけど、もうちょっと、ヒントというか、わかる人にはわかるようにしてほしかったなーとも。

それから、ところどころ、読み返すと、

「なんでそこでそういうセリフ?」というのがあります。

たとえば、警察官の堀視点で、堀が泰介の妻に対して、妻や夏実の事件当日のアリバイを尋ねるシーンがあります。

「木曜日は毎週夜勤なんです。なので私は職場にいました。娘は塾に通わせているので、塾にいる時間です。その時間、主人が家で何をしているのかは……ちょっと」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』106ページより)

これどう思います?

アリバイについて答えたセリフなんですけど、なんだかなーと。

「娘は塾に通わせているので、塾にいる時間です。」

ってあるんですよ。

塾に通わせているって、たしかに小学5年生の子どもだったら、塾に通わせているで正しいと思うんですよ。

でも、実際は20歳くらいの大学生なわけです。

塾に通わせているって言葉になるもんなんだろうか。

そもそも、20歳21歳の大学生が行く塾ってなんだー?っともやもや。

 

それから、初羽馬視点で、サクラが犯人に気づいて言うセリフ。

「このままだとほんの小さな子供の手によって、山縣泰介が殺されてしまう」

(浅倉秋成『俺ではない炎上』P292より)

で、そのまま、夏実視点に入るんですよ。

明らかに、夏実が犯人かもって思わせようとするためのセリフですよね。

でも、サクラはえばたんが犯人だと気づいたんですよ。

えばたんは同い年だから当然、20歳か21歳。

小さな子供のわけがない。

たしかに、10年前の夏実が、丘の上の古い家にほどこした仕掛けのせいで、泰介が死ぬ可能性があった。

とはいえ、このセリフはちょっと違和感がある。

言わないよね、こんなこと。

ほかにも「ん?」と思うところはいくつかあったんですけど、それでも全体で見ると、すごくおもしろかったので読者としては満足です。

おわりに

最後にちょっと不満も書いてしまいましたが、『俺ではない炎上』はかなりおもしろかった。

2022年に発売された本で私が読んだ中ではトップ3に入るくらい好きでした。

細かい点は気になるけど、やっぱりこの発想はすごい!

物語の世界、ではあるけれど、実際に起こりえてもおかしくないことだから、より深く物語に入れ込めてしまいます。

まだそんなに本をたくさんは出していない作家さんなんですよね。

これなら全部読むことも可能な気がするので、しばらくは浅倉秋成を追っていこうかなと思っています。