夏目漱石

【5分でわかる】夏目漱石『こころ』のあらすじと感想。

生涯において何度も読み返したくなる本ってありますよね。

私にもいくつかあり、今回はその中の1冊を紹介します。

今回紹介するのは、

夏目漱石の『こころ』です!

初めて読んだのは高校生のとき。

このときはあまりよくわかりませんでしたが、大学生、社会人になってからと読むたびに新しい発見がある名作です。

Contents

夏目漱石『こころ』の登場人物

『こころ』は比較的登場人物が少ない小説になります。

語り手である「私」と「先生」。

それに「私」の両親や「先生」の奥さん。

「先生」の友人であるK。

このあたりが主要な登場人物となります。

また、ほかの夏目漱石の作品によく見られるように、個人名が出てこない人物が多いです。

『こころ』の中心人物の一人であり、作品の語り手。

田舎に両親を持つ学生。

兄と妹がいるが、兄は仕事が忙しく、妹も家庭を持って遠方におりなかなか会う機会はない。

『こころ』の途中で学校を卒業するも、特に仕事のあてもなく生活をしており、両親から恥ずかしくない仕事につくようにいわれるようになる。

先生

「私」に「先生」と呼ばれているが、実際になにかの先生なわけではない。

仕事はしておらず、東京で妻と二人暮らし。

資産家なわけではないが、妻と二人で慎ましく生きていくくらいの余裕はある。

元々、早くに亡くなった両親がかなりの資産家であったが、両親が亡くなったあと、親戚たちに騙されて資産を使い込まれてしまう。

「私」は「先生」のことを、

人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。

(夏目漱石『こころ』より) 

と語っています。

先生の妻 (お嬢さん)

「先生と私」と「両親と私」では、先生の妻として、「先生と遺書」ではお嬢さんとして登場する。

名前は静(しず)といい、穏やかな人。

「私」のことを最初は「先生」の来客として接していたが、少しずつ打ち解けていき「先生」への気持ちを話すようにもなる。

「先生」がどこか壁を作ってしまった原因がわからず悩んでいる。

K

「先生と遺書」に登場する「先生」の友人。

先生とは同郷の新潟出身。

同じ大学に通い、実家は浄土真宗の僧侶の次男。

とてもストイックで向上心がないものはばかだと考えている。

医者の家に養子に出される。

養父は医者にするつもりで東京へ送り出したものの、Kは自分が勉強したい内容ばかりを修学。

大学3年になり、養父にそのことを告げたことで、実家や養子先が激怒。

仕送りももらえず困窮した生活となり、先生の下宿先に来ることになる。

先生の他に親しい友人はいない。

夏目漱石『こころ』のあらすじ

夏目漱石の『こころ』はおおきく3つのパートにわかれます。

〇先生と私(上)

〇両親と私(中)

〇先生と遺書(下)

の3つになります。

実際の小説の中でもこのタイトルでわけられています。

3番目の先生と遺書が『こころ』の約半分をしめるボリュームとなっています。

先生と私

『こころ』の語り手は「私」。

明治末期を舞台とした小説になります。

夏休みに鎌倉由比ヶ浜に海水浴に来ていた私。

そのとき雑踏の中で目にした先生が気になり、ふとしたきっかけから交流を持つように。

東京に帰ったあとも数日に1回のペースで先生の家を訪れるようになります。

先生は特に何かをするわけではなく、奥さんと静かに日々を過ごしていました。

 

あるとき、家を訪問したが奥さんから、先生は墓参りに行っていると告げられます。

雑司ヶ谷にある友達の墓に毎月墓参りするのが習慣であるとのことで、私がそこを訪れると、先生はひどく驚いた様子でした。

それ以降、先生は何度も教訓のようなことを私に話してくれます。

「しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」

「平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断できないんです」

でも、先生がなぜそう思うようになったのかという根本的なところは隠したまま。

 

先生と奥さんは、仲睦まじい夫婦のように感じていましたが、時折、二人の関係に違和感を覚えることがありました。

先生から留守番を頼まれた日、奥さんと二人で話をする機会を得ます。

そのとき奥さんは、先生が今のようになってしまったのは大学の友人が自殺をしてしまってからであること、その友人が雑司ヶ谷の墓に眠っている人であることを明かします。

 

その後の交流の中で、私は先生に過去について話してほしいと頼みます。

先生は私になら打ち明けてもよいといい、来るべきときに過去を話すことを約束しました。

大学を卒業した私は、体調を崩した父親の経過も気になり一度帰省することになります。

両親と私

ここでも語り手は「私」。

腎臓病が重かった父親はますます健康を損なっていきます。

特に天皇崩御の知らせを聞いてからは、弱っていく様子が目にとれます。

私は、父親の容態も気になり東京へ帰る日を延ばしていました。

両親は、私の就職先を気にしており、先生にどこか仕事先を斡旋してもらえないのかともいいます。

私は気が進まないながらも、先生宛にその旨を記した手紙を送ります。

しかし、いつになっても先生からの手紙は届きませんでした。

そんな中、ますます容態が悪くなる父親。

実家に親類が集まり、父の容態がいよいよ危なくなってきたところへ、先生から分厚い手紙が届きます。

父親が明日をも知れぬ中でゆっくりと手紙を読むことはできないと考える私でしたが、手紙に先生の死をほのめかす内容が書かれていることに気づきます。

手紙が先生の遺書だと気づいた私は、書置きだけ残して東京行きの汽車に飛び乗るのでした。

先生と遺書

最後の章は、先生からの手紙であり、語り手は「先生」となります。

 

若くして両親を亡くした先生。

叔父が先生の世話をしてくれ、そのおかげで先生は学問に集中することができ感謝をしていました。

しかし、あるときから叔父が先生といとこ(叔父の娘)との縁談をしきりに迫るようになります。

恋愛感情を持っていなかった先生は縁談を断りますが、それから叔父家族との関係がぎくしゃくしていきます。

そして先生が調べてみたところ、叔父は先生に残された遺産に手をつけていたことがわかります。

先生は叔父との関係を清算しますが、ほかの親戚も叔父の味方となり、かなり少なくなった遺産と、人間への不信感を持って故郷との関係を断つことになります。

 

東京で大学生活を送るために新しく見つけた下宿は、「奥さん」と「お嬢さん」が二人で暮らしている家でした。

徐々にお嬢さんに心を惹かれていく先生でしたが、その想いを伝える術を知りません。

そんな中、大学の友人「K」が家族との関係悪化により、資金援助がなくなり困っていたため、先生はKを同じ下宿に誘います。

Kは、自分を高めることを忘れた人間はそれだけでだめだと判断するほど、向上心のある人物でした。

Kとは良き友人であり、下宿生活も特に大きな問題はなく日々が過ぎていくように感じられました。

しかし、Kとお嬢さんが話をしたり、一緒に連れだって歩いている姿を見たりするたびに、先生は穏やかではない気持ちになります。

お嬢さんの言動やKとの関係に一喜一憂する先生。

 

そんなある日、めずらしくKが先生を散歩に誘い、何かを伝えたようとしています。

Kは先生に、お嬢さんに恋心を抱いていることを話すのでした。

先生は、Kに対して、かつてKが使った「精神的に向上心のないものはばかだ」という言葉を向け、自分の気持ちを打ち明けることはできませんでした。

Kのこうしたときの行動力や強さを恐れた先生は、Kの想いを伝えぬまま、奥さんにお嬢さんを嫁にもらいたいと直談判をします。

奥さんはそれを承諾し、先生とお嬢さんは婚約関係となります。

Kを裏切り、出し抜いてしまった先生は、そのことがいつKに知られるか、Kがどのように感じるかと不安に思います。

しばらく何事もないように過ごしますが、奥さんから二人の婚約の事実を伝えられたKは、ナイフを使って自殺をしてしまいます。

Kの遺書にはもっと早くこうするべきだったのだと残されていました。

先生はこの事実をお嬢さん(のちの先生の妻)に打ち明けることができず、苦悩を抱えたまま暮らしてきたのでした。

『こころ』の感想

感じるものがそのとき、その人によって変わる良作

夏目漱石の『こころ』に対する解釈はたくさんありますが、なかなかしっくりした解釈に出会えないものです。

それというのも、この『こころ』自体に多くの要素が含まれていて、読んだ人によって感じるものが変わってくるからです。

私自身も、すでに4回読みましたが、最初に読んだころと、今とでは『こころ』に対する感じ方が違います。

それくらい魅力にあふれた作品だといえます。

〇人のこころの移り変わり

〇人のこころの弱さ

〇生きる上での信念

〇恋が人を駆り立てる衝動

〇良くも悪くも人の純粋な部分

なんてことも思い浮かびます。

初めて読んだ高校生の時は、恋愛と親友への裏切りの本だと思っていました。

社会人になった今だと、『こころ』のタイトルのとおり人間のこころの変化がとても気になる作品です。

『こころ』についての書評をいくつか読みましたが、特に人のこころの移り変わりに言及している人が多かったように感じます。

人を変えてしまうお金と恋愛という要素

先生が人間不信になってしまった原因の一つが叔父一家。

これって「小説の中の話だから」ってことではないですよね。

私たちの人生の中でも、お金が原因で問題になるケースはたくさんあります。

すごく仲の良かった兄弟が親の遺産を巡って縁を切ることになるなんてことも。

大学の後輩の家も、かなりの土地持ちの家でしたが、相続問題で15年たってもいまだに土地問題が解決できずにいます。

果たして自分の親が亡くなったときにうちの兄弟は大丈夫かなとも考えてしまいますね。

こうしたお金に関わることは他人ごとと思わず、それに振り回されずに生きていけるようにきちんと向き合いたいものです。

 

恋愛も人を狂わす一つです。

私は幸いにも?あまり恋愛に縁がなく、自分自身がトラブルの種になったことはないのですが、恋愛にのめりこんで生活を崩す人はたくさん見てきました。

友人同士でも、恋愛がきっかけで仲が悪くなるのもよくあることです。

だからこそ『こころ』を読んで身につまされる人も多いのかな。

私たちの恋愛はここまで高尚なものではありませんでしたが。

恋愛は「こうあるべき」という答えがないからまた難しい。

誰だって悩むし、自分と相手と周囲の人と、多くの人に影響も与えます。

だからこそ、自分の後悔のない選択肢を導き出せるようにしたいものです。

真面目すぎるのもよくない

先生が苦しんだのは、先生自身がとても自分に厳しく、高い理想を持っていたからなのかとも思います。

人のことを信じられなくなったといいながらも、誰よりも人を信じたいという気持ちがあったのではと。

だからこそ自分が裏切られたこと、そして自分がKを裏切ってしまったことで、深く苦悩してしまったのでしょう。

 

恋愛にしたって人間関係にしたって、「失敗したな」ですませることができる人もいます。

自分を責めるのではなく、周りを責めてこころの平穏を保つ人もいます。

そして先生のように自身の内側で想いを沈殿させ、苦悩する人もいます。

どの生き方がいいか悪いかはわかりませんが、人生はなんとかなるものと思って生きるのが生きやすい方法ではあると思います。

先生ももう少し「テキトー」な人間になれたらもっと幸せを享受できたのかもしれません。

おわりに

後半はかなり私の個人的な感想になってしまいましたが、夏目漱石の『こころ』は何度読んでも新しい何かをくれる作品だと思います。

夏目漱石で一番読みやすいのは『坊っちゃん』だと思います。

でも一番多くの人に知ってもらいたいのはこの『こころ』です。

あらすじだけでは感じることのできないいいものがこの作品にはあります。

もしまだ読んでなくて、あらすじだけ知りたいと思ってこのページに来た人は、ぜひ一度読んでみてもらいたい。

必ず何かしらを感じ取らせてくれると思います。