斜線堂有紀

ラスト四行の解釈が分かれる名作。斜線堂有紀『恋に至る病』

これは久々におもしろい小説に出会えた!

そう断言できるほど楽しませてもらいました。

ただし、読後に、「これはどっちの解釈が正しいのか」と頭を抱えることは間違いない。

今回読んだのは、斜線堂有紀さんの『恋に至る病』です!

ラストの4行の衝撃とも言われる作品で、読んだ人によって解釈が変わるのも魅力の一つです。

あとがきで、斜線堂有紀さんが書いているように、

「誰一人として愛さなかった化物か、ただ一人だけは愛した化物かの物語」です。

あなたならどちらの解釈をしますか。

ここでは、『恋に至る病』のあらすじや感想を紹介していきます。

ネタバレも含んでどう解釈をすればいいのか考えていくので、まだ読んでいない人は先に小説の方を読みましょう。

Contents

『恋に至る病』のあらすじ

やがて150人以上の被害者を出し、日本中を震撼させる自殺教唆ゲーム『青い蝶』。

その主催者は誰からも好かれる女子高生・寄河景だった。

善良だったはずの彼女がいかにして化物へと姿を変えたのか――幼なじみの少年・宮嶺は、運命を狂わせた“最初の殺人”を回想し始める。

「世界が君を赦さなくても、僕だけは君の味方だから」

変わりゆく彼女に気づきながら、愛することをやめられなかった彼が辿り着く地獄とは?

斜線堂有紀が、暴走する愛と連鎖する悲劇を描く衝撃作!

(KADOKAWAホームページより)

主人公は、宮嶺望。

彼の視点で物語は描かれていきます。

二人が出会ったのは小学5年生のとき。

宮嶺が景のいる小学校に転入します。

みんなに人気があって、宮嶺も憧れを抱いていた景。

ある日、校外学習の際に、景が目の前で大けがをします。

景を背負って助ける宮嶺でしたが、けがを防げなかったことに責任を感じていました。

自宅療養をする景を宮嶺がお見舞いに行った際、景から次のように言われます。

「それじゃあ、宮嶺は私のヒーローになってくれる?」

(斜線堂有紀『恋に至る病』P31より)

そこから宮嶺はどんなときでも景の味方でいると心に決めます。

高校生になり、生徒会活動に励む二人。

景が自殺防止の人権集会でスピーチをした日、ひょんなきっかけからお互いのことが好きであるという話になります。

景から、「私と付き合ってくれる?」と聞かれる宮嶺でしたが、自分では景には釣り合わないと拒否してしまいます。

すると景は、自分が宮嶺のことを好きな証拠を見せるといい、翌日、自然公園に宮嶺を誘います。

そこで宮嶺が見せられたのは、とある男子高校生が幸せそうな表情で飛び降り自殺をする瞬間でした。

その男子高校生は、『ブルーモルフォ(青い蝶)』と呼ばれる自殺教唆ゲームの利用者で、景がそのゲームを作ったマスターであると宮嶺に告白します。

ゲームを作った理由を説明する景は最後に宮嶺に言います。

「お願い。私が間違っているのなら、今ここで宮嶺が止めて」

※ここまででだいたい全体の三分の一くらいです。

斜線堂有紀さんのあとがき

物語はこのあとも続いていくわけですが、最後まで読み終えると読者はかなり悩まされるはずです。

果たして景は、宮嶺のことをどう思っていたのか、と。

斜線堂有紀さんのあとがきでも『恋に至る病』の重要なポイントに触れています。

誰一人として愛さなかった化物か、ただ一人だけは愛した化物かの物語であり、寄河景という人間そのものを謎としたミステリーです。最初から景は他人を支配する快感にとりつかれていたのか、あるいは宮嶺を襲った悲劇が彼女を根本から変えてしまったのか。宮嶺のことは自分のスケープゴートとしか見做していなかったのか、それともそこには宮嶺の信じる『特別』があったのか。それを判断する為の材料は、物語の冒頭から最後までにいくつもあります。

(斜線堂有紀『恋に至る病』あとがきより)

また、

ただ、寄河景が入見遠子に完膚なきまでに否定されたことが、この物語の希望であることだけははっきりしています。

(斜線堂有紀『恋に至る病』あとがきより)

ともあります。

個人的には前者であってほしいのですが、正直わかんないってのが本当のところです。

ただ、あとがきにもあるように、判断するための材料が小説の中にいくつもあるとのことなので、じっくりと拾いあげていきたいですね。

「ブルーモルフォ(青い蝶)」とは

どんなゲームだったのか

前提として、なぜ寄河景はブルーモルフォ(青い蝶)を作ったのか。

ブルーモルフォとはなんなのかというところから確認していきましょう。

150人以上の自殺者を出した自殺教唆ゲーム「ブルーモルフォ」。

ブルーモルフォが噂のように広まったのが二人が高校生のとき。

景が生徒会長だというので、高2か高3でしょうか。

雑談の中で宮嶺からブルーモルフォを知っているかと景に問いかけます。

この時点では、流行っている都市伝説として語られていて、

〇選ばれた人間の元にSNSを通して特別なサイトへのアクセス権が与えられる。

〇美しい蝶のモチーフのあしらわれた不思議なサイトとのこと。

〇アクセスしたプレイヤーはブルーモルフォの会員となり、マスターから指示を受ける。

これだけの単純なもの。

指示は全部で50個あり、最初は誰でもできるような簡単なものから始まって、少しずつ難しいものへと変わっていく。

最終的には50個目の指示で自殺をするというものです。

だから、指示をすべてやりとげたとき、プレイヤーは死ぬことになります。

ブルーモルフォのきっかけと目的

景が宮嶺にブルーモルフォのことを打ち明けた際に、そのきっかけを話します。

それは宮嶺が同級生の根津原あきらからいじめを受けていたこと。

毎日、いじめを受け、そのときの手の写真を撮られ、「蝶図鑑」というブログにアップされていたこと。

景は、宮嶺がいじめられていることを知ったとき、性善説は嘘だと知ったと言います。

みんないい子だと思っていたらそうではなく、ただ流されていただけなのだと。

根津原という悪い人が一人本性を現しただけで、それに流されて宮嶺のことをいじめていたと。

もし、これは間違っていると声を挙げる人がいれば状況は変わっていたかもしれないが、そういう人ばかりではないから世界は変わらないと。

「要するに、流される人間が居るからいけないんだ。そういう人間は意思を失って、自分のことを見誤って、誰かのことを平気で傷つけるようになる。……分からないかな?私がブルーモルフォを創ったのはなぜか。あのシステムがどうなっているのか」

(斜線堂有紀『恋に至る病』P120より)

景から、誰を殺そうとしているのか分からないかと問われて、宮嶺は、

「指示に流されて、自殺してしまうような人間」だと答えます。

それに対して、

「ブルーモルフォなら、そういう人間を淘汰出来る。自分の頭で考えられない人間を選んで殺せる」

(斜線堂有紀『恋に至る病』P121より)

ということで、この時点では、宮嶺がいじめを受けたことをきっかけに、他人の悪意に流される人たちがいるからいけないんだという結論に至り、そうした人間を淘汰するためにこのシステムを作ったというのです。

景にとってブルーモルフォはなんだったのか

景がブルーモルフォの存在を宮嶺に話したのは、互いに好意を持っていることが分かったのに、付き合うことに宮嶺が躊躇していたからです。

景は自分が宮嶺のことを好きだという証拠を見せると言って、ブルーモルフォで自殺する男子高校生の姿を見せました。

「もう分かったよね。私は宮嶺が好きだから、ブルーモルフォを創り出せた。宮嶺のことが無かったら、私はブルーモルフォを運営出来なかった。だから、これが愛の証明。……私があげられる全部」

(斜線堂有紀『恋に至る病』P124より)

ここだけ見ると、景が宮嶺を心から愛していて、歪んではいるけれど、宮嶺のために行動していたかのようにも感じます。

ただ、物語が進むにつれて、ブルーモルフォはそれだけのものではないことが分かってきます。

ブルーモルフォの存在が少しずつ広まっていき、それに伴う事件も起きます。

そして、ブルーモルフォの偽物も生まれ始め、偽物によって自殺する人まで出てきます。

ここまでくると、景が望んでいた目的はある程度達成できたとも言えます。

そこで宮嶺が景に言いました。

「これで景は、ブルーモルフォを止められる?」

その時、景が一瞬だけ言葉に詰まった――ように見えた。ベッドに寝ころんでいた景がゆっくりと起き上がる。

「……宮嶺の言う通りかもしれない」

景の目が子供のように見開かれる。初めてそのことに気がついたかのように声が揺れていた。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P206より)

そこからもう景が頑張る必要はない、一緒に旅行に行ったりしよう、という流れになるのですが、そう簡単にいかないのがこの作品のおもしろいところ。

その週の日曜日に二人はある葬儀に参加することになります。

それは二人の同級生、景と仲の良かった緒野江美のものでした。

「偽ブルーモルフォだ」

訃報を聞いた瞬間、景は消え入りそうな声で呟いた。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P209より)

緒野が自殺をしたのは偽ブルーモルフォだと断じ、景は、自分はブルーモルフォを続けなければいけないと宮嶺に言います。

宮嶺はそれを、自分が始めたブルーモルフォで友人が死んでしまい、最後まで責任を持たなければいけないという景の気持ちだと判断します。

そして、景がやるというなら最後まで見届けようと考えます。

しかし、宮嶺はそのあと、緒野の死が、ブルーモルフォを止めたくなかった景によるものだと気づきます。

小学校時代から、他人の考えを誘導し、自分の思い通りの世界を作っていた景。

宮嶺が転校して来るまでは、委員会決めでも合唱祭の曲決めでも、一度たりとももめたことがなかった。

多数決すらない。

それは景がクラスメイト達の意識を操作していたから。

「緒野さんが殺されたのは僕の所為なんだね。景はブルーモルフォを続けたかったんだ。もうブルーモルフォの運営は苦しいことじゃないのに、僕があんなことを言ったから、景には理由が必要になった。ブルーモルフォを辞めない為の『物語』が」

―――

景はさして動揺している風でもなく、笑顔を浮かべたまま僕のことを見つめていた。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P244より)

すべてが宮嶺にばれた景は打ち明けます。

「景は、多分、良い人間ではないんだね」

「そうだね。私はきっと化物なの」

ややあって、景が歌うように言った。何だか妙に凪いだ声だった。

「私はブルーモルフォが好きだった。とあるゲームデザイナーの言葉なんだけど、面白いゲームをデザインする為に必要なのは、快楽を仕組み化することなんだってね。ただ、私とみんなの快楽は違うみたい」

(斜線堂有紀『恋に至る病』P247より)

景は、人間が自分の指示に従って行動し、最後には命を落とすことを楽しんでいました。

いわゆるサイコパスというやつですね。

人の命が奪われていくことに快楽を見出し、あらすじにあるような化物だったわけです。

ブルーモルフォは、景が必要のない人間を淘汰するのと同時に自身の楽しみも満たせるものだったと言います。

宮嶺はスケープゴートとしての存在だったのか

物語の後半で、ブルーモルフォ事件を追っていた刑事である入見から、宮嶺は景のスケープゴートにされたのではないかという推理を話されます。

それは、宮嶺は景に洗脳されていて、自分がブルーモルフォの首謀者だと言って景を庇っているというもの。

まあ、実際に景を庇っているわけなんですが、それが宮嶺の意思ではなく、景がそういう風に仕向けた、ということを主張しています。

いつか自分に捜査の手が及んだときのために身代わりを用意したのが宮嶺で、恋人にすることでいつでも付き添わせていた。

四六時中一緒にいたことで、宮嶺が景に逐一指示をしていたというシナリオを作ることもできたのだと。

その主張を聞いていると実際にそうであったのではないかと思わされるからすごいですよね。

景は宮嶺に『特別』を感じていたのか

大前提がとても長くなりました。

景はいわゆるサイコパスと呼ばれる化物でした。

その点については最後まで読んでも争いはない。

大事なポイントは、寄河景の本心はどこにあったのか、です。

斜線堂有紀さんのあとがきにもあったように、誰一人として愛さなかった化物だったのか、それとも、宮嶺のことだけは愛していた化物だったのか。

宮嶺のことは自分のスケープゴートとして見做していなかったのか、それとも宮嶺の信じる『特別』があったのか。

個人的な見解からいうと、私は景が宮嶺のことを愛していたのだと思っています。

そうであってほしいという願望も多分に含まれていますが。

ラスト4行の存在

『恋に至る病』のラスト4行は、真相を明かすための重要な文章です。

僕の目の前には、透明な袋に入った消しゴムが置かれている。半分ほど使ってあるそれには、滲んだインク汚れが付着していた。何も知らない人が見れば、それが何かは分からないだろう。

けれど僕は、それが自分の名前であることを知っている。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P293より)

物語の最後の4行には上記のようにあります。

この消しゴムは、刺されて倒れた景のポケットからスマートフォンを取り出すときに、一緒に転がり出てきたものでした。

そしてそれは、宮嶺が小学生の頃に使っていたものだと推測されます。

それを見て、宮嶺は救急車を呼んで景の命を助ける道を諦め、自分が景の代わりに首謀者となることを決意します。

この消しゴムは、小学5年生のとき、根津原によるいじめが始まる最初のきっかけとなったものでした。

それは校外学習の翌週から始まった。

最初は消しゴムだった。半分ほど使って小さくなったものだったから、きっと何かのタイミングで失くしてしまったのだろうとその時は気にしなかった。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P32より)

そこから、鉛筆やシャーペンもなくなり、少しずつ悪意が広がっていきました。

この消しゴムをなぜ景が持っているのかと考えたときに思い浮かぶのは、宮嶺へのいじめには、景の意思があったのではないかということです。

それはなんのためかと考えると、宮嶺の心を自分に向けさせるためではないでしょうか。

いじめによって宮嶺が苦境にたたされたとき、何度も景が宮嶺の前に現れます。

ときには、根津原に直接話に行って、跳び箱の中に閉じ込められるという場面もありました。

景は根津原が怒って景を閉じ込めたと言います。

でも、当時からクラスメイトをうまく誘導していた景がそんな失敗をするのかと思うと、素直には信じられない。

その行動ですら自作自演のようにも思える。

そして、最後には根津原を自分が殺したと宮嶺に思わせ、自分から離れられなくしたのだろうとも考えられます。

消しゴムをなぜいつまでも持っていたのか

消しゴムは景が盗ったのか、根津原が盗ったものを手に入れたのかははっきりしません。

でも、景はその消しゴムを大事に身に付けていました。

もし、いじめを引き起こすために盗ったものだったとしても、ふつうはそんなものを何年も大事に持ち歩かない。

そこには何かしらの意味があるはずです。

消しゴムがなくなった前後で、宮嶺が自分の消しゴムに名前を書いていたという描写はありません。

でも宮嶺は滲んだインク汚れが自分の名前だったと知っています。

考えられるのは、描写はなかったが宮嶺が自分で書いていたか、消しゴムを手に入れた景が書いたかです。

消しゴムと名前と聞くとおまじないを思い浮かべると思います。

実際に、『恋に至る病』の中でもおまじないについての描写があります。

僕のクラスは相応に揉め事もあったし、子供らしくくだらないおまじないや都市伝説が流行っていた。緑のペンでノートに四葉を書いて成績アップとか、好きな人から消しゴムをもらえば両想いとか

(斜線堂有紀『恋に至る病』P20より)

名前はもしかしたら宮嶺が自分で書いていたのかもしれませんが、こうしたおまじないの一つで景が書いた可能性もあります。

どちらにせよ、景が宮嶺のことを好きで、大事に消しゴムを持っていたと考えるのが自然ではあります。

宮嶺である理由がない。

景がいつか犯行がばれたときにスケープゴートを用意する。

それはまあ分かる気がします。

でも果たして宮嶺がそうだったのかというと疑問が残ります。

スケープゴートが必要なら、別に宮嶺でなくてもよかったと思うんですよね。

ブルーモルフォのプレイヤーでもそうだし、景の同級生にしたって、景のことを心酔している人はいくらでもいました。

緒田が死んだあと、引きこもりになった氷川は、自分も景に殺されると言いながらも、景のことを今でも慕っていました。

景のために粛清を行う人たちも何人も登場します。

そもそも、ブルーモルフォを始めた時期と、宮嶺にとって景が特別な存在になった時期はかなり離れています。

小学5年生の秋が最初のきっかけです。

大きな意味を持つ根津原の死は6年生のとき。

ブルーモルフォの前段階と言えるものは、景たちが中学3年生の頃から始まりました。

何年も前から、いつか来る日のために準備していたとは考えにくいです。

景の呼び方について

それと、とても気になってしまうのは景の宮嶺に対する呼び方でした。

景は「宮嶺」って呼んでいて、宮嶺は、「景」って呼んでいます。

最初、宮嶺は景のことを、「寄河さん」と呼びます。

でも、すぐに景に否定されます。

「それじゃあ……色々とありがとう、寄河さん」

「景」

「え?」

「だって、みんな景ちゃんとか景とか、寄河って呼ぶのに『寄河さん』って。そこで特別になっちゃうよ」

「特別に、って」

なら、こっちの方がいいんじゃない? と言われれば、僕に選択肢は無かった。

(斜線堂有紀『恋に至る病』P17より)

こっちの方がいいんじゃない?と提案した呼び方は、「景」。

男の子に対して、「景」って呼び捨てを提案するってなかなかじゃないですかね。

実際に男子が景を呼んでいるので出てくるのは、「寄河」だけな気がします。

見落としがあったらすみません。

逆に、景の呼び方はどうなのか。

「宮嶺」って呼び方は根津原を始め、他の同級生もしています。

じゃあ特別な呼び方ではなかったのかというと、私は特別だったのだと思います。

景が他の人を呼ぶときをざーっと見てみると、根津原くん、村井くん、藤谷さん、善名さんって感じで、「くん」か「さん」が後につきます。

ブルーモルフォのプレイヤーに対してもそうでした。

呼び捨てにされているのって宮嶺だけって思うと、ちょっと特別な気がしてしまいます。

おわりに

ということで、個人的な解釈では、景は宮嶺に対して特別な感情を持っていた、です。

実際のところって斜線堂有紀さんにしか分からないのかもしれませんが、『恋に至る病』にはどこか希望がある物語であってほしいなと思います。

そして、いつか宮嶺が景と再会できればいいなと。