夏目漱石

住みにくい人の世を住みやすく。夏目漱石『草枕』のあらすじと感想。

「智に働けば角が立つ。

情に棹させば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。」

(夏目漱石『草枕』より)

冒頭からこんな文章で、人生とはと考えさせられる作品です。

今回読んだのは、夏目漱石の『草枕』です。

夏目漱石の中・長編小説としては、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』に続く三作目にあたります。

前の二作とはまた趣が変わりますが、これはこれでおもしろい。

ここでは、『草枕』のあらすじや感想を紹介します。

あらすじ

日露戦争のころ、30歳の洋画家である主人公が、山中の温泉宿に宿泊した。

その旅館の若い女将である那美と知り合う。

那美は美しい女性で、主人公は、自分の画を描いてほしいと頼まれる。

だが、彼女には足りないところがあるとして描くことを断るのであった。

主人公も、彼女に何が欠けているのかわからない。

一方で那美との会話は楽しく、主人公も、自らその機会を探して話しかけることもあった。

主人公は、気の向くままに温泉に入ったり、絵を描いたりして日々を満喫していた。

 

ある日、主人公は、那美が野武士のような男と会っている姿を目撃した。

その男は、那美の元夫で、お金を無心に来ていた。

男は、日本では生活していくのが苦しいため満州に行くのだという。

 

那美の従兄弟である久一もまた、満州の戦線へと徴集されることになった。

主人公と那美は、久一の出発を見送りに駅まで行く。

その時、ホームには、那美の元夫もいた。

那美は別れた夫と、発車する汽車の窓ごしに見つめあった。

それを見た主人公は、那美に足りなかったものは「憐れ」であったことに気づく。

冒頭が有名な『草枕』

夏目漱石の『草枕』は、内容こそよく知らなくても、この冒頭を聞いたことがある人は多いと思います。

智に働けば角が立つ。

情に棹させば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。

(夏目漱石『草枕』より)

ざっくりいうと、一生懸命に働けば角が立つし、情に流されたり、意地を通して窮屈にもなる。

なんとも人の世というのは住みにくいものだ、ということですね。

この『草枕』が出たのが1906年ですけど、いまにも通じるものがありますよね。

化学はいくら発展しようとも、こうした人間の部分ってぜんぜん変わっていないんですね。

さらに下記のように続きます。

もうどこへも行く場所がないと悟ったときに、詩や絵が生まれる。

どこに越しても住みづらく、人が作った世界でない場所に移っても、もっと住みづらい「人でなしの国」があるばかりだろう。

それなら、この住みづらい世の中を、束の間でも住みやすい空間にする以外にない。

その使命を担っているのが、詩人であり画家なのだ。

『草枕』全体を読んでいて思うのは、この主人公が芸術家であるのはそうなのですが、この芸術というものをとても尊いものとしてとらえているのがわかります。

そこに期待をしているのかなとも感じます。

小説というものへの考え方

この会話は何回読んでもいまいちよくわからなかったんですよね。

小説というものへの捉え方が描かれている部分です。

「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留しているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」

「すると不人情な惚れ方をするのが画工なんですね」

「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」

(夏目漱石『草枕』より)

芸術家とはこういうものなのかとも取ることができる会話です。

夏目漱石自身の芸術への考えなのだとも取れます。

私は、ここでいう非人情の読み方はできないたちですが、逆に言うと、初めからしまいまで読むのだから、惚れて夫婦になるようなものなのでしょうか。

実際に小説にのめり込んで読むときって、それくらいの情熱は生まれるのかもしれませんね。

人の世とはいきづらいもの

次の文章もかなり考えさせられました。

世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴で埋っている。

元来何しに世の中へ面を曝しているんだか、解しかねる奴さえいる。

しかもそんな面に限って大きいものだ。

(夏目漱石『草枕』より)

いや、ほんと世の中にはこんな人がたくさんいます。

本人は無自覚ですが、周囲はそれによって辟易とさせられてしまうものです。

『草枕』を読んでいると、世の中ってどうしてこうも生きづらいことがたくさんあるのかなって感じますね。

夏目漱石の後期の作品である『道草』でも、人の世の生きづらさが描かれていました。

あちらは、しがらみとか人間関係が主体となっていましたが、なんとなく、人間社会が嫌になっているのかなと感じさせるものがありました。

でも、そのことを自覚して生きていくのと考えずに生きていくのでは雲泥の差です。

いま、こうして『草枕』や『道草』を読んだことでこれまでとは少し違った気持ちで社会を見れるような気もします。

おわりに

夏目漱石の作品って、単純におもしろい作品も多いです。

一方で、小説としては、物語としてはおもしろみに欠けるけれど、人生を考える上ではこの上なく有用なものもたくさんあります。

『草枕』は後者にあたるなと感じます。

人生というものを少し考えてみたい人にはおすすめの一冊です。