小説すばる新人賞

鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』のあらすじと感想。第33回小説すばる新人賞受賞作。

「ひがあああしいいいーーー うえええだあーーー

にいいいしいいーーー みねえあーらしいいーーー」

本を読む手を止めて目をつむってみると、呼出が力士の名前を呼びあげる姿が浮かんできます。

相撲という世界のあまり知られていない裏側を丁寧に描いてくれていました。

今回読んだのは、鈴村ふみさんの『櫓太鼓がきこえる』です!

第33回小説すばる新人賞を受賞した作品になります。

主人公は、相撲で力士の名前を呼びあげたり、土俵をほうきではいたりしている呼出。

またなんとも興味深い仕事を題材にしたんだなと思いましたがこれがまたおもしろい!

先日から小説すばる新人賞受賞作を読み進めていて本書で5冊目ですが今のところ一番お気に入りです。

ここでは、『櫓太鼓がきこえる』のあらすじや感想を紹介していきます。

『櫓太鼓がきこえる』のあらすじ

高校を中退した篤は、相撲ファンである叔父のすすめにより、17歳で弱小相撲部屋に呼出見習いとして入門した。

入門から数ヵ月が経つも、なりゆきで選んだ仕事だったためあまり熱が入らない。

力士の名前を呼びあげれば、周囲からは「へたくそ」だと言われ、力士の名前を間違えて親方に怒られ……。

いつまでこの仕事を続けられるかななんて考えてしまう。

しかし、相撲部屋の先輩力士や、呼出仲間の奮闘や、悩みつつも乗り越えていこうとする姿を目の当たりにし、篤の中にも変化が生まれる。

「やることをやらなかったら、自分自身が嫌になる」

そんな先輩力士の言葉を受け、自分がやることはなんなのか、自分自身に問いかけ一歩前進をしていく。

呼出という特殊な仕事

『櫓太鼓がきこえる』の特徴といえば、主人公である篤の職業の特殊性!

呼出なんて言葉、この本を読まなければ知らなかったですね。

呼出とは、相撲で力士の名前を呼びあげている人のこと。

でも仕事はそれだけではなく、土俵の上をほうきではいたり、よく見る永谷園とか書いたのぼりを持って土俵の周りを歩いたりもしてるんですね。

相撲を取るための土俵だって、この呼出が作っているそうです。

入門した部屋に戻ればそこでも雑務がたくさん待っていて、その合間に呼びあげの練習をしたり、太鼓の叩く練習をしたり。

力士のように体を鍛えぬいて闘うわけではないですが、それらを支えるすごく重要な仕事です。

『櫓太鼓がきこえる』では、かなり呼出の生活をわかりやすく細かく描いているので、とてもイメージしやすくてよかったです。

著者の鈴村ふみさん自身が大の相撲ファンだとインタビューで読んだことがあったので、本からも相撲にかける想いが溢れているようにも感じました。

嫌でもやるしかない!

『櫓太鼓がきこえる』は、今年読んだ本でもかなり上位に来るくらいおもしろい小説でした。

その中でも特に気に入った場面は、篤が相撲部屋の先輩力士に問いかけるシーン。

同じ相撲部屋の力士たちが休んだり遊んだりしているときも、黙々とトレーニングに励む武藤さんに対して、篤は練習は嫌にならないのかと聞きます。

篤自身も、呼出としての練習を始めたけれど、いろんな悩みを抱え、身が入らないときもあったから。

それに対する武藤さんの答えがまたシンプルでかっこいい。

「でも、やることやらなかったら稽古よりもよっぽど、自分自身が嫌になるから。嫌でもやるしかない」

(鈴村ふみ『櫓太鼓がきこえる』P174より)

人間ってすぐ誘惑に負けてしまう生き物です。

自分自身を振り返っても、何かと理由をつけてさぼったり、楽な道を探したり。

でも、振り返って、

「あのときこうしておけばよかったのになあ」

と思うこともしばしば。

とはいえ、同じ場面に戻ったらまた繰り返してしまう気もする。

そこに何があるのかといえば、選択を前にしたときの心構えなのだろうなと感じます。

本当にその自分でいいのか、その選択をして自分を嫌にならないか。

そう考えることができるなら、きっときつくても、面倒でもあと一歩頑張ろうと思えるのかなと思いました。

家族との葛藤

篤が相撲部屋に呼出として入門したのは、家族との問題があったからです。

わずか17歳で家を出ているわけですから、何も理由がないってことはないですよね。

呼出になってから数ヵ月から1年が経つ間、ほとんど篤と両親は連絡を取り合いません。

でも、お互いに気にしていないわけではない。

ただ、その距離の縮め方がわからなかっただけ。

『櫓太鼓がきこえる』の中では、最終的にはギクシャクをしたところもありながら、関係は改善する方向に向かいます。

小説だからというわけではなく、人間関係って意外と簡単なきっかけで改善するものなんですよね。

でも、その最初の一歩を踏み出すのがなかなか難しい。

いや、難しいと思い込んでいたり、自分からそれをするのはどうなのかと意固地になってしまったり。

そういう部分でも17歳の篤の成長が見られるなと思います。

相撲への愛がほとばしっている!

小説すばる新人賞受賞作を少しずつ読み進めているところです。

その中でもこの『櫓太鼓がきこえる』は特におもしろかったです。

題材でまず惹きつけられましたし、仕事や家族との葛藤って誰にでもあることだけど、その描き方がまた共感できます。

それに相撲への情熱というか愛をすごく感じる!

きっとプロになるような人だと、テーマを決めて調べたりしながら書くことってどの業界の話でもできるんだと思います。

そういう本って個人的にはかなり好きだしよく読みますが。

でも『櫓太鼓がきこえる』って、それだけじゃなくて、

「きっと著者は相撲が好きなんだなぁ」

と思わせるものがあり、それがまた好ましかったです。

呼出の篤の名前が読み上げられるシーンなんてすごくいいです!

ただのアナウンスのはずなのに、とても心にぐっときました。

こういう胸に来るものがある小説ってなかなかないからお気に入りの一冊となりました。

おわりに

小説すばる新人賞受賞作もこれで5冊読み終えました。

といってもまだまだたくさんあるんですよね。

とりあえず10冊まではこのまま読み進めていこうと思います。

受賞作を読むのって、ふだん自分が選ばないような本も読めるので視野も広がって楽しいのでとてもおすすめです。