夏目漱石の有名な作品の一つ『三四郎』。
『それから』や『門』とあわせて、前期三部作とも呼ばれます。
読み進めながら、
「あれ?柔道でてこないぞ」
と思っていたのですがこれは私のとんだ勘違い。
この夏目漱石の『三四郎』が、実在の柔道家をモデルとした小説『姿三四郎』と混同しておりました。
『姿三四郎』は、明治から昭和を生きた富田常雄さんの作品。
夏目漱石の『三四郎』は、熊本から上京した男子学生の姿を描いたものだったのですね。
おかしいなぁと思いながら読んでいましたが、この『三四郎』もやはり読みごたえがありました。
熊本からの上京、自分も地方から東京に来た人間なので、わかるなぁと思う部分もあれば、時代性なのかなと思わされるところもあり。
ここでは、夏目漱石の『三四郎』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『三四郎』の登場人物
『三四郎』には夏目漱石のほかの作品に比べると、それなりの登場人物が出て簡単にきますが、その中でも主要な人物を中心に紹介していきます。
小川三四郎
タイトルどおり『三四郎』の主人公。
九州出身23歳の純朴な青年、東京帝国大学入学のために列車で上京をする。
身長は165cmほどで、お酒も煙草もたしなむ。
性格は正直で、他人のいったことも「そういうものか」と受け止めることが多い。
広田 萇(ひろた ちょう)
第一高等学校の英語教師。
三四郎が上京する際に列車の中で出会った変わった男性。
教師としての力はあるものの、本人にも欲がなく、出世とは縁遠い。
鋭い視点で当時の日本を語ることもある。
与次郎が尊敬してやまない相手。
佐々木 与次郎(ささき よじろう)
三四郎の大学の同級生。
よくしゃべり、次から次へといろんなことを考え出す。
よくいえば行動力がある男だが、他人に迷惑をかけることもしばしば。
広田を尊敬しており、広田の世話を焼いたり、名を広めようとしたりしている。
また、預かったお金をすべて馬券にしてすってしまうといった行き当たりばったりなところもある。
野々宮 宗八(ののみや そうはち)
三四郎とは同郷で7歳年上の先輩。
帝国大学理科大で光線の圧力の研究をしている。
上京して右も左もわからない三四郎が頼るようにいわれて訪れた相手である。
里見 美禰子(さとみ みねこ)
三四郎の憧れの女性。
二重まぶたの美しい人であり、絵のモデルを頼まれることもある。
口調は穏やかで丁寧であるが、含みをもたせた言い方をすることもある。
三四郎に何かと配慮してくれる。
『三四郎』のあらすじ
上京する三四郎
小川三四郎は、東京帝国大学に合格し、熊本から上京した23歳。
生真面目な性格で正直者。
他人を疑うことも少ない男である。
上京する列車にたまたま乗り合わせた女性と、間違って相部屋にされたことがあった。
三四郎は気を遣い、極力近寄らないようにして夜を明かす。
しかし、別れ際に、
「貴方はよっぽど度胸のない方ですね」
といわれるなど、女性に対しての免疫はないようであった。
上京した三四郎は多くのことに驚かされる。
電車がちんちんとなるので驚く。
その電車に非常に多くの人が乗ったり降りたりするのに驚く。
どこまでいっても建物が続き、東京が終わらないことに驚く。
その驚きようは、自分がこれまで生きてきた現実世界とはかけ離れたものだと感じるほどであった。
美穪子との出会い
三四郎は、母親の薦めで、同郷であり、理科大学の教師をする野々宮宗八を訪ねることとなる。
野々宮を訪ねた帰りに、大学構内の池のほとりで、団扇を手にした若く美しい女性を目にする。
この女性を里見美穪子といい、三四郎は思わずみとれてしまうのであった。
美穪子は看護師と二人で歩いており、時折、三四郎と視線が重なる。
二人が三四郎のすぐそばを歩いていくときも、声をかけることができないがどうにも意識をしてしまっていた。
美穪子がいなくなったあともぼんやりと佇んでいると、野々宮も池に散歩に来たようで、しばらく一緒に歩くことになる。
二人は話しながら散策をしたり、食事をしたりしており、その中で野々宮は、用品店で女物のリボンを購入するのであった。
大学の始まりと友人との出会い
9月になり大学の講義が始まった。
三四郎が講義を聞いていると、隣の席の男は何やら熱心に筆記をしている。
覗いてみると、ノートに先生の似顔絵を描いていたのであった。
この男、佐々木与次郎といい、この日から三四郎の友人となる。
三四郎は、大学に来た以上、知識を入れなければと、週に四十時間も講義を受けていたがどうも物足りない。
その話を与次郎にしたところ、いっぺんに詰め込もうとしたって足りた気持ちにはならない、電車にでも乗って東京を回ってみればよい、外へ出て風を入れれば自然と足りるようになるという。
与次郎と連れ立って東京を回ると、与次郎と別れるときには大いに物足りた気持ちになるのであった。
ある日、与次郎から野々宮探していたと聞かされる。
野々宮の家を訪れると、三四郎の実家から贈られた品々へのお礼を言おうと思っていたとのことであった。
ちょうどその頃、野々宮の妹・よし子が入院をしており、三四郎は袷(あわせ)を一枚届けてほしいと頼まれる。
袷を届け、帰ろうとすると、病院の廊下で美穪子と再会する。
よし子の病室を聞かれ狼狽しながらも答える三四郎であったが、美穪子の結んでいたリボンが先日、野々宮が買っていたものと同じであることに気づき足が重たくなる。
ストレイシープ(迷子)
与次郎が尊敬してやまない「先生」こと広田萇が引越しにともない、三四郎もまたその手伝いをすることになる。
三四郎は、広田の新居で偶然にも美穪子と再会し名刺を渡される。
美穪子もまた、三四郎と同じように新居の手伝いに訪れていたのであった。
二人は新居の掃除を行う中、二階に上がった美穪子は空を見上げて雲の形に見とれていた。
三四郎はそんな美穪子に惹きこまれていく。
掃除をしているうちに与次郎、広田、野々宮もぞくぞくと集まってくる。
野々宮は「妹のよし子が退院したあとの下宿先を探している」と言い、与次郎の薦めもあり、野々宮とよし子は美禰子の家に下宿することになった。
それを聞いた三四郎は、無言のままそのやりとりを見ているしかなかった。
三四郎は、美穪子、よし子、広田、野々宮とともに菊人形小屋に行くことになる。
三四郎たちは雑踏で物乞いや迷子とすれ違う。
だが、物乞いに施しをするわけでも、迷子を助けるわけでもなく、その場を過ぎ去っていく一行。
広田も野々宮も「場所が悪い」と笑いあいながら、関わり合いを避ける。
小屋に行き、菊人形を見ていた一行であったが、美穪子は「心持ちが悪い」と言い三四郎と二人で抜け出した。
しばらく二人で歩きながら話をするうちに、美穪子の心持ちもよくなってきたようであった。
三四郎は広田や野々宮たちがさぞ心配して探しているだろうというが、美穪子は大きな迷子だから大丈夫、責任をのがれたがる人たちだからと流してしまう。
そして、三四郎に迷子の英訳は「stray sheep」だと教える。
皆のところに戻る途中、美穪子は不安定な石に足を取られ、三四郎に抱きかかるように倒れてしまう。
美穪子は三四郎の腕の中で「stray sheep」と囁くのだった。
三四郎の恋心の自覚と告白
与次郎は口も達者で行動力もあるが、ときおり問題を起こす。
あるとき、与次郎は三四郎にお金(20円)の工面を頼む。
与次郎は、広田が新居を借りるにあたり野々宮から借りた20円を、そのまま馬券でスッてしまったのであった。
三四郎は仕送りから本来自分の家賃に使う予定であった20円を貸すことにした。
しかし、お金がなくて次に困るのは三四郎である。
与次郎は三四郎が立て替えた20円を返すために、今度は美穪子に工面を頼む。
美穪子は了承するものの、与次郎では信用がないので三四郎が来ないと渡さないと言われてしまう。
三四郎は、美穪子から30円を渡され、好きなだけ使いなさいと告げられる。
また美穪子に画家の原口が開く絵画展へと誘われる。
絵画展へ行く三四郎であったが、そこで野々宮と鉢合わせをする。
美穪子は、野々宮の姿を見るや三四郎耳に口を寄せて、なにかをささやく。
それは野々宮に見せつけるための行為であり、三四郎は複雑な心境となる。
美穪子への恋心を自覚するようになった三四郎であったが、これといった行動を起こさないうちに日が過ぎていく。
与次郎には三四郎の気持ちは知られており、与次郎からは、君は彼女の夫になることはできるのかと問いかけられるのであった。
答えに窮する三四郎であったが、与次郎は、「野々宮さんならなれる」と告げる。
三四郎は自分の気持ちと向き合い始める。
三四郎はある日、原口が美穪子の絵を描いている現場へと行き、借りていたお金を返そうとする。
その帰り道、三四郎は今日はお金を返すために来たのではない、あなたに会いに来たのだと美穪子に告げる。
美穪子はかすかなため息をはき、話題を変えようとする。
原口の作品についての話をしていると、そこへ三四郎の知らない若い紳士が現れ、美穪子を車に乗せて去る。
三四郎の失恋
与次郎と広田とともに演芸会でも三四郎は美穪子のことが気にかかり、舞台中も舞台の幕の間も周囲を探してしまう。
そして美穪子を見つけてからは、舞台よりも美穪子を見て、美穪子が人の影に隠れれば舞台を見るといった具合であった。
翌日、三四郎は風邪をこじらせて寝込んでしまう。
見舞いに来た与次郎から三四郎は、美穪子の縁談が纏まったことを知らされる。
「野々宮さんの所か」
と問う三四郎であったが、与次郎は別の人のようだと話す。
回復した三四郎は美穪子に会うために、美穪子がでかけたという教会へ向かう。
そこで三四郎は美穪子に借りていた金を返す。
美穪子は金を受け取り懐へしまったあと、ハンカチを取り出していた。
そのハンカチには以前三四郎が贈ったヘリオトロープの香水が含まれていた。
三四郎が、「結婚なさるそうですね」と問うと、美穪子は「ご存じなの」と、ため息をかすかにもらした。
そして、「我はわがとがを知る。わが罪は常にわが前にあり」と聞き取れないくらいな声で言うのであった。
原口の描いた美穪子の絵は評判となっていた。
描かれた池のほとりで扇子を手にした美穪子。
かつて三四郎が目を奪われた姿であった。
タイトルは「森の女」である。
与次郎が三四郎に「どうだ森の女は」問うと、三四郎は「森の女という題が悪い」と返す。
「じゃ、なんとすればよいんだ」という与次郎に対して三四郎はなんとも答えなかった。
ただ口の中で「ストレイトシープ、ストレイトシープ」と繰り返した。
行動が起こせずに終わる三四郎の恋
夏目漱石の『三四郎』を読み終えて思ったのは、
「三四郎もっとしっかりして!」
読み進めていくと、三四郎が美穪子に想いを寄せているだけでなく、美穪子もまた野々宮がいるにも関わらず三四郎を意識していることがわかります。
でも三四郎は行動を起こせない。
チャンスはあったけどそれをいかせない。
そうこうしている間に美穪子は野々宮とも違うほかの男性と結婚してしまいます。
三四郎の行動次第ではもっと違う展開もあるんだろうなと。
とはいえ、読者の立場だからこんなこといえますが、実際に同じような場面があったら難しいのかもしれませんね。
当時の日本を考えると、女性から男性に想いを伝えたり告白したりすることはあまり一般的なことではありません。
現代は逆に女性の方が勇気も行動力もあるような気がしますね。
だから美穪子から行動を起こすというのは難しいものです。
思わせぶりな態度はたくさん出てきましたが。
本当にその恋を成就させたいなら行動を起こさなければですね。
いろんな気持ちが迷子
『三四郎』の中で何度も「ストレイトシープ」という言葉が出てきます。
迷子ということのようですが、最初にこの言葉を美穪子が三四郎に教えたときどんな気持ちだったのか。
まさに言葉通りに自身の気持ちが迷っていることを伝えようとしていたのかもしれませんね。
気持ちが迷うことって人生においてたくさんあります。
特に経験を照らしてみても恋愛事においては本当に迷うことばかり。
ノートにストレイトシープと書きなぐっていた三四郎も、自分の心の在処が定まらずに迷っていたのでしょう。
『三四郎』の最後で三四郎が「ストレイトシープ」とつぶやいていたのは、当時を振り返ってその言葉の意味を咀嚼していたのか、自分自身の心を見定めようとしていたのか。
取り方はいろいろあるのかなとも思いますが、迷いながらも一歩成長していくことからとても意味のある言葉だったのかと感じました。
おわりに
これで夏目漱石作品も4作品読み終わりました。
やはり書いた時期によって作風が変わって面白いですが、これは比較的読みやすい部類だったかと。
恋愛というのはどの時代にあっても、なくなることのない大きなテーマです。
「失恋」を題材としたこの作品のあと、三四郎がどう成長して生きていくのかがまた気になるところですね。
願わくば次こそ早く自分の気持ちと向き合い行動できる人であってほしいものです。
次は、夏目漱石の前期三部作の二作目『それから』を読んでいきます。