「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
砂漠に雪を降らす、という突拍子のないセリフが印象的な小説です。
今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『砂漠』です!
伊坂さんの小説の10作目にあたります。
いつのまにやら文庫本の表紙が新しくなっていたんですね。
こっちの方が個人的には好みです。
ファンの間でも特に人気のある作品で、私も『重力ピエロ』と並んで好きな小説になります。
登場人物をあえて東西南北でそろえたりするのも好きですね。
Contents
『砂漠』の登場人物
北村
『砂漠』の主人公であり語り手。
岩手県盛岡市出身。
何事にもどことなく冷めた性格である。
鳥井からは周囲を見下しがちの「鳥瞰型」の学生と揶揄される。
でも、西嶋たちとの交流を深める中で後半ではそこから脱却した姿を見せる。
章の最後には、
「なんてことは、まるでない」
というセリフを口癖のように残す。
鳥井
北村たちのグループでムードメーカー的にはしゃぐ男。
「ぎゃはは」という独特の笑い方をする。
軽薄で女好きであり、それもあって問題に巻き込まれることも。
裕福な家に生まれ、一人暮らしの部屋もなかなかいい部屋。
たまり場となり、彼の部屋で麻雀をよくしている。
西嶋
パンクロック好きの小太りな男。
空気が読めず(読まず?)周囲から白い目で見られることが多く、本人はそれに気づいていながらも生き方を変えようとしない。
極端な正義感を振りかざすが、言葉だけでなく実際に実行しようとする行動力がある。
平和を願うあまり、麻雀では平和(ピンフ)ばかりあがろうとするが、うまくいかずに負けてばかりいる。
「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」
東堂
大学一の美女だが、あまり表情を変えないクールな女性。
町を歩いていると男性も女性もつい振り返ってしまうほどに美人。
なぜか西嶋のことを好きになってしまうという変わったところもある。
「とりあえず、中年男にも、許せるエロ親爺と、許せないエロ親爺がいることだけは分かってきた。何事も経験だね」
南
鳥井とは中学の同級生の女性。
スプーン曲げや物を動かすことができる超能力を持っている。
あまり重たいものは動かすことができないが、4年に1回くらいの間隔で車を動かすこともできる。
鳥井のことが好きで、すぐに合コンをしたり女性に声をかけたりする鳥井に対してやきもきしている。
鳩麦
合コンに着ていく服を買いに北村たちが訪れたアパレルショップで働く女性。
その後、北村と交際を始める。
先に社会に出た人生の先輩として教訓めいた話をよく北村にしている。
「思い出は作るものではなくて、勝手に、なるものなんだよ。」
莞爾
北村たちの同級生になる法学部の学生。
コンパなどでよく幹事を務める。
「いつも幹事の莞爾です」
が決まり文句。
そこまで重要な役どころではないが、わりと好きなのでいちおう紹介。
『砂漠』のあらすじ
大学一年生の春、二年生の夏、三年生の秋、四年生の冬。
この四つの季節に起きたできごとを中心に描かれている。
大学に入学した北村は、クラスの飲み会で西嶋という男を知る。
やや小太りの彼は、飲み会に遅れて登場するなり自己紹介をし、その後も空気を読まない発言を繰り返し、周囲から白い目で見られる。
北村は、友人となった鳥井と大学生活を送っていたが、あるとき麻雀に誘われる。
麻雀をしたことがなかった北村は断るが、西嶋が北村でないとだめなのだという。
鳥井の一人暮らしの家で麻雀をすることになったが、そこには東堂と南もいた。
西嶋は、北村を含め、東西南北をそろえようとしていただけであった。
そこから鳥井を含めた五人の少し変わった大学生活が始まる。
女好きの鳥井に合コンに連れていかれたり、その女好きがたたってトラブルに巻き込まれたり。
「おまえは大統領か」と襲撃を繰り返すプレジデントマン。
学祭での超能力対決。
捨てられた犬の救出。
予期せぬ事故。
大学生活という守られた世界に生きる彼らは、何を学び、何に心を動かされるのか。
社会という「砂漠」に歩み出す前のまだ未熟な彼らの成長が記された物語である。
本作でいう”砂漠”とは?
タイトルにもなっている”砂漠”。
初めて『砂漠』を読む前は、冒頭に紹介した、
「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
という言葉から、『砂漠』というタイトルなのかと思っていました。
でも、読んでいくとどうやらそうではない。
”砂漠”というのは、これから彼らが旅立つ社会のことを指しています。
北村の彼女となる鳩麦さんがいくつか砂漠という言葉を使ったセリフを残していますね。
「学生は、小さな町に守られているんだよ。町の外には一面、砂漠が広がっているのに、守られた町の中で暮らしている」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
小さな町に守られているとは、とてもしっくりとくる言葉です。
鳩麦さんは、北村たちよりも先に社会に踊り出した人生の先輩になります。
その立場と経験から社会の厳しさをときどき話してくれます。
「モラトリアムの贅沢さと滑稽さを書く」
『砂漠』のあとがきでは、「モラトリアムの贅沢さと滑稽さを書く」ことが動機の一つであったことが書かれています。
モラトリアムってどうにも不思議な言葉ですよね。
体は成人しているけれど社会的義務や責任を負わされない期間って意味があります。
もしくはそうした精神状態だったりとか。
でもその贅沢さって、自分が学生のときにはなかなか気づきにくいもの。
『砂漠』で鳩麦さんはこんな風にもいっています。
「町の中にいて、一生懸命、砂漠のことを考えるのが、君たちの仕事かもよ。言っておくけどね、砂漠は酷い場所だよー」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
確かに大学時代って学生なんだけど高校生までとはどこか違う。
社会人になったわけでもなく、大学生という身分があるから自由にできている部分もありますよね。
そして社会人となった今だからこそ、”砂漠”に出るまでにそのことを考える4年間なんですね。
砂漠は酷い場所……社会人なりたての人にはそう感じられる場所かもですね。
西嶋という変わった男
『砂漠』で印象的なのは西嶋という人間。
とにかく周囲を気にすることなく我が道をいく!という雰囲気を持った男です。
実際はきちんと周りが見えているけれど、自分の主張や生き方を変えられない不器用な男って感じでしょうか。
アメリカの大統領の核兵器や戦争についてよく問題提起をして、そこに対して関係ないという態度のほかの学生に不満をいい白い目で見られる、それが繰り返し登場する流れです。
近くの西嶋のような人間がいたらちょっと面倒くさいなと思うのが正直なところ。
平和のために平和(ピンフ)を狙うなんて大丈夫だろうか……と心配にもなりますね。
ただ、自分がこうと思ったことに対して躊躇なく行動出来る姿はちょっとだけかっこいいなと感じます。
落ち込んでいる鳥井を元気づけるためにビル一つを使った仕掛けを作ったり。
処分されてしまう犬をなんの躊躇もなく保護したり。
場違いな世界へと思いのままに飛び込んでみたり。
「俺は信じてるんですよ、こうやってくだらないことでもね、科学的な根拠がなくてもね、念じれば通じると信じてるんですよ」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
西嶋のこの言葉にあるように、西嶋のすごいところはこの”信じる”という部分なのかもしれません。
今、自分が行動していること、考えていることを心から信じることが出来る人ってどれくらいいるのだろうかな、と。
むしろそこまで考えない人の方が多いですよね。
だからこそ、信じて動ける西嶋ってすごいなって思います。
おわりに
伊坂幸太郎さんの『砂漠』についてのあらすじや感想でした。
ちなみに、最初に書いたセリフは、当初、雪ではなく雨だったそうです。
でも砂漠に雨は降りそうだから雪にしておこう、と決めたのだとあとがきに書かれています。
ところが、2016年12月にサハラ砂漠に本当に雪が降ったのだから驚いたとも。
自分は『砂漠』を読むまでそんなこと知らなかったのですが、砂漠に雪って現実的ではないけれど実現してしまうのだとびっくりします。
さて、『砂漠』は大学生にはもちろん、社会人にもおすすめの一冊です。
「俺にとっては黄金時代は今ですからね。この今しかないんですよ。過去のこととか先のことはどうでもよくてね、今、できることをやるんですよ」
(伊坂幸太郎『砂漠』より)
この西嶋の言葉のように、今を黄金時代と感じられる生き方をみんながしていけると、世界ってわりと平和になるのかなって思います。