伊坂幸太郎

人もまた変異をしていくのか。伊坂幸太郎『グラスホッパー』

殺し屋というと、ぱっと思い浮かぶのはライフルでターゲットを狙う姿……でしょうか。

ここには一風変わった殺し屋たちが登場します。

今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『グラスホッパー』です!

伊坂さんの7作目にして、〈殺し屋〉シリーズの1作目となる小説ですね。

2015年には生田斗真さん主演で映画化もされています。

ここでは『グラスホッパー』の登場人物やあらすじ、感想などを紹介していきます。

『グラスホッパー』の登場人物

鈴木(すずき)

27歳の元中学校の数学教師。

二年前、妻が寺原の長男のひき逃げされ亡くなる。

犯人に復讐するため職を変え、その父親の経営する会社「フロイライン」に入社する。

寺原長男に近づくために、心を殺して女性に対する違法な勧誘を行っていた。

しかし、寺原長男に復讐をしようと入社する人間が多く、鈴木も疑われ、証明のために何の関係もない男女を殺すように強要される。

鯨(くじら)

殺し屋の一人。

相手を自殺させる殺し屋。

身長190センチメートル、体重90キロと大柄な体格でまさに「鯨」である。

不思議な力を持っており、彼と対面するとなぜか絶望的な気持ちとなり死にたくなる。

自殺をさせる相手には必ず遺書を書かせることにしている。

また、拳銃を持っているが実際に使用することはない。

愛読書はドストエフスキーの『罪と罰』であり、これしか読んだことがなく、ぼろぼろになれば買い換えて5冊目となっている。

過去に自殺させた人間の幻影に苦しめられていたが、田中過去の清算で悩みから解放されると告げられ、押し屋を探すことになる。

蟬(せみ)

ナイフを使って殺す殺し屋。

『グラスホッパー』の中で唯一ふつうの殺し屋。

岩西という仲介業者と2人で仕事を受けており、岩西が仕事の調整を行い、蟬が実行する。

痩身でやわらかい猫のような毛をしている茶髪の青年。

鈴木によるとどう年配に見積もっても20代前半であり、落ち着きや貫禄はなく、万引きや恐喝にはしゃぐ若者にしか見えないらしい。

俊敏でしなやかな身のこなしをするが、口が悪くうるさい。

衆議院議員の梶から鯨の殺害を依頼されるが仕事に失敗し、その後押し屋を追うことになる。

比与子(ひよこ)

非合法的仕事を好むフロイラインの幹部。

契約社員として採用された鈴木の教育係で、鈴木の身元を調べ真意を試そうとする。

鈴木と一緒に寺原長男が、押し屋に押されて事故にあい亡くなる瞬間を目撃する。

鈴木に押した男を追いかけるように指示するが、押し屋の居場所を教えようとしない鈴木にいらだち、あの手この手で場所を探ろうとする。

寺原(てらはら)

フロイライン社長。

社名はドイツ語の「令嬢」を意味し、裏の業界内でも名が通っている。

違法な薬物の売買や臓器売買にも携わっている。

長男が押し屋に殺されたことに怒り、人員を総動員し探し出そうとする。

梶(かじ)

衆議院議員。

小心者。

自らの不祥事の後始末のために、秘書を自殺させるように鯨に依頼を出す。

鯨が依頼を実行するものの、自分を裏切るのではないかと疑心暗鬼に陥り、今度は鯨の殺害を岩西に依頼する。

槿(あさがお)

通称・押し屋。

誰にも気づかれないようにターゲットを押すことで殺す殺し屋。

十年前には鯨のターゲットを先に殺したことで、鯨の心残りの一つとなっている。

頬はこけており、鋭敏な印象を持つ男。

鈴木によると、三十代半ばくらいで、童顔でないが、くたびれた中年という印象もない。

妻と2人の息子がおり、システムエンジニアを名乗る。

田中(たなか)

鯨が暮らす公園のホームレスの一人。

四十代ほどの年齢で、眼鏡をかけた痩せた男。

虫眼鏡の帽子をかぶり、足が悪いため、右手に杖を持って歩く。

元はカウンセラーをしており、幻影に悩まされる鯨に、解放されるにはやり残した仕事を清算することだと説く。

「神のレシピ」についての話を鯨にする。

桃(もも)

ポルノ雑誌店の女店主。

肥満体形の女性。

下着なのかワンピースなのか区別がつかないような服を着ているが、性的ないやらしさが感じられない。

年女とのことだが、二十四にも三十六にも、四十八にも見ることができる。

店は裏の業界のいろんな噂やゴシップが集まる場所のため、情報交換の場となっている。

スズメバチ

毒殺専門の殺し屋。

スズメバチといえば黒と黄色……。

『グラスホッパー』のあらすじ

『グラスホッパー』は、「鈴木」「鯨」「蟬」の三人の視点を繰り返しながら物語が進行する。

鈴木は二年前に妻を轢き逃げされる。

犯人は、会社「フロイライン(令嬢)」を経営する寺原の長男。

フロイラインは、薬物や臓器売買など、違法な行為をしている会社であり、寺原自身も裏の世界で名の知れた男あった。

寺原の長男に復讐することを誓った鈴木は、フロイラインに入社し、違法行為とわかりながらも女性たちをだましていく。

しかし、鈴木と同じように寺原の長男に復讐をしようとする人間はたくさんおり、入社した人間は試験を受けることになるのが通例であった。

鈴木もまた、フロイラインの幹部である比与子に命令され、身の潔白を証明するためにさらってきたカップルを殺害するように強要される。

ところが、鈴木は比与子とともに寺原の息子は自分の目の前で車に轢かれてしまうのを目撃する。

寺原長男を殺したのは「押し屋」と呼ばれる殺し屋だという。

比与子に男を追うように命じられた鈴木だったが、男を追った先で鈴木を待っていたのは妻と幼い息子のいる家庭だった。

 

自殺専門の殺し屋・鯨は、衆議院議員の梶の依頼で、その秘書を自殺させようとしていた。

いつものように遺書を書かせ、仕事を済ませる鯨であったが、ホテルの窓から下を見たときに、偶然にも押し屋の犯行を目撃する。

当時、鯨は自殺させた人間の幻影に悩まされていた。

ホームレスの田中から、解放されるには過去にやり残したことを清算することであるといわれる。

鯨は押し屋に仕事を先取りされたという過去を清算するために、押し屋を殺害して殺し屋家業から足を洗おうと考える。

 

ナイフ使いの若者である蟬は、岩西と二人で殺し屋を営んでいた。

ほかの人間が嫌がる女子どもの殺害も躊躇なく行っていた蟬であったが、岩西が梶から鯨の殺害依頼を受けたことで状況が変わる。

蟬がホテルに待ち伏せをして、梶が呼出した鯨を殺す段取りであったが失敗。

しかし、押し屋の情報を聞きつけた蟬は、失敗を帳消しにすべく、自分が押し屋を狙うことにする。

それぞれの思惑を持ちながら錯綜する4人。

最後に生き残るのはだれか。

人間も集まる中で変異を起こすのか

タイトルにもなっているグラスホッパー。

単純に日本語訳すると、バッタやイナゴ、キリギリスといった昆虫をさします。

『グラスホッパー』の中では、バッタが群れをなして行動するときだけ、緑色から茶色の体変化することが紹介されています。

通常のバッタよりもより遠くへ飛べるようになり、凶暴にもなります。

群衆相って言葉も聞いたことないでしょうか。

一時期話題になっていた前野ウルド浩太郎さんの『バッタを倒しにアフリカへ』で紹介されているのがまさにこの群衆相のバッタたちですね。

正確にはバッタに食べられたいとアフリカにおもむいたようなんですが、ここでは関係がないので割愛します。

槿(あさがお)は、バッタが密集した中でそうした変異を起こすように、人間もそうではないのかといいます。

彼は自分自身がそんな人間の社会の中から生まれた一人だというのでしょう。

でもそれもわからなくはないです。

ほとんど多くの人がいわゆるふつうに生きる中、そこに適合できなくなって存在する人ってやはりいます。

それはその人が悪いのか、そういう社会なのか、それともそこから産み落とされたのか。

そんなことを感じさせられます。

群衆というと『魔王』も。

バッタの群衆相、緑から茶色に変わり凶暴性を増していく。

それって、伊坂幸太郎さんの『魔王』にも通じるテーマですよね。

『魔王』は、伊坂さんの9作目にあたるので、『グラスホッパー』の二つ先の作品ですね。

ネタバレはあれなので、詳細は省きますが、こちらでも群衆の恐ろしさ、人が集まったときの大きな流れの怖さを語ってくれています。

『グラスホッパー』と『魔王』ではおもむきは異なりますが、人間社会のいびつさを表現しているようにも感じられます。

田中さんも重要な役どころ

伊坂さんの作品にもっとも登場している「田中」。

初登場はデビュー作の『オーデュボンの祈り』です。

『グラスホッパー』でも登場し、とても重要な役どころとなっています。

「隣に、眼鏡をかけた痩せた男がいた。この場所に暮らす者は、誰もが瘦せていたが、その中でも極端に細かった。目の周辺に黒い翳ができていて、そのぶん老けて見えた。

中略

瘦せこけた「虫眼鏡」帽子の男が、田中というわけだ。足が悪いのか、右手に杖のようなものをつかんでいる」

(伊坂幸太郎『グラスホッパー』P89より)

さて、この田中。

鯨に対して過去を清算することで解放されるとアドバイスをします。

それを受けて鯨は押し屋を追うことになるのですが、押し屋からしたら迷惑この上ないですね。

「分かりやすくしていけばいいのですよ。身のまわりにある物や、人を一つずつ片付けていけばいいんです。余計な雑音を取り払っていけば、必要なものだけが残ってるものです。あなたの生活で、複雑なものを順に消していけばいい。清算するんですよ」

(伊坂幸太郎『グラスホッパー』より)

ただ、この言葉自体は、私達にもとても当てはまる金言だなと思います。

余計な雑音ってよくよく考えるといたるところにあるんだろうなと。

そして、自分が余計なものを取っ払っていけばどんな生活になるのかとも考えさせられます。

おわりに

個性的な登場人物と不思議な世界観でしたが、対決する場面は緊迫感がありながらも、スピード感を持って進むので読んでいて手が止まりません。

だらだらと話を進めないところも伊坂さんの小説のいいところですよね。

〈殺し屋〉シリーズは『マリアビートル』『AX(アックス)』と続くのでそちらも早く読みたいなと思います。