〈古典部〉シリーズ

米澤穂信の『遠まわりする雛』のあらすじと書評。〈古典部〉シリーズ初の短編。

長編もとてもおもしろいけれど、短編でもこの人の文章の上手さが光ります。

今回紹介するのは、

米澤穂信さんの『遠まわりする雛』です。

〈古典部〉シリーズの第4巻にあたり、シリーズ初の短編集となります。

〇やるべきことなら手短に

〇大罪を犯す

〇正体見たり

〇心あたりのある者は

〇あきましておめでとう

〇手作りチョコレート事件

〇遠まわりする雛

の7編。

奉太郎たち古典部メンバーの高校1年生の1学期から春休みまでを描いた作品になります。

『遠まわりする雛』のあらすじ

やるべきことなら手短に

奉太郎たちが神山高校に入学して1か月が過ぎたころの話。

放課後の教室、奉太郎は苦境に立たされていた。

宿題の「入学一ヵ月の実感と今後の抱負」を家に忘れてきてしまったのであった。

一度目は適当にそれらしく書くことができた。

しかし、すでに内容は記憶になく、二度目は一度目が足かせとなり自由に書くことができない。

そんなときに暇を持て余していた里志から『神山高校にもあった七不思議、その二』の話を聞く。

その話に嫌な予感を感じた奉太郎は考えを巡らせる。

 

作文をでっちあげたころ、千反田が奉太郎と里志のもとに訪れる。

千反田は部費の申請書を里志に渡したあと、奉太郎に向き直り何事かを話そうとするが、それよりも先に奉太郎が話し出す。

『神山高校にもあった七不思議、その一』『秘密倶楽部の勧誘メモ』

について。

秘密倶楽部は『女郎蜘蛛の会』といい、新入生勧誘ポスターの中に無許可でポスターを張り出しているとのこと。

掲示物も未公認なら部活としても未公認。

でも誰も存在を確認できていないが確かに存在する部活。

話に興味を示した千反田と、いまもあるであろう『女郎蜘蛛の会』のポスターを探すことに。

大罪を犯す

高校1年生の6月。

奉太郎が授業を受けていると、隣のクラスから竹で硬いものを引っぱたく剣呑な音が響いてくる。

ぱんぱんと立て続けに鳴り、男性の怒鳴る声が聞こえてくる。

騒然とするクラスであったが、すぐに数学教師の尾道がまた癇癪を起したのだと気づく。

しかし、そのあと、尾道に生徒が反論をしている様子がうかがえた。

奉太郎はその反論する生徒の声が千反田であることに驚く。

 

その日の放課後、地学講義室に集まった古典部メンバー。

伊原が里志に対して、呼吸をするいとまもないほどに怒りをぶつけていた。

その流れから怒りは罪である、怒ることはない方がいいと、七つの大罪に話題が進む。

「憤怒」、「強欲」、「大食」、「色欲」、「怠惰」、「嫉妬」、「傲慢」の七つ。

里志や伊原は、千反田はこうした大罪があてはまらないと述べるが、千反田は自分だって怒ることはあるという。

奉太郎が、授業中に千反田が怒っていなかったかと問うと、千反田は逆に奉太郎に教えてほしいとお願いをする。

「何がおこっておこらなければならなかったのかわからないんです。当然にわたしはおこらなくてもよかったはずなのに何かがおこったのでおこることになったんですが、おこったことというのがわからないんです」

「わたし、気になるんです」

(米澤穂信『遠まわりする雛』(大罪を犯す)P79より)

正体見たり

高校1年生の夏休み。

古典部全員が関わった『氷菓事件』が解決し、解決後、古典部メンバーへの感謝を込めて、千反田が温泉旅行を計画したのであった。

行先は登山口と温泉で知られる財前村。

伊原の親戚が営む民宿に向かうことになった。

温泉や食事を堪能する古典部メンバー。

その日の夜、民宿の娘・梨絵から、とある話を聞く。

いわく、本館の2階の7号室、そこは以前、会社のお金を使いこんでしまった男性が首つり自殺を図った部屋である。

それからというもの、7号室に泊まった客からは、「この部屋には何かいる」、「夜中に影がうかんでくる』といった声が。

9人目に泊まった客にいたっては、夜中に急な病気で死んでしまった。

それ以降、おはらいをして、だれも近づこうとしていない、と。

 

翌朝、奉太郎が朝食を食べようと居間に行くと、千反田と、千反田にしがみつくようにした伊原がやってきて、「で、でた……」と奉太郎にいうのであった。

伊原は、昨晩の話に出た部屋につり下がった人影を見たという。

そしてそれは千反田も同様に見たのであった。

一人であれば偶然だといえるが、二人も見たのであればそれはいったいなんであったのか。

奉太郎が真相に迫る。

心あたりのある者は

高校1年生の11月。

古典部の部室には奉太郎と千反田の二人。

千反田が『氷菓事件』の際の奉太郎を改めて誉めそやしたことに対して、

「俺のことを運のいいやつだと言うのは構わないが、大したやつだと言うのはやめてもらいたい」

という奉太郎。

しかし、納得をしない千反田に奉太郎は、何か状況を一つ出してくれと頼む。

簡単に理屈をつけることができるわけはないと証明する、と。

そんなときに、突然、校内放送が流れる。

「十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」

(米澤穂信『遠まわりする雛』(心あたりのある者は)P151より)

急な放送であったが、千反田は、この放送がどういう意味で行われたのかを推論立ててみましょうと奉太郎に提案する。

あきましておめでとう

高校1年生の元日。

奉太郎は千反田と一緒に荒楠神社に初詣に行くことになる。

当日、千反田は父親の名代として、荒楠神社へのあいさつも兼ねていた。

神社でのお参りと新年のあいさつをすませた二人は、神社でアルバイトをしている伊原の様子をうかがいにいく。

伊原に笑顔で迎えられる千反田と、しかめ面をされる奉太郎。

伊原は売店での売り子や、落し物や迷子の対応をしていた。

せっかくの初詣なのでおみくじでもと思い引くと、奉太郎は見事「凶」を引き当てた。

微妙な面持ちの奉太郎と、凶のおみくじに興味津々な千反田。

凶のおみくじをどうすればいいのか巫女をしていた同級生の十文字かほに尋ねようとするが、十文字は忙しそうに走り回っていた。

見かねた千反田が手伝いを申し出ると、蔵から酒粕を取ってきてほしいと頼まれる。

二人で酒粕を探しに行くと、蔵と間違えて納屋に入ってしまう。

間違えたことに気づき出ようとしたとき、近くを通りかかった酔った男性が、納屋のカギが開いていることに気づいてカギをかけてしまった。

カギは外からのかんぬき型で、内側からは開けられない構造となっており、二人は納屋に閉じ込められてしまうのであった。

手作りチョコレート事件

中学3年生のバレンタインデー。

伊原にバレンタインデーチョコを渡された里志であったが、理由をつけて受け取ろうとしなかった。

怒った伊原は、自らそのチョコレートを破壊し、

「憶えてなさいよふくちゃん、いえ、福部里志!」

「来年!西暦二〇〇一ねん二月十四日!わたしは、ふくちゃんが満足するような傑作を、その横っ面に叩きつけてやるんだから。……ちゃんと憶えてなさいよ!」

(米澤穂信『遠まわりする雛』(手作りチョコレート事件)P264より)

と啖呵を切って去っていった。

 

それから1年がたった高校1年生のバレンタインデー。

奉太郎は昼休みに千反田と会うと、伊原の里志あてのチョコレートはどうなったのかと尋ねる。

千反田は、放課後に古典部の部室で渡すことになっているが、伊原が漫研の方で抜けられないため、部室に置いておくことになったことを話す。

放課後、外はみぞれが降るあいにくの天気。

奉太郎はやむか雪になるまで待とうと図書館で本を読んでいた。

すると、千反田が来て、里志を知らないかと尋ねる。

千反田は、伊原のチョコレートが里志に渡るのを見届けようと部室で待っていたのであった。

奉太郎が、時期に来るだろうと告げると、少し沈んだ様子で部室に戻る千反田。

しばらくしてみずれがやみ帰ろうとする奉太郎のところに、深刻な様子の千反田がやっていくる。

千反田が部室を離れたわずかの間にチョコレートが盗まれてしまったというのであった。

いったい誰がなんのために?

奉太郎は、千反田と里志と三人で犯人をさがす。

遠まわりする雛

高校1年生の春休み。

奉太郎に千反田から一本の電話が入る。

それは、毎年行われている「生き雛まつり」に参加してほしいというお願いであった。

人形ではなく人が実際にお雛さまやお内裏さまに扮装して町を練り歩くという祭りであったが、傘を持つ役の人がけがをしてしまったというのであった。

当日、奉太郎が主催する水梨神社におもむくと、問題が発生していた。

生き雛が歩く予定であった長久橋。

工事中の長久橋であったが、この日は工事をしないでもらう手はずとなっていた。

しかし、連絡の行き違いにより、工事は開始されており通れない。

千反田の機転により、祭りは無事に執り行われたが、なぜそのような手違いが起きたのか「気になる」千反田。

奉太郎は千反田とこの真相を推理する。

『遠まわりする雛』の元ネタとなった作品等

前作の『クドリャフカの順番』で、アガサクリスティの『ABC殺人事件』。

前々作の『愚者のエンドロール』では、アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』。

米澤穂信さんの作品は何かしら関連する有名作品がありますが、今回の『遠まわりする雛』はどうでしょうか。

米澤穂信さんのインタビューなどをもとにすると、

〇「やるべきことなら手短に」に出てくる『女郎蜘蛛の会』⇒京極夏彦の『絡新婦の理』とアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』より

〇「心あたりのある者は」⇒ハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』的趣向の短編

〇「遠まわりする雛」⇒フットレルの『十三号独房の問題』のオマージュ

といったものがあります。

以前、別の書評でも書きましたが、こうした関連書籍が意外とおもしろい。

ふだん自分が選ぶ作品でないだけに、新しい世界が見れてこうしたところから次に読む本を選ぶのがけっこう好きです。

短編だけどつながりがあっておもしろい!

『遠まわりする雛』に登場する7編。

雑誌に掲載されたものと書下ろしですが、いずれも掲載された時期は違うものです。

でも、ところどころに、ほかの短編で出た内容がリンクしていて、古典部メンバーの1年という時間のつながりを感じます。

たとえば、「大罪を犯す」で7つの大罪について古典部メンバーが語るシーンがありますが、ほかの章でも、大罪に触れて「これは傲慢の罪だな」というシーンが出てきます。

また、学内だけでなく、学外でも千反田のことを知るようになった奉太郎は、「あきましておめでとう」、「遠まわりする雛」などで、千反田の背負っているものを知ります。

一つの短編だけでは感じない事柄も、複数の短編で描かれることで、より奉太郎がそのことを意識していくのがわかります。

1年の中での心情の変化がおもしろい

高校生の1年間とは、よくも悪くも大きく成長する時代です。

どの登場人物にも変化はありますが、やはり奉太郎が変わっていく姿は読者としてとてもおもしろい。

省エネ主義を掲げて、何事にも積極的になろうとしていなかった奉太郎が、千反田の頼みを、やってみようかと思うようになっていく姿もしかり。

ほかの古典部メンバーの心情を推し量ろうとする姿もしかり。

また、「手作りチョコレート事件」では、里志の気持ちを心から理解することはできていなかった奉太郎。

でも、「遠まわりする雛」をとおして、この気持ちが里志の気持ちなんだと共感をする場面があります。

大人だらけの小説だとここまでの成長・心情の変化というのは難しい。

成長途上の高校生だからこそ描ける姿なのかな、そしてそれを巧みに表現する米澤穂信さんはやっぱりすごいと思わされます。

「正体見たり」で思う憧れや理想

私が『遠まわりする雛』で一番好きなエピソードが「正体見たり」です。

話としては「遠まわりする雛」も好きなのですが、教訓というか共感といった意味合いでは「正体見たり」が一番かなあと。

「正体見たり」の中では、民宿の二人姉妹が出てきます。

千反田はそれに対して、一人っ子だから姉や弟が欲しかった、妹もいいですねという話をします。

仲のいい兄弟姉妹に対して憧れを持っています。

でも、物語の中で、浴衣を自由に貸し借りができなかったり、姉に対して萎縮してしまう妹の姿を見て理想と現実は違うということに気づきます。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉が「正体見たり」の冒頭に出てきますが、ここでいう尾花とはすすきのこと。

直訳すると幽霊と思って近づいて見てみると枯れたすすきであったとなりますが、意味としては恐怖や疑いの気持ちがなんでもないものまで恐ろしく見えるという例えです。

また、おそろしいものも正体を知ってみるとなんでもなくなるという意味でもあります。

 

「正体見たり」ではそのままの意味の方が強いですね。

そのことわざのように、首つりの影に見えたものは、干された浴衣でした。

そして、千反田が憧れを抱いていた姉妹も、浴衣の貸し借りをできないような関係。

本当はどこの兄弟姉妹も仲がいいなんて幻想だと知っていた……でもそうだと信じたかった。

複雑な千反田の心情がよく現れた短編です。

近づいて見てみると、枯れ尾花であることに気づいてしまうのなら、最初から近づかない方がいいのか。

でも、その現実を知った上で、理想を持つことも大切であることを読みながら感じました。

おわりに

古典部メンバーの高校1年生をたどった本作『遠まわりする雛』。

短編としても楽しめるし、それぞれのつながりを知るのもおもしろい。

そしてやはり、米澤穂信さんの短編は見事の一言。

次作『二人の距離の概算』では、古典部メンバーも2年生。

ついに待望の後輩がやってきます!