自分の高校生のころを思い返すと、いったいどれほどのことを考えていただろうか。
将来のこととか、進路のこととか。
周りがこうするから自分もこうしなくてはくらいの認識だったかもしれません。
今回紹介するのは、米澤穂信さんの、
『いまさら翼といわれても』です!
〈古典部〉シリーズ第6巻!
前作『ふたりの距離の概算』からは数年の歳月が流れましたが、再び古典部メンバーと出会えたのは嬉しいことです。
高校2年生になった奉太郎たち古典部メンバー。
少しずつ自分の将来に意識が向いていったり、自分の心のありようを振り返ったり。
学生のころならではの迷いや葛藤、決意そうしたものが垣間見える作品です。
Contents
『いまさら翼といわれても』のあらすじ
箱の中の欠落
夕食に焼きそばを作っていた奉太郎のもとに一本の電話が入る。
相手は里志で散歩に誘いたいという。
なにか話があるのだろうと察した奉太郎は誘いに乗って二人は夜道を歩いていく。
里志の相談は先日行われた生徒会選挙の開票について。
神山高校の総生徒数は1049人。
しかし、開票をすると投票数が1086票であった。
票が減るならわかるが増えるのはおかしい。
間違いなく誰かが故意に票を増やしたのである。
里志や選挙管理委員のメンバーも考えたが一見、選挙の方法に抜け穴はなく、票を増やした方法がわからない。
最初はこの謎を引き受けることに対して消極的であった奉太郎だが、里志の真意を聞き、謎を解くことに決める。
鏡には映らない
日曜日に買い物にでかけた伊原は、中学時代の同級生と偶然出会う。
その際に、文科系の部活に入っていて、その中には同じ中学校だった福部里志や折木奉太郎もいることを話す。
すると、「折木がいるんだ。サイアクじゃん」という答えが返ってきた。
奉太郎は、当時の鏑矢中学校3年5組の生徒から軽蔑されるだけの理由があった。
それは卒業制作で起こった。
伊原たちの代の卒業制作は、2mの鏡の装飾として、生徒が分担して飾りとなるレリーフを彫るというものであった。
不満をいう生徒もいたが、どうにか自分たちの担当部分を作成する伊原。
問題が起きたのはその提出日。
最後まで提出を遅らせていた班が、デザインを無視して、横に一本線が入っただけの板を提出したのだった。
その板を提出したのが奉太郎であった。
しかし彫りなおす時間もなく、そのままパーツを組み立てて鏡は完成する。
多少の不格好はあったがなんとか形になった卒業制作にみな満足げだったが、デザインを担当した女生徒・鷹栖はその鏡を見て泣き出してしまう。
3年5組が手を抜いたせいで鷹栖を泣かせたということが学年中に広まる。
その戦犯として奉太郎は3年5組や同学年から嫌われることとなる。
伊原も当時、そのことに疑問を抱いていなかったが、高校に入り奉太郎を知るようになり疑問を持つ。
果たして任された仕事を放りだすような男だろうか。
やる気のない態度は見せるが、やるべきことをやらなかったことはない、と。
なにかが隠されていると気づいた伊原は事の真相を追う。
連峰は晴れているか
放課後、古典部の部室で過ごしていると、外からヘリが飛んでいる音が響く。
奉太郎はふと、中学校のときの英語教師であった小木がヘリ好きだったと口にする。
しかし、同じ中学校だった里志や伊原は、小木がヘリ好きだったとは知らない様子。
奉太郎はある日、ヘリが飛んでくると、授業中だったにも関わらず小木が窓に駆け寄ったことがあったと話し、それを聞いた伊原もそんなこともあったと思い出す。
しかし、里志は、もっと珍しい自衛隊のヘリによる編隊飛行があったときには小木がぜんぜん反応を示していなかったと話す。
そのことに疑問を持つ奉太郎。
果たして小木は本当にヘリ好きだったのか。
そのときの一度だけの行動にどんな意味があったのか。
めずらしく自発的に行動する奉太郎が小木の行動の意味を解き明かす。
わたしたちの伝説の一冊
高校一年生の神山高校文化祭いらい、部活内が以前よりもぎすぎすとするようになった漫画研究会。
下手でもいいからとにかく自分でも描いてみたいグループと、もともと自分で描きたいという欲求はなく読んで楽しみたいグループ。
お互いを敵視し、感情的になり、関係改善は難しかった。
原因はいくつもあるが、年度がかわり、読むだけ派の事実上のリーダーであった河内先輩が退部したことが一つのきっかけとなり、ブレーキ役がいなくなったことでより対立は浮き彫りに。
そんな中、描いてみたい派の浅沼から、描きたい人でこっそりと漫画を描いて、漫研の部活動として同人誌を作成したいという相談を持ち掛けられる。
不意打ちで既成事実を作り、漫研は漫画を描く部活だという実績を作ろうというのであった。
やり方に疑問を抱く伊原であったが、漫画を描けるならと了承する。
これが漫研の派閥の対立をより加速させるものとなるのであった。
長い休日
めずらしく朝から調子のいい奉太郎。
いつもであれば無駄なことをしないところだが、この日は無駄なことをして体力を減らさないとと思うほど気力が充実していた。
久しぶりの晴れ間に引き寄せられるように散歩に行くのもいつにない行動であった。
文庫本をポケットに忍ばせてどこに行くか。
思い立ったように荒楠神社に向かうと、同級生で荒楠神社の娘である十文字かほと出会う。
十文字は千反田も来ているといい、奉太郎を社務所に案内をする。
二人は、奉太郎も参加した春休みの生き雛祭りの写真を見ていたのであった。
十文字が買い出しのために席を立ち、千反田がその間に祠の掃除をすることになると、それを手伝うという奉太郎。
しばらく掃除をする二人だったが、千反田は、ふだんならすぐ帰りそうな奉太郎が手伝ってくれたことを不思議に思う。
今日はいつもとなにかが違うという奉太郎。
千反田は、
『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に』
という奉太郎のモットーがどうして生まれたのかを尋ねるのであった。
いまさら翼といわれても
高校2年生の夏休みを迎えた奉太郎。
昼食に冷やし中華を作っていると家の電話が鳴る。
電話の相手はめずらしく伊原であった。
張り詰めた声で電話をかけてきた伊原にどうしたのかと問うと、
『ちーちゃんの行きそうなところ、知らない?』
との質問が投げかけられる。
その日は、千反田が参加することになっている合唱祭の日であった。
しかし、来るはずの時間に千反田があらわれず、こころあたりのある場所を探しているのであった。
伊原は、会場には千反田と一緒にバスに乗ってきたというおばあさんがいると述べ、建物の中も探したけれど見つからないという。
千反田の出番は午後6時から。
なぜ千反田は姿を消してしまったのか。
時間までに彼女を見つけ出すことができるのだろうか。
将来を意識し始める古典部メンバー
『いまさら翼といわれても』では古典部メンバーも高校2年生。
少しずつ、進路や将来の話が出てきます。
【箱の中の欠落】でも主筋ではありませんが、生徒会の選挙に対して、千反田が将来、家を継ぐのに役に立つかと考えていたというエピソードが出てきます。
【わたしたちの伝説の一冊】は思いっきり、将来や夢に向けて決意を固めて行動を開始する回ですね。
そして、表題作【いまさら翼といわれても】。
古典部メンバーそれぞれが自身と向き合い、苦悩しながらも前に進む本作となっています。
わたしが好きなのは【わたしたちの伝説の一冊】
どの短編もそれぞれに味があり好きなのですが、その中でも【わたしたちの伝説の一冊】がお気に入りです。
あらすじでも書いたように伊原が所属する漫研での派閥争いエピソード。
こうしたどろどろとした人間関係は嫌いですが、伊原が自分の内面、自分のしたいこと、自分の将来と向き合おうとする姿勢が好みです。
こうやって自分と向き合うことはなにも学生の特権ではない。
30代になっても、40代になっても向き合っていいんだなと思います。
ただ、それくらい大人になっていると、向き合わなくても、自分の内面を見ようとしなくてもいくらでも生きていけるんですよね。
「もうこの年だし」
とか、
「家族がいるし好きなことはできない」
なんて言葉もよく耳にします。
それが事実のときもあれば、それが言い訳であるときもある。
果たして自分はどうなのか。
そんなことを思わされる一編でした。
過去と未来を見据えた『いまさら翼といわれても』
米澤穂信さんの『米澤穂信と古典部』では本作について次のように書かれています。
構想の早い段階で、「過去」と「未来」をテーマに据えました。古典部のそれぞれはどのような過去に囚われ、どのように未来を見据えていくのか、それぞれが向かい合わなければならないことが何なのかを考えつつ、ミステリとしての構造も通り一遍のものにならないように考えるのがたいへんで、楽しいところでもありました
(米澤穂信『米澤穂信と古典部』より
『いまさら翼といわれても』を読んでいて、過去との決別、未来への進んでいくというイメージがありました。
そして、『米澤穂信と古典部』の同ページを読みながら、そういうテーマだったのだと実感。
そう思って読み返していくと、また違った味わいがあるから不思議ですね。
【鏡には映らない」であれば、奉太郎や伊原の中学時代と現在。
伊原の持つ奉太郎に対する評価をひっくり返す中学時代の事実を知ります。
ひっくり返すは言いすぎですね。
それでも、偏見をせずにいまの奉太郎を奉太郎として見ることになったんでしょうか。
【わたしたちの伝説の一冊】でも、縛られていたものから飛び出し、自分の未来のために歩みだす。
【長い休日】でも、奉太郎が囚われていた過去の呪縛から、千反田がいつのまにか解放してくれていたというもの。
表題作である【いまさら翼いわれても】。
この話の結末がどうなったのか、この話のあと千反田がどうなるのかがとても気になるところです。
しかし、彼女もまた良くも悪くも、自由となり選択を与えられます。
この中で生きていくしかないと思っていた、そう決意していたのに、かごの扉を急に開けられ、「さあ自由に飛んでいいよ」と言われて、果たしてこの先どんな選択を見せるのでしょうか。
おわりに
6年ぶりの新作だったので、改めて〈古典部〉シリーズを読み返してみると、懐かしさとともに、以前は気づかなかったことも気づくのでおもしろいです。
高校入学から高校2年生の夏休みまで話はきました。
この間の奉太郎たちの成長がとても読んでいて好きです。
一番変わったのはやはり奉太郎。
でもそれは一人では変われなかったのだろうなと思います。
古典部メンバーといういい縁があればこその今の奉太郎。
伊原や里志もまた『氷菓』から大きく変化をしているように感じます。
そして『いまさら翼といわれても』を経て、今度は千反田がどのように変わっていくのか。
次回作が待ち遠しくて仕方ないです。
早く続きが読みたい!次回作も期待しています。