詐欺というと、いまだと特殊詐欺がぱっと頭に浮かびます。
でも、実際にはそれ以外にも、世の中にはいろんな詐欺があるんですね。
関わり方も千差万別。
これを読むと、詐欺という言葉への見方が少し変わるかも。
今回読んだのは、辻村深月さんの『嘘つきジェンガ』です!
本作は、三つの詐欺にまつわる短編集となっています。
「ロマンス詐欺」、「受験詐欺」、「あの人のサロン詐欺」。
詐欺で、破綻しか見えないはずなのに、最後はどこか希望が持てる終わり方で読んでいてほっとさせられます。
ここでは、『嘘つきジェンガ』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『嘘つきジェンガ』のあらすじ
2020年のロマンス詐欺
加賀耀太は大学に通うために山形から上京を果たす。
しかし、新型コロナウイルスの流行によって、大学に通うことができない。
夢を描いていたキャンパスライフとは程遠い生活を送っていた。
更に追い打ちをかけるように、山形で店を開いている親からは、仕送りが半分になると言われる。
そんな時、地元の幼馴染の奥田甲斐斗からオンラインでできるバイトを紹介される。
名簿に載っている人たちに片っ端からメールを送り、信用されるようにやり取りを続けていくというものだった。
最初は怪しんでいた耀太だったが、決定的な犯罪に繋がりそうな部分は、自分たちがやるのではないと言われ、報酬につられて始めてしまう。
しかし、成果を上げなければ報酬は払えないと上役から言われる。
名前も実家の住所も知られてしまっていた耀太は、やはり詐欺だったと気づくが、すでに逃げ出せないところまできてしまっていた。
耀太は良心を痛めながらも、お金持ちのふりをして引っかかりやすそうな人たちにメッセージを送り続ける。
その中で、未希子という女性とやり取りを繰り返すようになる。
そのやりとりを通じて、耀太自身も、相手のことを本気で心配するようになり、心の内をさらけ出すようになっていく。
一方で、上役からは、早くその未希子から金を奪うようにと脅迫電話がかかってくる。
五年目の受験詐欺
風間多佳子には二人の息子がいる。
長男の誠一と次男の大貴。
誠一は昔から要領が良く、現在は京都の国立大学に通うために一人暮らしをしていた。
次男の大貴は高校二年生になってもどこか子どもっぽさが抜けず、最近では目を合わせて会話をすることも減っていた。
いわゆる優秀な兄と、少し劣った弟。
中学受験のときも、誠一は志望中学に入ることができたが、大貴はなかなか成績が上がらず、誠一と同じ中学に入ることは叶わなかった。
ある日、多佳子のもとに、島村という女性が電話をかけてくる。
その電話は、「まさこ塾は詐欺だった」というものであった。
大貴の中学受験に向けて奔走していた五年前のこと。
多佳子は大手塾で成績の上がらない大貴に焦りを感じていた。
そのときに知ったのがまさこ塾だった。
そこは、子どもではなく、子どもの受験に立ち向かう親に向けての塾。
まさこ塾では、受験に向けての的確な助言がもらえて、多佳子自身も信頼を寄せていた。
あるとき、塾長のまさこ先生から、大貴が受験する中高一貫校に合格するために、特別受験枠を利用しないかというものだった。
その費用が百万円。
その後、大貴は、その中高一貫校に合格を果たすが、島村はそれが詐欺で、百万円は学校側に支払われていなかったのだと告げられる。
そして、一緒に原告側として、雅子塾を訴えようと誘われるのであった。
しかし、多佳子は夫にも、百万円を払ったことを内緒にしていた。
すべてが明るみに出てしまえば、夫にも、大貴にも自分のしたことがばれてしまうと思い悩む。
あの人のサロン詐欺
谷嵜レオはいくつもの名作を世に送り出した漫画の原作者。
その非公式の創作オンラインサロンは好評で、熱心なファンが集まり、紹介制ながらかなりの規模となっていた。
サロンのオフ会もときどき行われて、そこでは作品に込められた話や、創作の指南なども行われていた。
谷嵜レオを名乗る紡は、受講生たちの質問に熱心に答え、受講生たちも、紡の言葉に、感動を覚えながら、オフ会は毎回、盛り上がりを見せていた。
紡も、オフ会のあとは、そこでの時間を思いだして高揚感を覚えていた。
しかし、ここで一つ問題があった。
紡は谷嵜レオではなく、谷崎レオの熱狂的なファンでしかなかった。
谷崎レオの知り合い風にSNSを更新していたことから、徐々に、「本人では?」という話が現れ、紡自身も、「実は私が……」と乗っかってしまって今に至っていた。
ファンだけでなく、両親にも、私が谷嵜レオだと話してしまっていた紡。
自分のしていることが悪いことだとはわかっているが、紡の生活はサロンの収益で成り立っていた。
すでに十年も続けていて、谷崎レオ自身はまったく表に出てこないので大丈夫。
もしもバレたとしても、そのときの言い訳も考えている。
そんな紡だったが、とんでもない方向から、紡が谷嵜レオではないことが発覚してしまう。
出来心と藁にも縋る思いと
詐欺にしても犯罪にしても、人はどんなときにそこに手を出してしまうのか。
最初から悪い人ってなかなか少ないと思うんですよね。
小さなきっかけだったり、追い詰められるような環境だったり。
ちょっとでも状況が違えば、なにか一つずれていれば、犯罪には至らなかったというケースもあるなって感じます。
『噓つきジェンガ』もそんなことをおもわせるきっかけばかりです。
最初の『2020年のロマンス詐欺』では、上京したばかりの若者、コロナ渦で大学は休校し、バイトもできない、親からの仕送りも厳しくなる。
そんな状況が重なった中での友人からのバイトの誘い。
いまの状況を変えなくては、という気持ちから手を出してしまうのはわからなくもない。
多くの犯罪って、ささいなところからその方向に進んでいっているのだと思います。
まあ大半の人はそのささいな部分で踏み込まずに引き返せるわけですが。
人の小さな心のすき間に入り込んでくるもの
「これくらいなら大丈夫かな」
そんな甘い気持ちにつけ込んでくるものが上記したような詐欺だったり、犯罪の誘いだったりするもの。
「今しかない」
とか、
「あなただけは特別」
なんて言葉も、気持ちを揺らがせる言葉だったりするものです。
『五年目の受験詐欺』はまさにそれ。
息子が中学受験に合格するために、なんでもしたあげたい。
そうした気持ち自体は純粋なもので、いいことなんだけど、それゆえに狙われやすいのか。
客観的に見れば、明らかに裏口入学なのに、
「そういうものではなく、これも受験です」
「特別な相手にだけ伝えています」
なんて言われてしまうと、
「もしかしたら、本当にそういう受験もあるのかもしれない」
と思ってしまいそう。
これで子どもが合格できるのなら、と悪いことではなくてこれはチャンスだって考えちゃうかもしれません。
本書の中で、受験に大切なのは子供を信じることだっていう言葉もあります。
信じ切ってすべてを任せるのって、これはなかなか勇気がいる。
自分に何かできることがあるのなら、それをすることで自分の安心にも繋がってしまうんですね。
いつ崩れてもおかしくないジェンガ
産経新聞でのインタビューではこんな内容がありました。
本書の興味深いところは、騙される側の話だけではなく、騙す側の話も登場する。どの人々も、どこかを少しつついたらグラグラと崩れ落ちてしまいそうな脆さを孕んでいる。そう、その姿はまさに「ジェンガ」のようなのだ。
「詐欺もジェンガゲームも相手が必要。被害者がお金を出すか事件が発覚する…つまり崩壊しないと終わらない。ジェンガは(抜いたブロックを上部に積むという)対話をしながらも、相手の崩壊を望んでいるから詐欺に似ているかなと」
(産経新聞インタビューより)
このいつ、崩れ落ちてもおかしくないはらはら感。
どこかで崩壊しないと終わらないってのは本当にそのとおり。
一度、始めてしまったら終わり方がないんですよね。
円満にすべてがきれいに収まるなんてことは難しい。
自分の成功は、相手の破滅で、相手が被害を受けないためには、自分が失敗するしかない。
ジェンガって言葉をここで持ってきたのは絶妙なセンスですよね。
そのぎりぎりの中での物語だからこそ、これほど読者の興味をひくのかなとも思います。
おわりに
詐欺事件って、もういろんな形に派生しながら、いまだにその数は減るどころかどんどん増えていっています。
仕事柄、そうした事件を見ることも多くてやるせないものがありますが、『嘘つきジェンガ』は、詐欺に至る部分とか、抜け出せない心理描写とか、本当に見事。
実際にこんなことがあったんだろうなって気持ちにさせてくれます。
人の心理って繊細で難しい。
できることなら、加害者にも被害者にもならないのがベスト。
でも、こうしたことって知らず知らずに忍び寄って来るので気をつけないとって思います。