傲慢と善良。
この二つの言葉って、全然、意味が違う言葉なのに、同時に人が有し得るものなのだと気づかされます。
今回読んだのは、辻村深月さんの『傲慢と善良』です!
友人から、「婚活の話でおもしろいよ」と勧められて読みましたが、これはかなりきつい。
自分自身がかなり当てはまっていたのではないかと心がえぐられるような気持ちになります。
でも、これはおもしろいし、婚活をしている人はもとより、子を持つ親ならぜひ読んで欲しい一冊です。
ここでは、『傲慢と善良』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
主要な登場人物
〇西澤架(にしざわかける)
主人公。第一部は架の視点で描かれる。
見た目も性格も良く友人が多い。
ビール販売会社を父親から引き継いでいる。
婚活を経て坂庭真実と出会い婚約する。
元カノのことをずっと忘れられずにいる。
〇坂庭真実(さかにわまみ)
架の婚約者。第二部は真実の視点。
家族の言われるままに生きてきており、自分の意思が薄い。
過保護な親の元に育つが、それに問題とは感じていなかった。
ある日、突然、行方不明になる。
『傲慢と善良』のあらすじ
真実の失踪
西澤架には、数か月後に結婚する婚約者・坂庭真実がいた。
しかし、ある日、真実が連絡がないまま家に帰ってこなくなる。
架は、二ヵ月前に、真実がストーカー被害にあっていることを聞かされ、それ以来、架の家で同棲していた。
一晩待ってみるが帰ってこないため、心配した架は、義母の陽子に彼女が行方不明になっていることを伝える。
陽子はすぐに群馬県からやってきて、一緒に真実のアパートを訪ねることになった。
部屋は依然と変わりなく、荒らされた様子もない。
架が送った婚約指輪も置かれたままであった。
ストーカーがいたという話は知っているものの、それがどこの誰であるのかはわからない。
知っているのは、真実が群馬にいたころに交際を申し込まれた相手だということだけだった。
警察に相談するが、警察は事件性は極めて低く、真実が自分の意思で出ていったのだと判断して捜査を打ち切られてしまう。
架は興信所に依頼することを提案するが、世間体が気になり陽子が反対する。
自分で見つけるしかない。
そう決意した架は、群馬を訪れ、手がかりを探すことに。
手がかりを探して
架は真実の両親から、真実が利用していた結婚相談所を教えてもらう。
そこは小野里という年配の女性が一人で運営をしており、彼女から当時のことを聞くことになる。
真実は小野里から二人の男性を紹介されていた。
もっとたくさんの人と出会っていると思っていた架はやや拍子抜けする。
事前に状況を確認していた小野里は二人ともストーカーではないと言う。
小野里はとても現実的な結婚観、婚活における考えを持っており、結婚相談所は最後の手段ではなく、最初に考えるべき場所なのだと話す。
また、婚活がうまくいく人は、自分がほしいものがちゃんとわかっている人だとも言う。
架は元カノがしっかりとほしいものがわかっていたのだと思い返し、なぜ同じ世代でもこうも違うものなのかと考える。
小野里は、ジェーン・オーステインの『高慢と偏見』を挙げ、現代の結婚がうまくいかない理由として、『傲慢さと善良さ』だと考えを口にした。
誰もが自分自身の価値観に重きを置きすぎる傲慢さ、そして善良に生きている人ほど親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、自分がないのだと。
架は、この機会に小野里に質問をする。
相手にピンとこないという現象はなんなのだろうかと。
それに対して小野里は、それは自分につけている値段よりも相手が低いことであると解答した。
これを聞いて架は、知らず知らずに自分自身が、相手をそういった目で見ていたこと、真実は自分のことをどう思っていたのかということを感じるのだった。
群馬での手がかり探しで具体的なものは見つからなかった.
だが、架は婚活における新しい考えと、真実の両親が想像していた以上に狭い世界で生き、真実に対して過保護に接していたことを知る。
架の知らなかった彼女の姿
架は真実の姉である希実に会うことになる。
希実は子どもを縛ろうとする親の傲慢さに嫌気が差して早々に親元を離れていた。
元々、両親は真実に対して過保護だったが、希実がいなくなってからはさらに拍車がかかっていたようだった。
しかし、真実もまた真実で、それをおかしいことと感じておらず、そのことが希実には怖くも感じていた。
希実は真実の婚活の話は知らなかったが、それでもこれまで知らなかった真実の話を聞くことができた架だった。
しばらくして、小野里から連絡が入り、真実の婚活相手と会うことができることになる。
前橋で会った金居智之は、ほがらかな男性で、すでに結婚をして子どももいた。
架はどこか、真実の元婚活相手に対抗意識のようなものを持っていたが、金居のほうはまったくそうした気持ちはないようだった。
家族としては立派な男性。
この人を選んで結婚した相手がいる一方で、真実はこの人を選ばなかった。
疑いも晴れ、金居と別れたとき、金居の妻が架のことをそっと見定めるように見たことに気づいた。
次に架は、真実が群馬県庁に勤めていたときの同僚である有坂恵と会うことになった。
恵は真実と同い年で、中学校の同級生。
手がかりになるようなものはなかったものの、真実が婚活相手に対してどう思っていたのかを聞くことができ、かなり辛辣な物言いに架は驚かされる。
すでに真実が失踪してから2か月が経っていた。
架は、真実がインスタグラムを利用していたことを知る。
そこには、たくさんの投稿がなされていたが、画像は加工も施されていてやや違和感を覚える。
無理をしているようにも見え、そのままでも魅力的なのにと架は思った。
その後、もう一人の婚活相手とも会うことができた。
花垣という独身の男性で、真実が自分で選んだ婚活相手である。
架はこの人物がストーカーではないかと疑っていた。
花垣は整った顔をしていたが、質問には少ない言葉で答えるものの、それ以上話をしようとしない。
真実が同僚に会話にならない人だと漏らしていたことが脳裏をよぎる。
自分がストーカーだと疑われていたとも知らず、ただ婚活であっただけの真実を心配してくれていたことがわかり、彼は”善良”な人なのだと感じる。
真実の嘘
これで完全に手がかりがなくなった。
架は途方にくれるが、ある日、架は学生時代からの女友達二人に呼び出されることになる。
彼女たちは、真実が失踪する前日に偶然にも真実と会っていたことを告げられる。
そのとき彼女たちは、酔っぱらっていたこともあり、真実に、ストーカーなんて本当はいなかったのでしょう、うまくやったねと言ってしまったのだ。
さらに架が以前、真実のことを70点の彼女だと言っていたと告げてしまったのだという。
ストーカーが嘘だったと信じられない架は真実のアパートに行く。
部屋の中を調べる中で、ストーカーが持ち去ったと言われていた架がプレゼントしたネックレスとカメオのブローチが見つかった。
そこでようやく、架は真実が嘘をついていたことを認めるのだった。
第一部はここまでで、この先の第二部は、真実の視点で描かれていきます。
架の友人たちにストーカーがいるというのは真実の演技であったことが見抜かれていて逃げ出してしまった真実。
逃げた先で真実は様々な出会いの中で、自分自身と向き合っていき、架ともう一度話をしようと決意します。
ということでここから先は実際に読んでみてください。
婚活をする人の指南書と言える一冊
この本が10年早く出ていればよかったのに。
そんなことを思うくらいに20代、30代の独身の人にはぜひ読んで欲しい1冊です。
現代の結婚をはばむ、傲慢と善良という言葉。
ぱっと聞くと、自分には関係のなさそうな言葉なのに、小説を読んでいくときっと誰しもが心当たりのあることばかり。
「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、”自分がない”ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう。不思議な時代だと思います」
(辻村深月『傲慢と善良』より)
結婚を考えるとき、どうしたってただの恋愛とは違った目線で相手を見てしまう。
そのときに、相手が自分に合うだけの価値があるかどうかを見定めてしまう。
ピンとくるってやつ。
小野里が架に行った自分の値段に見合う相手かどうかってやつですね。
これって意識してこんなことを思っている人はほとんどいないんじゃないかなって思います。
でも、『傲慢と善良』を読んで改めて昔の自分を思い返してみると……。
うわーそんなこと心の奥底で感じていたかも、ってなります。
それが悪いことなのかっていうと、別にそんなこともないとは思うんですけどね。
相性だけでなく、見た目も、育ちも、現在の仕事や収入なんかも、この先一生付き合っていく相手を選ぶのならどれも大事にしたいですから。
ただ、自分の価値をあまりに高く持ちすぎることでうまくいかないというのも確かに事実なのかなとは感じます。
一方で善良ということ。
言葉だけ聞くといい言葉なんですが、善良であるがゆえに、相手の心の奥底を見通すことができない。
悪い言葉でいえば朴念仁。
自分だけではうまく進むことも決めることもできない。
こうなってくると、一生の相手を自分で選び抜くのって難しいかもしれません。
自分はそんなことはないと思いつつも、『傲慢と善良』に出てくるエピソードがそれはそれは胸に突き刺さる。
親としての傲慢さ
さて、この本は婚活をする側だけでなくて、親の立場でもかなり耳が痛い本ではないかなって思います。
その彼女の歩む道や選択にすべて口出しし、自分たちの手元から出すべきでなかったと思うのは、親だとしてもあまりにも傲慢なのではないか。
(辻村深月『傲慢と善良』より)
これは真実の両親が過保護で過干渉のあまり、真実の選択のほとんどを担っていたことに対して架が感じたことです。
私も娘を持つ親なのでどこまで干渉するかってかなり悩みます。
ただ、自分たちが心配だからとか、こうしてほしいからって気持ちは、あくまで自分たちのためのものなんですよね。
それがその子のためになっているかっていうのはまた別問題。
「親の望んできた『いい子』が、必ずしも人生を生きていく上で役に立つわけじゃないんだよ」
(辻村深月『傲慢と善良』より)
親の言うとおり、親の望むとおりに生きてきた。
それがそのままその子の力になるかっていうとやっぱりそううまくはいかないものです。
時には自分で考え悩んで、切り開いていくことも必要だし、誰かが答えをくれる事ばかりではない。
わかっちゃいるけど、つい口を出したくなるのもまた親なんですけどね。
おわりに
婚活とか、男女の恋愛についての指南書って世の中にあふれていますけど、正直、この『傲慢と善良』はぜひ読んで欲しい一冊ですね。
誰しもが耳が痛くなることばかり。
でも、自分にもこういう部分があると気づければ、また一歩前に進めるんじゃないかなって思います。
辻村深月さんの小説ってうまく人の内面を描くので考えさせられることばかり。
一冊一冊が長いのでいつでもは読めないけど少しずつ読み進めていきたいです。