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共感覚を見事に描いた物語。珠川こおり『檸檬先生』あらすじと感想。

色が溢れる世界。

その響きだけ聞けば、素敵にも感じるけれど、現実にはそれは苦悩を伴う。

音が、人が、数字が。

目にうつるもの、聞こえるものから色が溢れてきて自分を押しつぶしてしまう世界。

誰にも理解されない中でどう生きていくことができるのか。

今回読んだのは、珠川こおりさんの『檸檬先生』です!

第15回小説現代長編新人賞の受賞作品になります。

著者の珠川こおりさんは、当時18歳。

小説現代長編新人賞としても史上最年少での受賞となりました。

共感覚といういろんなものが色で見えてしまう小学三年生を主人公とした物語。

ここでは、『檸檬先生』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『檸檬先生』のあらすじ

私立小中一貫校に通う小学三年生の私。

音や数字、人に色が見えたりする「共感覚」を持っていた。

ほかのクラスメイトとは変わった視点で物事を見てしまう。

また、父親が絵描きをしていて、家にはほとんどおらず、ほぼ母子家庭。

家計は苦しく、母親は昼も夜も働きに出ていた。

こうしたことから、クラスメイトから蔑まれ、教師も助けるどころか、私に冷たく当たっていた。

ある日、ピアノの音が私の耳に聞こえてきた。

通常のピアノとは違う音階。

でもそれは、色で見るととてもきれいな十二色の色環を描いていた。

ピアノを弾いていたのは、中学三年生の少女だった。

檸檬色に見えるその少女もまた、私と同じ共感覚の持ち主。

彼女は、私に共感覚のこと、どうやって共感覚と付き合っていけばいいのかということ、さまざまなことを教えてくれ、いつしか彼女のことを檸檬先生と呼ぶようになった。

共感覚の世界の描き方がすごい

共感覚ってなんとなく、そういう言葉があるのは知っていました。

ただ、正直、自分には関係ないし、イメージも湧いてくるものではなく。

そんな自分でも、『檸檬先生』を読むと、

「これが共感覚を持つ人の見える世界なんだ」

と愕然としました。

そう感じるほどに、少年の見ている世界がリアルに描かれています。

色に押しつぶされる感覚なんて持ったことがない。

ほかの人が感じられることが同じように感じられない。

それって、誰が悪いわけでもないけれど、とても生きづらい。

周囲からすると、その人は異端であり、特に子どもの中では、弾かれてしまいやすいのかもしれません。

ほんと、これってどうやって考えて書いたんだろう。

たくさん共感覚のことを調べて、自分で何度もイメージを重ねていっても、ここまで書けるものなのかなって。

『檸檬先生』の二つの側面

主人公である少年は、きっと檸檬先生に出会ったことで救われたのでしょう。

周囲に溶け込めず、いじめを受け、孤立していた少年。

でも、檸檬先生と出会い、少しずつ自分を知り、周囲を知り、共感覚を持ちながらも、生きていく術を手に入れた。

その視点で見ると、とてもいい話で、胸がほっこりするものなんですよね。

一方で、少年を救ったはずの檸檬先生。

きっと檸檬先生にとって、少年との出会いは、より自身を苦しめるものになったんでしょう。

少年と出会ったときには、いろんなことを諦めて、クラスメイトも周りも、自分のことを理解することができない存在として認識していた。

でもそんなときに、同じ共感覚を持つ少年と出会った、出会ってしまった。

だから、そこに希望を持ってしまった。

最初から諦めていたときには、耐えることができたものも、一度希望を掴むと、そこから絶望へと落ちることもある。

少年が、”ふつう”の生活を手にしていく姿を、檸檬先生はどんな気持ちで見ていたのかな。

読んでいても、そこを想像するとすごく苦しくなる。

なにを思って少年から離れていったのか。

なにを思って最後の決断をしたのか。

小説の出だしが悪いのに良い。

『檸檬先生』を読むとわかるのですが、とても暗い内容から始まります。

そこから、少年と檸檬先生の出会いのシーンに戻ると。

少年と檸檬先生の邂逅が、とても暖かく、少年が成長していく姿が輝いて見える。

だからこそ、プロローグの暗いシーンがどこか頭にこびりついて離れない。

読者にずっと不安をつきまとわせる効果があるんですね。

でも、それが頭にあるからこそ、少年と檸檬先生のやりとり一つ一つがとても重要な意味を帯びていくのかな。

正直、表紙も明るいし、どっちも好きだったから、ハッピーエンドにならないかと期待した読者も多いんじゃないかと。

そんな期待を持ちながらも、そうはならないのだろうという不安。

なんでしょうね、この少し苦しい気持ちを抱いたまま読み進めていく感覚。

おわりに

新人賞作品をここ最近、たくさん読んできましたが、その中でも、文章や表現が特にうまいと感じた作品でもありました。

共感覚についても、しっかり知った上でないときっと書けないと思うし、そうした書き方ができる方なんだなと。

そう思うと、これからの珠川こおりさんの小説もぜひ読んでみたいと思わされます。

現時点では次の作品はでていないみたいなので、のんびり待ちたいと思います。