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乾くるみ『イニシエーション・ラブ』の謎と時系列。ネタバレ注意!

乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』。

1980年代を舞台とした恋愛小説で、芸能界にもファンが多く、テレビでも何度も紹介されていきました。

それほどすごく人気もあり、私も好きな小説ですが、読んだ後に、

「つまりどういうことだったのか?」

と読み返したくなります。

そのあたりの疑問になる部分を時系列にしてみようと思いました。

ですのでこの先はネタバレが満載です。

まだ読んだことがない人はこの先は読まないようにしてください。

でないと、とてももったいないです。

あらすじが知りたいのであればこちらへ。

もう読み終わった人で、どういうことだったのかを簡単に知りたい人はこのまま読んでもらえたらと思います。

 

 

 

 

 

もう一度確認ですが、まだ読んでないって人はこの先は読まないように。

そして本を読んでからまたこちらに戻ってきてもらえると嬉しいです。

Contents

最初の印象は鈴木さいてー

まず最初になにも考えずに読んでいくと、途中までは、

「”たっくん”こと鈴木が学生時代にマユと恋人になったけれど、仕事で東京に行き、遠距離恋愛でギクシャク。鈴木が別の女性とも関係を持って、最終的にマユとは別れそっちの女性とくっつく。鈴木ってさいてーだ」

と私はなりました。

静岡でマユが待ってくれているのに、妊娠もさせておきながら浮気か!と。

しかも逆ギレして物に当たり散らすなんて……。

そんなことを思いながら読んでいくと、最後の数ページで、

「あれ?おいおい?どういうことだ?」

となってしまいました。

多くの読者は自分と同じなのではないかなと思います。

SideAとSideBの鈴木

『イニシエーション・ラブ』は大きく2つの章にわかれていて、それが「SideA」と「SideB」です。

ふつうに読んでいくとマユと出会った頃の大学生の鈴木と、そこから時間が経ち就職して東京に行くことになった鈴木、と読めてしまいます。

でも、このSideAとSideBの鈴木はまったくの別人だったんですね!

『イニシエーション・ラブ』で別人だと匂わせるシーンはあるもののはっきりと違う人だったとわかるのはラストの2行でしょう。

胸苦しさを感じた僕は、大きく息を吐いた。その動きに不審なものを感じたのだろう、美弥子が訝しそうな声で聞いてきた。

「……何考えてるの、辰也?」

「何でもない」と僕は答え、追想を振り払って、美弥子の背中をぎゅっと抱き締めた。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P255より)

ここでSideBの鈴木の名前は「鈴木辰也」だとわかります。

そこで多くの人は、

「あれ?辰也だっけ?」

と思うわけです。

そう、SideAの鈴木は夕方の夕に樹木の樹って書いて「鈴木夕樹」でした。

どちらも鈴木であり、どちらも”たっくん”と呼ばれていたため見事に騙されました。

 

このSideAとSideB。

物語の舞台となっている1980年代といえば音楽を聴くにはカセットテープでした。

それのA面とB面ってことですね。

あとがきのところにも書いてありましたが、カセットテープはA面を聞いているときに、同時に反対側でB面も動いているといった解説があります。

つまりAが動いている間にBも同時進行してるんですよってことを暗に示していたんですね。

鈴木違いを感じさせる場面

就職先が違っていること

私は見事に違和感は感じつつも、鈴木違いに気づかずにだまされた一人です。

でも何気に『イニシエーション・ラブ』の中では、よく読めばそこに気づけるシーンがあるんですね。

まず、就職先が違います。

SideAの鈴木(以下、鈴木Aと呼ぶ)はマユとの会話で富士通に就職が決まっていると話します。

「鈴木さんって、今四年生なんですよね? 就職活動とかは大丈夫なんですか?」

「あ、僕はもう、今年の春には内定を貰ってます」

「どこに行くんですか?」

「あの……富士通です。コンピュータの会社の。FM-7とかオアシスとかの」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P55より)

でも、SideBの鈴木(以下、鈴木Bと呼ぶ)の就職先は、慶徳グループの慶徳ギフト。

SideBに入って、富士通じゃないもんだから、「あれ?」と思ったものの、まあ富士通だとそもそも東京だから静岡の会社に就職したのかと勝手に思っていました。

SideBで突然暴力的になっている鈴木

次にSideAではやたらと内気というか、優しそうな印象だった鈴木がSideBでは粗暴な男になっていたことです。

鈴木Bがマユに暴力を振るいそうになるシーン。

これ以上ここにいたら、またいつかのようにマユを殴ってしまうと思った僕は、足元の瓶類をもう一度蹴飛ばしてから、彼女の存在を無視して、玄関へと向かった。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P240より)

ここも鈴木がマユに暴力を振るったシーンなんてこれまでなかったから、なんで以前に暴力を振るったことが書かれるのだろうと違和感。

鈴木Aは暴力を振るったことがないけど、鈴木Bは振るったことがあったんですね。

この場面以外にも化粧台に当たり散らすこともあって、

「鈴木ってこんなに粗暴な人間だったっけ?」

と感じてしまいます。

タバコを吸う描写がなくなるSideB

SideAでは、鈴木A自身もタバコを吸っていましたし、マユが吸うことに対して驚く様子も描写されていました。

女性がタバコを吸うのは反対派だった鈴木Aがあっさりと意見をひるがえすのも印象的でしたね。

ところがSideBになるとタバコを吸う描写がなくなっています。

私の見落としでなければ、鈴木B自体がタバコを吸っていないし、それに合わせてなのか、マユが吸うシーンもありませんでした。

鈴木Bって、鈴木Aよりも波乱万丈なこの一年を過ごしているのだから、もし喫煙者だったらもっとすぱすぱ吸っているはずです。

急に消えたタバコの描写に違和感を感じた人もいるのかなと思います。

酒癖も悪くなっている

それから酒癖の悪さです。

鈴木Aは合コンの際に酔っぱらって記憶を失っていますが、鈴木Bは粗暴になって暴力を振るいますが記憶はしっかりとある。

「だから二人とももうやめてください。あっ、血が。海藤さん。ガラスが。コップが割れて。危ない――」

「うるせえ」

「こいつはダメなんだよ。言っても無駄。梵ちゃんも手伝って。酒が入ってこうなったらもう駄目なんだこいつ」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P207より)

この「うるせえ」といって暴れているのが鈴木Bですね。

性格が変わったといえないこともないですが、どうもこの辺りも違和感があるシーンでした。

なんとなく鈴木Aと鈴木Bに小さな違和感が積み重なりつつも、話に矛盾もないものだからふつうに読めてしまいます。

でもその違和感があるから、ラスト2ページで、鈴木Bがマユとの思い出を振り返りながら、専門学校へ迎えに行っていたとか、実家を出るときに部屋探しをしたというあたりで、

「これはまさか…!?」

となり、ラスト2行で「やられた!」と思うわけですね。

それ以外にも、日付と曜日の組み合わせがSideAとSideBで同じなので、細かく見ている人ならおかしいなと思ったかもしれませんね。

『イニシエーション・ラブ』の時系列

AとBの鈴木が別人であり、マユが二人と同時につき合っていたということは、読了したときになんとなくわかると思います。

ではどんな風に動いていたのか、時系列にして追ってみたいと思います。

6月~7月前半 鈴木Bが東京勤務となる

まず、一番時間的に最初に来るのは、SideBの冒頭です。

鈴木Bが慶徳グループの本社のある東京で2年程度勤務するように言われる場面です。

この日が6月19日(金)。

翌20日に鈴木Bはマユに東京勤務になったことを告げ、休みには静岡に帰ってくることを約束します。

そこから約10日は鈴木Bが荷造りをして、マユもちょっと手伝いに来ていました。

7月1日(水)に鈴木Bは東京へ。

ですが、2日(木)と3日(金)は、着任休暇であり、7月2日はマユの誕生日であったため、鈴木Bは東京から車で静岡に戻ってきます。

そしてこのときに鈴木はマユに、ルビーの指輪をプレゼントします。

その翌日、鈴木Bは東京へと戻り、4日(土)5日(日)と休んで6日(月)から仕事に取りかかります。

この時点で、環境の変化と不眠、マユにいつでも会えないことで、ちょっと精神的に疲れている鈴木Bです。

7月10日 合コンで鈴木Aとマユが出会う

7月10日(金)。

ここでようやくSideAの鈴木が出てきます。

物語の最初の場面ですね。

急遽、キャンセルした男性が出たため、友人望月に声をかけられ、合コンに参加することになる鈴木A。

この合コンで鈴木Aはマユに一目ぼれします。

このときに鈴木Bがプレゼントしたルビーの指輪が話題となり、マユは彼氏はいなくて、自分へのごほうびとして買ったのだといいます。

この日、鈴木Bは、仕事の歓迎会で東京に残っていました。

7月11日~ 鈴木Aに動きなし

7月11日(土)12日(日)は、鈴木Bは静岡のマユのアパートへ。

二キロもやせたことをマユに驚かれます。

翌13日(月)に、鈴木Bは初めての残業をして、その晩、石丸美弥子と飲みに行きます。

また飲みに行こうと美弥子に誘われた鈴木Bはマユへの申し訳なさもあり、海藤たちを含めた6人で、17日(金)に飲み会。

18日(土)19日(日)は再び静岡へとやってきて、マユと伊勢丹で買い物をし、水着を見たりします。

この19日(日)に鈴木Aのところに、合コンのときのメンバーで海に行こうという誘いの連絡が入ります。

7月は、合コン以外に鈴木Aの活躍する場面は特にありませんでした。

その後、鈴木Bは、24日(金)に突発性難聴となり、この週はマユに会いに行くことを断念。

8月2日 鈴木Aがマユたちと海に行く

8月2日(日)。

鈴木Bは、美弥子や海藤との飲みの席で、美弥子の後輩の劇団公演に行く約束をさせられ、この日は東京に残っています。

この2日(日)に、鈴木Aやマユたちは合コンメンバーで海に行きました。

このときに鈴木Aは、マユから自宅の電話番号を教えられます。

8月中旬~ マユの二股が始まる

鈴木Aがマユと海に行った翌週、8日(土)9日(日)は、鈴木Bもマユと海に行こうと静岡に帰りますが、帰りの大渋滞と疲れで翌日寝過ごしてしまい海にはいけず。

9日(日)にマユから、6月を最後に生理がきていないと告げられます。

またその日の夜、鈴木Aから初めてマユに電話をかけていました。

ここでマユと次の金曜日に食事に行く約束をします。

10日(月)に鈴木Bは、美弥子から好きだと告白され、その日の夜、マユに電話し、改めて自分にはマユがいると認識します。

14日(金)、鈴木Aとマユが初めてのデート。

21日(金)、鈴木Aとマユが2回目のデートで、鈴木Aは本を4冊貸します。

マユの妊娠が発覚

22日(土)23日(日)、鈴木Bが静岡にやってきて、マユと産婦人科へ。

妊娠三か月であることが発覚。

覚悟を決めた鈴木Bからマユへ結婚を申し込むが、婚前交渉があったことを周囲に知られるわけにはいかないと拒否されます。

その日の夜、鈴木Bから堕胎しようと電話し、泣いてしまうマユ。

26日(水)、鈴木Aのところにマユから、次の金曜日の予定をキャンセルしたいと電話。

29日(土)に鈴木Bが付き添い再度産婦人科へ。

堕胎手術を終えて、30日(日)にマユは退院をします。

そこから鈴木Bとマユの会話が減り、鈴木Bも静岡へ帰るのが少し億劫になっていきます。

9月4日(金)~ 鈴木Aとマユの距離が縮まっていく

9月4日(金)は鈴木Aとマユの3回目のデートです。

鈴木Aは、マユが少しやつれたように見えると思います。

このときマユは、先週便秘で入院していたのだと話します。

5日(土)望月から鈴木Aにいつものメンバーでテニスに行く誘いが入り、鈴木Aはマユと話し合って、隠れて二人であっていることは内緒にしようと決めます。

この土日は鈴木Bは帰ってこず、4日には美弥子と飲みに行っています。

11日(金)に鈴木Aとマユの4回目のデート。

この土日も鈴木Bは帰ってこない。

15日(火)の敬老の日にテニスに行き、その晩、鈴木Aとマユは結ばれます。

18日(金)にもまた鈴木Aとマユはデートへ。

鈴木Bも美弥子と浮気をするようになる

鈴木Bは、9月19日(土)3週間ぶりに静岡へ帰ってきてマユに会います。

美保の海岸へとドライブに行き、マユのことを愛していると確認。

ただ、体力的、精神的、金銭的にもきついので毎週ではなく二週間に1回のペースで帰ってくることにすると話します。

しかし、23日(水)には、美弥子に誘われるままにホテルへ行き浮気をしてしまう。

そこから鈴木Bは、マユ、美弥子と毎週交互に会うようになります。

鈴木Bとマユの破局

10月10日(土)にマユから鈴木Aに電話があり、マユが鈴木Aのアパートに来ることになります。

そこで二人は2回目の関係を持ちます。

そこからは、鈴木Aとマユの関係もぐっと深まっていきます。

鈴木Bが隔週で来るため、マユもまた鈴木Bが来ない週は、鈴木Aと過ごしていました。

そんな生活が続く中で、鈴木Bはやらかします。

10月31日(土)マユに対して「美弥子」と呼んでしまい浮気が発覚。

逆ギレして「本当は、二ヵ月前のあの日に終わってたんだよ。俺たち」と言い残して東京へと逃げ帰ります。

鈴木Bが11月3日(火)は美弥子とデートをし、マユと別れたことを報告します。

4日(水)には、マユから鈴木Bのもとへルビーの指輪が小包で届き返されます。

それぞれで付き合いが続く

そこからは、鈴木Aとマユ、鈴木Bと美弥子の付き合いが続いていきます。

11月半ば、マユと別れた鈴木Bは、本来であったらマユとクリスマスイブに泊まろうと予約していた静岡のホテルをキャンセルします。

鈴木Aは、11月6日(金)に免許を取得し、14日(土)にはドライブデートをし、初めてホテルへも行きます。

その際に、クリスマスイブを素敵なホテルで過ごしたいという話になり、たまたまキャンセルがでたというホテルを予約することに成功します。

時が少し流れた12月5日(土)、同僚が退職することになり送別会に参加した鈴木Bは、酔っぱらってしまい、間違えてマユに電話をかけます。

そこで「たっくん?」と応じているマユに、別れたと認識できていないのかと言い知れない感情を持つ鈴木B。

SideAの最後のシーンは12月24日(木)のクリスマスイブ、鈴木Aは予約したホテルで幸せをかみしめていました。

SideBの最後のシーンは12月25日(金)のクリスマスで鈴木Bは美弥子の家に招かれ家族に紹介されました。

時系列を一覧で

上記した時系列を一覧にもしてみました。

6月19日(金) 鈴木B東京行きが決まる。
6月20日(土) 東京行きをマユに伝え、毎週帰ってくると約束。
7月1日(水) 鈴木B東京へ。
7月2日(木) マユの誕生日。鈴木Bルビーの指輪を贈る。
7月10日(金) 鈴木Aとマユは合コン。鈴木Bは職場の歓迎会。
7月11日(土) 鈴木Bマユのアパートへ。二キロやせている。
7月13日(月) 鈴木B初めての残業から美弥子と飲みに行く。
7月18日(土) 鈴木Bマユと伊勢丹デート。水着を見たり文庫本を買ったり。
7月19日(日) 鈴木A望月に合コンメンバーでの海に誘われる。
7月21日(火) マユが水着を買ったと鈴木Bに電話。
7月24日(金) 鈴木B突発性難聴となり入院。
7月28日(火) 鈴木B退院。
8月2日(日) 鈴木Aとマユ、合コンメンバーで海へ。鈴木B劇団の公演。
8月8日(土) 鈴木B大渋滞に巻き込まれながら静岡へ。
8月9日(日) 鈴木B寝過ごし海中止。6月から生理が来ないと告げられる。

鈴木Aが午後9時ころ初めてマユに電話。

8月10日(月) 鈴木B美弥子に好きだと告げられる。
8月14日(金) 鈴木Aマユと初めて食事、飲みに行く。
8月15日(土)~16日(日) 鈴木Bお盆のため実家に帰省。
8月21日(金) 鈴木Aとマユ2回目のデート。本を4冊貸す。
8月22日(土) 鈴木Bマユのアパートへ。
8月23日(日) 鈴木Bとマユ産婦人科に行き、妊娠三か月と発覚。
8月26日(水) 鈴木Aにマユから金曜日のデートを体調不良でキャンセルの電話。
8月29日(土) 鈴木Bが付き添い、マユ堕胎手術のため病院に入院。
8月30日(日) 鈴木B退院するマユを迎えに行く。会話が減る。
9月4日(金) 鈴木Aとマユ3回目のデート。鈴木B美弥子と飲みに行く。
9月11日(金) 鈴木Aとマユ4回目のデート。
9月15日(火) 鈴木Aとマユ合コンメンバーでテニス。その夜結ばれる。
9月18日(金) 鈴木Aとマユのデート。
9月19日(土) 鈴木B三週間ぶりにマユのところへ来る。二週間に1回にすると告げる。
鈴木A毎週デート、鈴木B隔週で静岡に来る生活となる。
9月23日(水) 鈴木B美弥子とホテルに行き浮気。終末、東京にいるときは美弥子と会うようになる。
10月10日(土) 鈴木Aにマユから電話があり、家にマユが訪れる。
10月31日(土) 鈴木Bがマユに対して「美弥子」と言い逆ギレして別れる。
11月3日(火) 鈴木B美弥子にマユと別れたと告げる。
11月4日(水) 鈴木Bにマユからルビーの指輪が小包で返却される。
11月6日(金) 鈴木A自動車免許に合格。
11月中頃 鈴木Bクリスマスイブに予約していたホテルをキャンセル。
11月14日(土) 鈴木Aマユとドライブデートからホテル。クリスマスイブにホテルを予約する。
12月5日(土) 鈴木B間違ってマユに電話をかけてしまう。
12月24日(木) 鈴木Aとマユがクリスマスイブをホテルで過ごす。
12月25日(金) 鈴木B美弥子の家に呼ばれ家族に紹介される。

重なり合うSideAとSideB

時系列で見てきたようにSideAとSideBは、同じ時間の中で同時進行的に動いています。

その中でこれはこのときのこと!と重なる部分があるので上記した時系列と合わせて考えてみます。

ルビーの指輪

まずはマユが鈴木Bから誕生日にもらったルビーの指輪です。

7月2日の誕生日に贈られたもので、そのときのシーンがこちらです。

「たっくん……。あの話、憶えててくれたんだ」マユの視線は僕と指輪の間を何度も行き来している。

「当然」と僕は答える。

「これ、ルビーでしょ? 私知ってるけど、高かったでしょ?」と泣き笑いの表情になる。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P149より)

SideAに移り、7月10日(金)の合コンでの場面。

彼氏がいないというマユに、その指輪はどうしたのかと聞かれて。

「これは自分で買ったんです。今年の春に就職してから三か月間、ずーっと仕事で頑張ってきた、自分へのご褒美ってことで。先週の木曜日が――七月の二日が、私の誕生日だったんですよ。それで買って、で、せっかく買ったんだから、やっぱり誰かに見せたいじゃないですか。でも職場にはつけていけないし。だから今日こそは指輪してくるぞって決めてて」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P17より)

しれっと彼氏がいないというところも、指輪を自分で買ったというところも、なかなか腹が決まっていますよね。

次にルビーの指輪が出てくるのは、鈴木Bと破局したあとになります。

破局したのが10月31日(土)で、11月4日(水)に鈴木Bのもとに小包でルビーの指輪が送り返されていました。

鈴木Bは価値のあるものなんだから取っておけばいいのにと思うんですね。

そしてSideAの最後の場面。

クリスマスイブなので12月24日(木)です。

鈴木Aとマユがホテルの部屋で乾杯しているときに、ルビーの指輪をしていないことに気づきます。

「あ、マユ……そういえば指輪は?」

「え?」

「ほら、あの、前に――僕たちが最初に会ったときにして来てたやつ。あれは今日はして来なかったの?」

今日の彼女の恰好からすれば、それを持っているのにして来ないということが、かなり不自然なように思えたのだ。すると、

「あ、うん。あれね。……本当はして来ようと思ってたんだけど、探したら無くて――なんか、失くしちゃったみたい」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P126より)

そしてマユはさらった失くしたといいます。

いや先月別れて送り返したんでしょ!

と二回目を読んでいると突っ込みたくなりますね。

水着と海

8月2日(日)鈴木Aやマユたち、合コンメンバーで海に遊びに行きます。

そのときのマユの水着がこれ。

成岡さんはワンピースの水着を着ていた。白地にカラフルな花模様があしらわれたデザインで、彼女にとても似合っていた。背中の部分が大きく露出しているが、ショートカットにしているせいなのか、あるいは身体つきがあまり豊満ではないせいなのか、スポーツ選手が競技用のウェアに着替えたかのような印象があって――要するに、客観的に見て、あまりセクシーな感じはしなかったということだ。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P32より)

セクシーに感じないとかいう鈴木Aですが、そのすぐあとに「そこがいい」なんて言っているので、結局その人が好きかどうかってことですよね。

そしてSideBに行くと、鈴木Bとマユの会話の中でこの水着が登場します。

「よし。じゃあ明日は海だ」と意識的に元気が出るような声を出してみた。しかしそこで僕はあることに気づいた。「ちょい待った。お前……焼けてないか?」

「……ごめんね」と言って、マユはぱっと身体を引いた。「先週、友達と海に行ってきたの。だってたっくん、先週は静岡に帰って来れないって言ってたじゃん。だから予定を入れちゃってたの。……でも今年買った水着は、たっくんのために取っておいたから。たっくんと行くときに初めて着ようって思って買ったんだから」

―中略―

そしてその新しい水着を彼女がまだ着ていないことも、じきにわかった。

そうそう。思い出した。去年の水着は背中が大きく開いていて、肩紐を首の裏側で結ぶタイプのやつだった。そうそう。この形。

「あん」とマユが反応する。

色は白で――この肌と同じ白の生地に、そう、カラフルな花模様が入ったやつだった。

「あっ」とマユが声を上げる。僕の舌先は花びらのある箇所を求めていた。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P192より)

まさに鈴木Aと海に行ったときに着ていた花模様の水着のことですね。

鈴木Bと一年前に海に行っていたときに着ていた水着。

そう描写されることで、合コンメンバーで海に遊びに行っていたのが去年の話としてするっと認識されてしまいます。

 

ここからは勝手な深読みですが、マユと鈴木Bが伊勢丹で水着を見に行ったのが7月18日(土)なんですね。

でもこのときって水着を見るだけで買っていないんです。

21日(火)にマユから鈴木Bに水着を買ったと電話があります。

そしてその二日前の19日(日)に、望月から鈴木Aに海へのお誘いの電話がかかってきています。

マユのところにも同時期に海への誘いがあったのかなと考えられます。

てことは、マユは鈴木Bと見に行ったときは買う気がなかったけど、海で遊びに行く予定ができたから、水着を買ったのでしょうか。

海に行ったことがばれても、初めての水着は鈴木Bに見せるために取っておいたと言い訳するために……。

もしそうだったらかなり計画的……。

自分の考えすぎだといいなと思いますね。

4冊のハードカバー

さて、ここももしかしたら読んでいて「ん?」となった人がいるかもしれません。

SideAにもSideBにも、鈴木Aがマユに貸したハードカバーの本が登場します。

乾杯をし、料理を注文したところで、さっそく本を交換しようという話になり、僕が鞄から本を取り出すと、「あ、単行本なんだ」と彼女は驚いたような表情を見せた。どうやら個人所有の本はイコール文庫本というイメージが彼女にはあったらしい。

「いっぺんに四冊はやっぱり多かった?」と聞くと、

「ううん。そんなことない。これは意地でも持ってくから」と言って笑顔を見せた。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P70より)

本は文庫本でも単行本でもいいと思いますが、重たいハードカバーを4冊もいっぺんに女性に貸そうとするのはちょっと配慮が足りない鈴木Aでした。

これが鈴木Aとマユの2回目のデートのときなので8月21日(金)になります。

次に出てくるのは、8月23日(日)のことです。

生理が来ないマユが鈴木Bと産婦人科に行き、妊娠3か月であることが発覚。

堕胎すべきだと思いながらも、自分の口からいう事ができず思い悩んでいるとき、鈴木Bはマユの部屋でハードカバーの本を見つけて怒ります。

代わりに僕は、カラーボックスの上に積まれていたハードカバーの本の山に目をつけると、「何だよこれは」と手で床に払い落した。

「俺がお前と会うためにどんだけ出費を切り詰めているのかわかってんのか。高速も使わず下の道を走ってきて、そのぶん五時間も六時間もかけて運転してきてるのに、それなのにお前は、こんな高い本を平気で買えるような金銭感覚でいるのかよ」と、喋っているうちに声がどんどん荒っぽくなっていくのが自分でもわかった。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P215より)

鈴木Aから借りたばかりの本のことですね。

鈴木Bって本をあまり読まないタイプみたいですね、そこも鈴木Aとの違い。

呼び方も、鈴木Aは「単行本」というのに鈴木Bは「ハードカバー」と言います。

マユはあえて逆のタイプを選んだのでしょうか。

クリスマスイブのホテルの予約

いろいろと重なる中でもこれはなんとも言い難いと思ったのが、クリスマスイブのホテルの予約です。

この当時はあとがきにもありましたが、クリスマスイブといえば、素敵なホテルを予約してカップルで過ごすのが定番だったとか。

予約も半年も前からしておかないと取ることができない時代だったようです。

カップルたちの行為で建物全体が揺れるなんていう話もあるくらいのなのですごいことですよね。

さて、そんな時代なので、付き合いだした鈴木Aとマユもクリスマスイブをホテルで過ごしたいと考えます。

でも、二人がこの話をするのは11月14日(土)のことなので、ダメで元々と思って電話をしてみるとなんと予約が取れます。

現実には、夜景が綺麗だとか、あるいは料理が美味しいとか、それなりに有名なホテルやレストランでは、すでにこの時期、クリスマスの予約は埋まっているだろうと思われた。しかしダメで元々だと開き直って、僕は帰宅後すぐに電話を掛けてみた。最初に掛けたのはターミナルホテルだった。すると、ちょうどキャンセルが出たばかりで、スカイレストランでのディナー二人席と、ダブルルームが一室空いているという。僕はすぐに予約を申し込んだ。非常にラッキーだった。

マユにも電話をしてその件を報告すると、彼女は開口一番、

「あー、じゃあ、どこかで今日、失恋したカップルがいたってことね」

と言った。なるほどと思う。どこの誰かは知らないが、僕たちはそのカップルに感謝しなければならないと思う。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P122より)

SideBを知らずにこれだけ見ると、

「鈴木Aついているなー」

「失恋したカップルもそりゃいるよね」

と感じますが、SideBを読んでからだとまるっきり感じ方が変わりますね。

十一月も半ばになってから、僕はクリスマスイブに静岡ターミナルホテルの予約を取っていたことを思いだした。スカイレストランでのディナーと、ダブルルームで一泊という予約である。その二つを合わせて、キャンセル料は三千円ほどかかった。

もしマユと続いていたとしても、今年のイブは木曜日で――どのみちキャンセルするしかなかったかもしれない。予約をしたのは五月だった。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P247より)

どちらもターミナルホテルでスカイレストランのディナーにダブルルームの予約。

はい、完全に鈴木Bがキャンセルしたところに鈴木Aが予約を入れていますね!

鈴木Aよ、感謝しなければいけないと思った相手はあなたの彼女です!

マユはすごい女性!

読んでいて思うのはマユはすごい女性ということ……ある意味ですが。

そしてとても怖い。

もし現実にこういう女性が目の前にいて、その真相を知ってしまったら一発で女性不信になりそうですよね。

気になる点はたくさんありますが、

「マユすごいなー怖いなー」

と思ったところを紹介していきます。

二股がばれないために呼び名は”たっくん”

マユの何がすごいって、二股がばれないように、同時にうまく付き合うためにしっかり考えて行動しているところです。

一番に来るのは呼び方ですよね。

鈴木Bは名前が鈴木辰也だから、”たっくん”と呼ぶのはとても自然なこと。

でも鈴木Aは鈴木夕樹。

ふつうにしていたら”たっくん”にはならないですよね。

どうやって鈴木Aの呼び名が”たっくん”となったか覚えていますか?

それは8月21日(金)の2回目のデートのときのこと。

マユから鈴木Aに友達からどんな呼ばれ方をしているのかを尋ねます。

ふつうに鈴木かユウキと呼ばれているという鈴木A。

マユは、一旦、ユウキって呼ぼうかなと言いつつ、高校の好きじゃなかった同級生がユウキであったこと、鈴木くんじゃ他人行儀、どう呼ばれたい?と別の呼び方にしたいと言います。

ぱっと浮かばずに迷っている鈴木Aに、

「ユウキってたしか、夕方の夕に樹木の樹って書くんだよね?」と成岡さんが聞いてくる。あ、ちゃんと憶えていてくれたんだ、と嬉しく思いながら僕が頷くと、

「じゃあさ、夕方の夕って、カタカナのタと同じに見えるじゃない? だからタキで――たっくんっていうのはどう?」

「たっくん」と僕は口に出して言ってみた。今までの人生でそんなふうに呼ばれたことがなかったので、最初はピンと来ない気がしたが、しかし逆に考えれば、成岡さんだけが僕をそう呼ぶというのは、それはそれでいいことのように思えてくる。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P72より)

そうして鈴木Aの呼び名は”たっくん”になりました。

ふつうにやれば夕樹から”たっくん”にはならないものです。

浮気がばれるときのひとつって鈴木Bがやらかしたように、浮気相手の名前を誤って口にしてしまったときですね。

万が一にもそうならないようにマユはあえて呼び方をそろえたんですね。

もしかして初めてあった合コンのときからマユは名前で鈴木Aに目をつけていたのでしょうか。

だって、合コンの席で接点がぜんぜんなかった割には二次会に鈴木Aを誘ったりしているんですよね。

当時の鈴木Aは髪型にも服装にも気を使えていないタイプで、合コン中も碌に会話ができていなかったのに……。

呼び名が”たっくん”になったあとの描写で、

「それ、うん、いいと思う。じゃあ今日から僕はたっくんね」

「はい、たっくん」

「どういたしまして、マユちゃん」

そんなふうに呼び合ったところで、僕は照れ臭くなって笑ってしまった。彼女も同じように笑っている……。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P73より)

果たしてこのときのマユはどんな気持ちで笑っていたのでしょうか……。

鈴木Bの間違い電話での「たっくん」

鈴木Bがマユと別れてから一か月以上たった12月5日(土)。

梵ちゃんの送別会で酔っぱらった鈴木Bは、美弥子に電話をしようとして、間違ってマユに電話をかけてしまいます。

二度のコール音の後、受話器が外れる音がして、

「――はい。成岡です」

というマユの声をきいたときには、僕はいっぺんに酔いが醒めていた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。

「――もしもし? ……たっくん?」

という声を聞いたところで、僕は慌てて受話器を置いた。

怖かった。

「たっくん?」と言ったときのマユの口調があまりにも普通だったからだ。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P250より)

鈴木Bはあまりにもふつうに「たっくん?」と尋ねてくるマユに戦慄を覚えます。

彼女は別れたことを認識できていなかったのか……と。

でもそれもそのはず。

きっとマユは鈴木Aの”たっくん”が電話をかけてきたのだと思ったってことですね。

実際には鈴木Bとは別れていましたが、別れていなくても電話相手が複数いてもみんな”たっくん”なら間違えて別の名前を言うこともない。

プレゼントは同じものを用意していた?

マユが鈴木Aにプレゼントをするシーン。

「はい。たっくんにプレゼント」

あ、ちゃんと僕にも用意してくれていたんだ――と思いながら受け取る。

さっそく包装を解き、Poloのロゴの入った箱を開けると、中から現れたのは――革製の財布とパスケースのセットだった。思わず「おう」という言葉が出てしまった。なかなかカッコいい。センスがある。しかし何よりも、マユがくれたプレゼントだということに価値があった。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P127より)

鈴木Aはマユからクリスマスのプレゼントに革製の財布とパスケースのセットをもらっています。

一方で、鈴木Bも具体的な描写は出てきませんでしたが、美弥子とホテルでの浮気をした際に、革製の財布を失くしています。

マユからもらったものだからまずいって書かれていましたね。

ということは、マユは呼び名だけでなく、プレゼントも統一していたのかもしれませんね。

何をプレゼントしたのかって、複数の男性で別々のものをあげていたら確かに混同して間違えてしまいそうです。

しかし、そこまで考えて準備していたのだとしたら、何とも計画的な女性でしょうか。

誠実な人がいいという真意は……

海でマユから電話番号を教えてもらった鈴木Aは、初めてマユに電話をかけます。

そこでマユから一緒に食事をしたりお酒を飲みに行ったりしてほしいと言われます。

誰でもいいわけではなく、たまたま合コンで鈴木とあってこの人ならと思った、と。

でも、女の人と付き合ったこともなく、喋るのも下手だと自信なさげにいう鈴木A。

それに対してマユは、だからこそ誠実だと思うというのでした。

女の人を器用に扱える人は楽かもしれないけど、それまでにどれだけの女性を泣かせてきたのかと思うと信用できないというんですね。

「だったらもっと真面目で、でもそのぶん不器用だったりするけど、絶対に嘘なんてつけないような人がいいなって、それはずっと前から思ってて」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P47より)

単純にこれだけを読むと、

「いいなー。こういう付き合いって」

としみじみ思うのですが、マユにはすでに鈴木Bが存在していることを思うと、

「そこに気づかないような不器用なちょうどいい人間が鈴木Aってことなの!?」

と考えてしまいます。

かなり強い精神力を持つマユ

二人の鈴木と同時進行で付き合っているマユ。

彼女は本当に精神力というか、図太いというか、すごい女性だと感じます。

そもそも合コンに参加したのって、鈴木Bが東京へ行った次の週の金曜日なんですよね。

「さすがにちょっと早すぎないかい?」

と思っちゃいますよね。

その後、鈴木Bとの間で、妊娠発覚だったり、堕胎したり、関係が悪くなったりとマユにとって大変な出来事が続きます。

でもそれを鈴木Aとの中でおくびにも出さずに、彼女として演じ切っている姿は相当なものです。

初めて鈴木Aから電話があって、マユが食事や飲みに一緒に行って欲しいと誘った日って、鈴木Bに生理が来ていないと相談したその日なんですよね。

そんな重大なことがあった日に、「電話を待っていた」とか「デートに誘って欲しい」とか楽しく話ができるとは……。

産婦人科で堕胎手術をした次の金曜日も鈴木Aに会っています。

そのときも、手術も終わったから吸っていないかったタバコを再開し、鈴木Aには便秘で入院したのだと話します。

最初のビールも、「んー美味しい」と幸せそうな顔をして飲み、

「うーん。解放感っていうのかな」と彼女は笑顔のまま解説を始めた。「今日一日の仕事が終わったー、っていうのと、あと今週もこれで終わりだー、っていう解放感と、あとは身体の調子が戻って、よーし、っていう感じがあって」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P76より)

解放感ってあくまで仕事のことですよね!?

妊娠とかそのあたりのことが片付いて解放されたぜってことじゃないですよね!?

そう想像すると、マユに対する印象も変わってきてしまって、かなり怖いな……と思ってしまいます。

果たして二股だけだったのかという疑問

読んでいて個人的に疑問が二つ残りました。

一つ目は、マユは二股だけだったのか……ということです。

というのも、マユの子どもっていったい誰の子どもだったのだろうと思ったからです。

最初に読み切って二人の鈴木と付き合っていたとわかったときは、あのとき妊娠していたのも、鈴木Aと関係を初めてもったときに避妊具も用意していなかったのでそのせいかと思いました。

ですが、二回目そんな視点で読んでみると、妊娠したと鈴木Bに告げるのは8月9日(日)のことなんですね。

鈴木Aと関係をもった日は9月15日(火)とそれよりもあとなので、鈴木Aの子どもというのはまずありえません。

ではやはり鈴木Bの子どもなのかというと、それもどうなんでしょう?

鈴木Bも、妊娠三か月だと発覚した際に、中に出したことはないと断言しているんですね。

もちろん、そうでなくても妊娠する可能性ってのはあるのですが……。

マユが生理がこないと鈴木Bに告げたとき、鈴木Bは、もし妊娠していたら結婚しようと言います。

「なあ、もしそれが本当だった場合……結婚しよう」

僕がそう言うと、彼女はほんの一瞬、嬉しそうな表情を見せたが、その表情はすぐに凍りついて、やがてイヤイヤをするように首を振り始めた。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P194より)

でもマユは、婚前交渉があったことを周囲に知られることは嫌だと答えます。

今では授かり婚なんて言葉もあるくらい変な話ではありませんが、当時はあまり一般的ではなく白い目で見られる行為であることは確かでした。

これが二股をしていることを知らずに読むと、

「そういうこともある」

と思えるのですが、二股をしていることがわかっている今、このあたりを読むと、周囲からの目というよりも、実はほかに心当たりがあって凍り付いたのではないかなと考えてしまいます。

ここがすごく気になっています。

でもほかの人の感想を見てみてもこのあたりのことって誰も触れていないんですよね。

実際この辺りってどうなんでしょうか、三人目のたっくんがいたりしたら……。

この作品はハッピーエンドなのか

二つ目の疑問はこの話はハッピーエンドとなり得るのかということです。

『イニシエーション・ラブ』の解説(大矢博子著)で、この小説をハッピーエンドだととらえる人もいれば……とあるのですが、

「えっ!これをハッピーエンドって思う人いるの?」

と思ったのが私です。

個人的にはまったくハッピーエンドではないように感じています。

SideAは、鈴木Aとマユが結ばれ、クリスマスイブを豪華なホテルで過ごしています。

今夜は、世界中の恋人たちがそれぞれに幸せな時を過ごしていることだろうが、それでも今の僕たち――僕とマユの二人には、誰もかなわないだろうと思った。

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P128より)

とSideAの物語は終わっています。

一方でSideBでは、鈴木Bがマユとの思い出を振り返りながらも、その追想を振り切って、美弥子の背中をぎゅっと抱き締めて終わります。

確かにそこだけ見れば、二つの恋人同士の形で話が終わっていて、それぞれがその先幸せに向かう可能性だってあります。

でもですね、少なくとも鈴木Aはハッピーエンドにはならないとしか思えない。

だって、ここまで読んできたようなマユです。

鈴木Aと鈴木Bだったら絶対本命は鈴木Bでしたよね。

平然と鈴木Aに対して、初めての相手と言ったり、そんな演技をしたり。

鈴木Aは完全にだまされ手玉に取られている。

もしかしたらすでに別のたっくんが控えているかもしれません。

何も知らずにいけばまあ幸せと言えなくもないのかな?

 

一方で鈴木B。

こちらはもうすでにマユに対しての罪悪感みたいなものがくすぶっていますよね。

鈴木B自身も、ふだんは仕事もでき、相手への思いやりも情もありますが、うまくいかなかったりお酒が入ると暴力的になります。

美弥子は賢い女性なので、ステータスもあり、すでに家族にも紹介した鈴木Bを切り捨てるとは思いませんが、それでも過去の恋愛を通過儀礼と言ったり、浮気相手から本命にのし上がった女性です。

そこに鈴木Bのダメな部分が出てきたら……これは油断がなりません。

なんとなく小説の最後はきれいになっているようにも見えますが、先行きはとても不安な二つのカップルだと感じました。

おわりに

乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』はかなりおもしろかったので、さらっとどういうことだったのか書こうと思ったらなかなかのボリュームになりました。

気づけば1万6千文字を超えていたという……。

長文をここまで読んでいただきありがとうございました。

事実の部分はできるだけそのとおりに書きましたが、一部私の憶測的なところもあるので、そこは参考程度に見てください。

それにしても濃厚な小説でした。

願わくば二人の鈴木の行く末が幸せなものでありますように。