小説すばる新人賞

戦争を知ることができる一冊!周防柳『八月の青い蝶』あらすじと感想

戦争の記憶というものは薄れていく。

それをなんとか残そうとする人もいる一方で当事者というのは語ることのできない想いも抱えている。

今回読んだのは、周防柳さんの『八月の青い蝶』です。

第26回(2013年)小説すばる新人賞受賞作となります。

戦争とその被爆者を題材とした作品で、新人賞とは思えないくらいにかなり資料を読み込んで書かれたのだなと感じます。

著者の周防柳さんが1964年生まれと私よりも20歳年上の方なんです。

2013年の受賞なので、49歳のときに作家デビューされたんですね。

ここでは、『八月の青い蝶』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『八月の青い蝶』のあらすじ

急性骨髄性白血病で自宅療養することになった亮輔。

もう治ることはない。

死が少しずつ近づいてくる中で、彼は中学生のころの記憶を呼び起こしていた。

彼は、中学生のときに広島で原爆の被害にあっていた。

戦争が彼に与えたもの、奪ったもの。

年上の女性への初めての恋。

自分が守ることができなかったもの。

彼が抱え込んで捨て去ることのできない想いが錯綜する。

 

自宅の仏壇に大切に隠された一つの標本。

そこには前翅の一部が欠けた小さな青い蝶がピンでとめられていた。

戦争の悲惨さを知ることができる一冊

戦争物の小説ってなかなか読みづらいものがあります。

どうしたって説明に文章量を割かれるんですよね。

それもそのはず。

過去の事実を積み重ねた上に物語を展開させないといけませんからね。

適当なことが書けない分、調べることはたくさん。

今と状況も異なるので当時を読者にわかるように描かなければいけません。

自然と当時の状況や常識というものを説明する必要があるんです。

その上で物語としてもおもしろくないと読者が飽きてしまう。

自分だったら戦争物には手を出す勇気がないです。

そうした視点で見ても、『八月の青い蝶』はよくできた作品だと思います。

やはり説明部分が多いのでつらい場面もあるのですが、それでいて過去と現代をつなげる部分を残しながらも、二人の関係がどうなるのかとどきどきさせられます。

戦争がどれほどの悲しみを生み出したのかということも感じられます。

体験をどう繋いでいくか

個人的にかなり考えさせられたのは、戦争を経験したことがないとある教師が、原爆や戦争のことを風化させてはいけないと熱弁を振るう場面です。

被爆体験者がお亡くなりになって、少しずつ当時を知る人も減っていきます。

だからこそ、体験者は生の心からの声をもっと吐き出してほしいと。

それが義務であるかのようにいうわけです。

あのあやまちを繰り返してはいけないとも言います。

それに対して亮輔は体験者だからこそ、蓋をしたいこと、言えないこともあるのだと言います。

誰しもが自分が生き残ることに必死で、生き残ったことに負い目を感じている人もいると。

教師のあやまちという言葉に対しても、自分たちのいったい何があやまちだったというのかと強く迫ります。

必死に生きていて、突然、原爆を落とされて、俺たちが悪かったから原爆を落とされたというのか、と。

どちらもすごくわかることではあります。

原爆が悲惨なものであるということは、多くの人が理解できることであり、これが100年後にしっかり語り継がれているのかと言われればそれはわからないなと感じます。

だからこうした活動家に人が必要なのだろうとも思います。

その一方で、私自身、地元が広島の近くにあったため、原爆ドームや資料館には片手を超える回数は行ったことがあります。

小学校でも、クラスでグループに分かれて戦争の発表っていうのもありました。

だからそれなりに戦争のことには意識を持っていましたが、そういう機会がない人からすると、ただの過去のことなのかもしれません。

日本の責任とか、あやまちなんて言葉はあまり好きではないのですが、戦争を忘れてはいけないという点においてはそうだと思いますし、どうそのことを後世に繋いでいくのかということは重要だと感じます。

あえて読みづらかった点を挙げるなら

戦争を知る上でとてもいい小説でしたがちょっと読みづらいところもありました。

そこはやはり新人賞でデビュー作なのだからそういうものかなとも思いましたが、これから読む人もいるので一応。

一つは最初にも書いたようにとにかく説明が多い。

時代物の宿命のようなものですが、そこで脱落したくなる人もいると思います。

とはいえ、そこをちゃんと読んでおかないと理解が及ばない点もあるので、ぐっと頑張ってそこは読みましょう。

もう一つは、視点がどうもあやふやだなという部分がありました。

だいたい小説って一人称にしても三人称にしても、一定の区間は誰か一人を軸に据えて物語を展開すると思います。

でも、ちょっとだけですが複数の人の視点が混じり合った部分があって、「おや?」と感じました。

まあスルーしても問題ない程度だったので気にならない人は全然気にせず読めるかと思います。

おわりに

さて、この『八月の青い蝶』で読んだ小説すばる新人賞受賞作も13作目となりました。

ひとまずここで小説すばる新人賞からは離れて、自分の執筆の方にしばらくは集中しようと思います。

公募の締切が迫ってきてまずいと思いつつも、読書が止められないので悩ましい。

でも、ちょっと本当に差し迫って来たので頑張ろうと思います。

それが終われば残りの作品も少しずつ読み進めようと思います。