生きていて、過去のどこかに引っかかるものを抱えていることってあると思います。
あのときのことがいつまでも忘れられない、と。
一方で、それが実は自分の思い違いだった可能性も。
今回読んだのは、水庭れんさんの『うるうの朝顔』です!
第17回小説現代長編新人賞受賞作となります。
人生の中での小さなズレ。
最初は小さかったそのズレも大人になっていくと、覆せないほど大きなものになっていく。
ちょっとした掛け違いで変わる見え方を見事に描いています。
ここでは、『うるうの朝顔』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『うるうの朝顔』のあらすじ
綿来千晶は、息子に手を上げた夫と離婚したばかりだった。
千晶には、拭い去れない過去の記憶がある。
それは、父親が姉に暴力を振るったことだった。
息子に手を上げた夫が父親と重なって見えた。
これ以上一緒には暮らせないと思っての決断であった。
離婚の際に、月に一度、夫と息子が会えるようにすると約束したが、夫の要求が少しずつ増えてくることから連絡を怠るようになり、
「約束が違う」
と、そのことを責められることもあった。
ある日、千晶は、突然の雨に見舞われ、霊園事務所の軒先で雨宿りをする。
そのことがきっかけとなり、事務所の職員である日置凪に出会う。
にこにことしていて、親しみやすい凪。
次第に千晶は、凪に悩みを打ち明けるようになっていく。
話を聞いた凪は、
「ひとつだけ、おとぎ話をさせてください。」
と言い、「うるうの朝顔」という不思議な朝顔の種を取り出した。
その花を咲かせると、現実とはほんの少しだけ変わった過去をもう一度体験できる、そして、その過去に1秒を追加または削除することで、その瞬間から始まっていた心の「ズレ」が直るという。
その夜、千晶は過去に戻っていた。
姉が父に殴られた日の記憶がよみがえるのだった。
1秒のズレ
これがデビュー作?
と驚かされるほどに独特の世界観であり、おもしろい設定でした。
この『うるうの朝顔』は、連作短編の形を取った小説になっています。
最初に出てくる千晶を始め、各章に登場する人物が「うるうの朝顔」を使い、過去と自分と向き合っていきます。
1秒の追加または削除をすることで、ズレを直す。
「たった1秒?」
と思うけど、読んでいくと、たしかにその1秒で見え方も捉え方も変わるのだと気づかされます。
私たちも生きていく中で、自分の内面に影響を与えたことってあると思うんですよ。
その中に、もしかしたら1秒の差で、全然別の捉え方をするようなこともあったのかもしれない。
ズレって最初はどうってことないものだったりするんですよね。
ちょっと気になったとか、心にもやもやが残ったとか。
でも、それが年月を経るごとにどんどんと広がっていって、気づいたときにはもうどうしようもないほど違う姿になることってあります。
人間関係なんて特にそうですよね。
ちょっとした誤解から、連絡を取りづらくなり、放っておいたうちに疎遠になってしまい。
もし、そのときの誤解やわだかまりがなければ、まったく違う関係になっていたかもしれないってこともたくさんあります。
それくらい小さなズレが人に大きなものをもたらすのだと気づかされます。
日常にちょっと加えられた新しいもの
登場する人物はみんなふつうに現代を生きる人々。
違うのは、「うるうの朝顔」という特殊な存在。
ちょっとファンタジーチックなものですね。
たぶん、千晶のような親とのわだかまりや、別れた夫や姑との関係に悩む小説ってそれなりにあると思います。
そこに一つ、「うるうの朝顔」というアクセントを加えるだけで、こんなにも新鮮な世界ができあがるのだと驚かされました。
日常的なものになにかを掛け合わせるとやっぱりおもしろくなるんだなと。
もちろん、それを活かすだけのセンスも必要ではあるのですが。
先日読んだ、『ナカスイ! 海なし県の水産高校』は、高校生の青春と海のない栃木県の水産高校という変わった掛け合わせでしたし、『屍人荘の殺人』では、クローズドサークルとゾンビもので新しい世界を見せてくれました。
ここ最近は、こうした新しいものが増えていて、昔ながらのミステリーも好きですが、次はどんな世界が出てくるのだろうかっていう楽しみもあります。
おわりに
さすがの小説現代長編新人賞受賞作!
ここのところ、小説現代長編新人賞からはいい作品が多い気がします。
第16回(2021年)の『レペゼン母』はラップをする梅農家のおばさまという斬新なものでしたし、第14回(2019年)の『晴れ、時々くらげを呼ぶ』も、ある種の青春もので楽しかったです。
第17回(2022年)は、今回読んだ『うるうの朝顔』ともう一作受賞しているのでそちらも次は読みたいなと思います。