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理不尽に立ち向かえ。鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』あらすじと感想。

くらげ。

刺胞動物と有櫛動物に属する動物のこと。

とまあ、海に漂うふよふよしたあれですよね。

ときどき、海岸近くにも現れるので、刺されないように注意が出ることもあります。

当然、空から雨のように降ってくるなんてことはないはずですが……。

今回読んだのは、鯨井あめさんの『晴れ、時々くらげを呼ぶ』です!

第14回小説現代長編新人賞を受賞した作品になります。

雨乞いならぬ、くらげ乞いを行う不思議な女子高生が登場します。

最初に読んだときは、

「くらげ乞いって、なんだそれ?」

と思いましたが、読めば読むほど、そこに込められた気持ちに共感できてしまいます。

ここでは、鯨井あめさんの『晴れ、時々くらげを呼ぶ』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』のあらすじ

世界は理不尽に溢れている。

売れない作家だった父親が病死してから心を閉ざしている高校二年生の亨。

感情の起伏が少なく、何に対しても思い入れを持つことがあまりない。

父親が亡くなる前、亨に短い言葉を残す。

その最後の言葉が呪いのように亨をずっと縛っていた。

そんな彼は、一つ下の後輩である小崎とともに日課のように屋上に通っていた。

「来い! クラゲ! 振ってこい!」

「クラゲ、来い!」

彼女がしているのは、雨乞いならぬ「くらげ乞い」であった。

周囲から「不思議ちゃん」と呼ばれる小崎。

亨もまた、小崎の活動を冷めた目で見ていたが、ある日の真夜中、くらげが降ったのだった。

世界は理不尽に溢れている

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』って、読み始めたときと、読み終わったときの印象がけっこう違うんですよね。

スタートは、高校生の話だし、くらげ乞いなんていうちょっと、いやかなり不思議な女の子が出てくるし、なんかふわふわっとした感じで終わるのかなと思ってました。

でも、しっかり一つ一つに理由もあるし、それぞれが抱えているものと向き合っているし、すごく戦っているし。

後半一気にこの話が好きになって、一緒に、

「クラゲ来い!」

って屋上で叫びたい気持ちになります。

本書の中では、世界は理不尽に溢れている、ということに触れられています。

主人公の亨のお父さんが亡くなったこともそう。

小崎が胸の中に秘めたものもそうだし、ほかの登場人物の抱えた問題だってそう。

いつだって、世界には理不尽が溢れているものです。

それはこの小説の中だけのことではない。

私たちの生きている現実だって、理不尽なことだらけ。

なんで自分が?

どうしてこんなことに?

そう言いたくなることがやっぱりあるんです。

じゃあ、それはどうしようもないのか。

うん、実際にどうしようもないことかもしれない。

でも小崎はそれに抗おうとしたんですね。

理不尽に立ち向かうんだ。

その手段がくらげ乞いだったと。

実際にそれってどうなん?って思うところもあるけど、なんだかすごく勇気をもらう。

理不尽を理不尽と思っていいし、それを否定しようとしたっていい。

自分がなにを思い、なにを決めるのかは自分次第。

さあ、クラゲよ、来い!

亨の呪いと父への想い

家族って不思議なものです。

そこにいても、いなくなったとしても、良くも悪くも自分に影響を与えるもの。

亨の場合、病気で亡くなってしまった父親のことをずっと引きずって生きてしまう。

これが仲の良かった友達とかならまた違ったのかな。

それだってつらいことには変わりないんですが。

ただ、仕事柄、家族関係が良くない子どもをたくさん見るので親の影響というのをすごく感じる。

ずっと施設をたらいまわしにされてきた子どもって、そのことで親を怨むことはあるけど、やっぱり家に帰りたいって思うんですよ。

小さいときから暴力を受けてきた子も、作文なんかを書くと、なぜか親のことを優しいところもあって大好きだって書きます。

それもかなりの高確率で。

それくらいに親って子どもにとって大きな存在。

だから、『晴れ、時々くらげを呼ぶ』の亨にとって、父親の言葉っていうのは、それも亡くなる間際の言葉って、ぐっと胸の深いところに刺さって抜けなくなったんだと思います。

自分の父親への想いと向き合う。

それも、この物語の醍醐味の一つで、自分と親を思い直すことにもつながるかなって思いました。

本がもっと好きになる

いやー、これね。

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』を読んでわくわくしたことの一つ。

ものすごくたくさんの本のタイトルが作中に出てくること!

そもそも、亨と小崎が図書委員でのつながり。

そこに本好きの先輩も現れ、そもそも亨の亡くなった父親は作家。

そうなると、本の話題が出てくるんですよね。

米澤穂信さんの古典部シリーズでも、よくほかの作品のタイトルが出てきて楽しい気持ちになるんですが、本書は、どんだけだすのかってほど出てきます。

きっと鯨井あめさん自身が相当な読書家なんでしょうね。

私もタイトルを見ながら、

「これは読んだ!こっちまだだけど読みたい!」

とずっと追い続けていました。

どれくらい出ているかというと……。

最初に出たとは、6ページ(単行本の)で、宮沢賢治の『春と修羅』。

18ページに同じく『銀河鉄道の夜』。

23ページには、『山椒大夫』、『或る女』、『細雪』、『伊豆の踊子』と文豪の作品がずらっと。

39ページでは、図書委員でPOPを作ろうという話から、夏目漱石の『こころ』、『坊っちゃん』、いしいしんじの『プラネタリウムのふたご』。

50ページからは数ページに渡って、図書委員同士の読書トークとなり、伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』、『重力ピエロ』、『チルドレン』、『ガソリン生活』、辻村深月の『凍りのくじら』、『スロウハイツの神様』、乃南アサの『しゃぼん玉』、宮下奈都の『羊と鋼の森』、森見登美彦の『熱帯』、『四畳半神話大系』。

まだまだ続きます。宮部みゆきの『ソロモンの偽証』、『ブレイブストーリー』、上橋菜穂子の『獣の奏者』、『鹿の王』、あさのあつこの『バッテリー』、湊かなえの『告白』、『少女』、『夜行観覧車』、作者の名前だけだけど、塩田武士、池井戸潤、江戸川乱歩、開高健、幸田文、司馬遼太郎、樋口一葉、有栖川有栖、綾辻行人、東野圭吾、東川徳哉、赤川次郎。

更に更に、小野不由美の『屍鬼』、麻耶雄嵩の『貴族探偵』、『神様ゲーム』、村上春樹の『海辺のカフカ』、『スプートニクの恋人』、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』、『五分後の世界』、森鴎外の『舞姫』、夏目漱石の『それから』。

このあとも、まだまだいろんな名作のタイトルが出てくるんですよね。

もうね、これを追っていくだけでも本好きにはたまんないです。

おわりに

久しぶりに、小説を読んだことで、読みたい本がものすごく膨れ上がりました。

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』自体も、かなり私好みでとてもよかったです。

なんとなく、もやもやしながら生きている主人公の話って、よくわかんないまま、あいまいに終わるのがけっこうあるんですよね。

でも、この本は、亨がいろんなことと向き合おうとしていく姿がいいなって思います。

鯨井あめさんの作品は初めて読みましたが、また別の小説も手に取ってみようと思います。