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人生の”違和感”を見事に表現。君嶋彼方『君の顔では泣けない』あらすじと感想。

もし、自分が他人と中身が入れ替わったら。

それも、別の性別になったら。

小説ではよくある展開でも、現実にそれが起きると、恐怖でしかない。

今回読んだのは、君嶋彼方さんの『君の顔では泣けない』です!

本作は、第12回小説野生時代新人賞を受賞した作品です。

つまり、君嶋彼方さんのデビュー作なんですね。

これがデビュー作とは思えない素晴らしい出来!

よくある入れ替わりものかと思いきや、高校1年生で入れ替わってから15年も元に戻れずに過ごすという。

発想がすごくて序盤から引き寄せられます。

ここでは、『君の顔では泣けない』のあらすじや感想を紹介していきます。

『君の顔では泣けない』のあらすじ

高校1年の坂平陸と水村まなみは、ある日、授業中に一緒にプールに落ちてしまう。

その翌朝、二人の中身が入れ替わっていた。

それから15年が過ぎた。

 

入れ替わり直後は、二人は同じようにプールに落ちてみたり、階段から転がってみたりと、よくある入れ替わりの定番は試してみた。

それでも元に戻ることはなかった。

もう一生このままなのか。

そんな不安に駆られながらも、いつか元に戻ると信じ、お互いに情報共有をしながら必死に生活してきた。

”坂平陸”として、上手に生きていく水村と、”水村まなみ”としての生き方にうまく馴染めない坂平。

「好きなように生きていいんだよ」

水村の言葉が坂平には苦しかった。

入れ替わりから15年。

高校卒業、大学、恋愛、そして、結婚、出産。

様々な違和感に縛られながらも必死に水村まなみとして生きてきた半生を描く。

デビュー作とは思えない見事な作品

元々、YouTubeの『ほんタメ!』を見て知った作品だったんですね。

だから、単純にあらすじを聞いて、

「おもしろそう!」

と思って手に取ってみました。

さて、著者はどんな方なんだろうって見てみると、第12回小説野生時代新人賞受賞作と書いてあるではないですか!

「そっかー。デビュー作だったかあ」

とこの時点でじゃっかん、期待値が下がっていたんですね。

というのも、新人賞の作品を読みのは私の趣味の一つ。

だから、けっこうな数の新人賞受賞作は読みました。

つまり、いろんな方のデビュー作ばかり読んでいるんです。

デビュー作って、アマチュアからプロへとなったばかりの作品で、その後、すごい作品を連発するような作家さんでも、デビュー作はそこそこの出来ってけっこうあるんです。

まあ、森博嗣さんの『すべてがFになる』は別格ですけど。

最近の作品でも、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』、宇野碧さんの『レペゼン母』、鯨井あめさんの『晴れ、時々くらげを呼ぶ』などは私好みでおもしろかったです。

ただ、まあ多くの作品は、

「おもしろかったけど、まあ新人賞だよな」

という、どこか上から目線になってしまう感想がつい出てしまっていました。

だからそんなに期待していなかったんですけど、これがすごくおもしろい!

そもそも設定の時点で心をやられていましたね。

「入れ替わりものなのに、十五年もそのままってどうなんよ!」

一番にそこをばーんと出すものだから先が気になってしまって、仕事中も上の空……。

それくらいにデビュー作とは思えないよい出来の作品でした。

性差、家族、友人とわからないことだらけ

入れ替わりが起きるときに、なにが問題かって。

そりゃ全部が全部、大問題です。

そもそも、男女の体の違いって、知識として知っていても、リアルに知ることってないですからね。

坂平は、入れ替わってすぐに、腹部に鈍痛を感じるわけですが、男として生きていたら、

「毎月、大変なんだな」

くらいにしか思えないもの。

自転車を漕ぐときも、男子だったときのつもりで乗ると、あっという間に息切れする。

周囲からの視線も変わるし、腕を掴まれれば振り払うこともできない。

男子の頃にはなかった恐怖を感じる瞬間もたくさん出てきます。

また、家族や友人との関係も、悩みまくります。

一から築いていくならまだそこまで難しくはない。

でも、元からある全く知らない関係を、崩さず、違和感なく生活していくって、どれだけ大変なんよ、って。

二人が最初に確認したことの一つに、普段の家族の呼び名ってのがあります。

それすらわからないんですよね、当たり前ながら。

読んでいて、ぞくっとするのは、女性の体になった坂平が男性から迫られる場面。

いやね、仲が良くて、いいやつだなって思っていても、心が男の段階で、男性からキスをされそうになったら、想像するだけでけっこう、ね。

体を触れらたり、セクハラされたり。

男にはわからない、感じられないものって、やっぱりたくさんあるのだと。

人生の違和感を覚えながら生きていく

入れ替わって生きていく中で、元々の人間関係の中にいた人たちとも接していきます。

元の体のときの家族や友人。

でも彼らは自分が本当の坂平陸であることを知らない。

そのことに気づけない。

それって、すごく寂しいことなんですよね。

逆に、いまの体の人間関係は、継続しているわけで、そこでも小さい部分から、

「なんか変わったね」

って思われ始めていく。

うまくやろうとしても、ズレた部分を修正しようとしても、その掛け違えている部分ってどうしたってぴったりと合うことはない。

それはそうなんですよ。

そんなこと誰にだってできるはずがないんだから。

まず、そこを受け入れることができればいいんでしょうけど、それがまず難しい。

少しずつ、壊れていく、水村まなみとしての生活。

自分が彼女のこれまでを壊してしまっているんじゃないかという恐怖。

読んでいて身につまされるような感覚でした。

また、いま水村まなみとして生きていても、それが本当に自分の人生なのかって悩むところです。

私たちだって、自分の人生に確証なんて持てないのに。

ましてや、他人の体に入っていて、なにが正しいのか、どう生きていけばいいのかなんてわかるはずがない。

『君の顔では泣けない』では、男性と女性で入れ替わったから、そこがくっきりと浮き出てきています。

でも、これって、ふつうに生きている私たちにも、投げかけられている問いなのかもしれないと感じます。

あなたは、何を思ってどう生きるのかって。

おわりに

読み始めてから一気に二日で読み切ってしまいました。

仕事の休憩に入ったら食事もそこそこに、すぐに読書を再開し。

それくらいおもしろく、考えさせられる一冊でした。

これはいかんですね、次回作に期待してしまう。

もし、自分が同じ立場になったら……。

想像するだけでおもしろくもあり、恐ろしくもあり。

当てはめながら読むだけで、ふだん気に掛けない部分が気になっていく気がします。

小説野生時代新人賞の選評が、単行本の最後に載っているのもまた良かったです。

冲方丁さん、辻村深月さん、森見登美彦さん。

いずれも私の大好きな作家さんが本書を読んで、どのように感じたのかもしれて大満足な一冊でした。