世の中には”正しいとされている”ことはあっても、それが本当に”正しい”ものかはわからないのだという。
だから、それを正しいと思わせることができる人が強いのだと。
エンターテイメント性だけでなく、哲学的にも考えてしまうおもしろい作品でした。
今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『マリアビートル』です!
『グラスホッパー』に続く、〈殺し屋〉シリーズの2作目ですね。
今度は新幹線の中を舞台に殺し屋たちが大暴れ!
果たして誰が生き残るのか?
『マリアビートル』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『マリアビートル』の登場人物
木村雄一
元殺し屋。
王子慧によって、息子の渉が意識不明の重体となって入院してしまう。
アルコール中毒であったが、それ以降お酒を飲むことをやめている。
王子が新幹線に乗るという情報を聞き、復讐するために新幹線に乗り込む。
父親は木村茂で実は……。
蜜柑と檸檬
蜜柑と檸檬の二人組の殺し屋。
二人とも身長180センチメートルほどの瘦せ型。
そのため、双子の殺し屋か兄弟の殺し屋と勘違いされることが多く、蜜柑はそのことにいつも憤っている。
蜜柑は冷静沈着で論理的なA型で、文学が好きである。
檸檬は大雑把で大胆なB型で、機関車トーマスが好きである。
峰岸良夫からの依頼で、監禁されている息子を救い出す。
そして、息子と身代金の入ったトランクを盛岡まで運ぶことを命じられていたが、新幹線の中で峰岸の息子は殺され、トランクは失くしてしまう。
王子慧
優等生面の裏に悪魔のような心を持つ中学生。
狡猾であり、自分がどう振る舞えば相手がどう感じるかを理解した上で、他人を意のままに操ろうとする。
王子の同級生たちは、王子を恐れて逆らうことができない。
木村渉をデパートの屋上から突き落とし、意識不明の重体を負わせたことにより、木村雄一から恨まれている。
新幹線に乗るという情報をあえて流し、逆に木村を罠にかける。
天道虫(七尾)
天道虫と呼ばれる殺し屋。
5年前から仕事を始めて、真莉亜が仕事の仲介を行っている。
真莉亜から、「簡単な仕事」といわれて仕事をするが、いつもまったく関係のないトラブルが起きて大変な目にあってしまう。
とにかく何をやっても裏目に出るついていない男。
しかし、それでも生き残っているので実力は確か。
東京駅から乗車し、トランクを奪い上野駅で降車する仕事を請け負う。
トランクは手に入れたが、持ち前の不運によって事態はとんでもないことに。
鈴木
元中学校の数学教師で現在は塾で講師をしている。
前作『グラスホッパー』では、寺原の息子に、殺された妻の復讐をするために行動していたが……。
落ち着いた雰囲気を持つようになったが、妻の死からはまだ立ち直れていないようでもある。
峰岸良夫
裏業界では誰もが恐れる有名な男。
『グラスホッパー』で、寺原が殺害された際に危機を抱き、盛岡に移り住むことになる。
蜜柑と檸檬には、息子の救出、身代金を持ち帰ること、犯人を皆殺しにすることを依頼する。
スズメバチ
毒を使うことで名が知れた男女二人組の殺し屋。
『グラスホッパー』では、寺原の殺害を実行したことにより有名となる。
それ以降、特に目立った活躍もなく、一発屋であったなどと言われることも。
『マリアビートル』のあらすじ
元殺し屋である木村雄一は、復讐のために新幹線に乗り込んだ。
相手は王子慧という中学生。
王子は、木村の6歳の息子・渉をデパートの屋上から突き落とし意識不明の重体としたのであった。
それまでアルコール中毒であった木村だが、復讐のために酒を止め機会をうかがっていた。
あるとき、王子が一人で東北新幹線に乗るという情報を仕入れる。
しかし、それは王子があえて流した情報であり、木村はスタンガンで気絶させられ捕まってしまう。
二人組の殺し屋である蜜柑と檸檬は、裏業界の大物・峰岸良夫から依頼を受け新幹線に乗っていた。
峰岸の依頼は、誘拐された息子の救出、身代金の入ったトランクを持ち帰ること、犯人グループを皆殺しにすること。
いずれも問題なく遂行していたが、気づけばトランクを紛失していた。
さらにまずいことに、二人が少し席を離れた間に、峰岸の息子が何者かに殺されてしまっていた。
焦る二人はトランクの行方を追うことになる。
何をやってもツキがない殺し屋・七尾。
七尾は真莉亜の指示で蜜柑と檸檬が持っていたトランクを奪い、上野駅で降りる予定であった。
しかし、彼がトラブルなく仕事を終えることはない。
上野駅につく直前、以前から七尾のことを恨んでいた殺し屋・狼と遭遇してしまう。
興奮する狼を誤って殺してしまった七尾は、新幹線からも降りられず、ひとまず次の駅までトランクを隠すことにする。
だが、そのトランクも何者かによって持ち去られてしまう。
幾人もの思惑が交差し、新幹線という限られた空間の中で物語は疾走する。
『グラスホッパー』の6年後の物語
『マリアビートル』は前作『グラスホッパー』から6年後の物語になります。
それは『マリアビートル』の中でスズメバチが前回仕事をしたのが6年前となっているんですね。
そのときに寺原が率いていた【令嬢】もつぶれています。
そのため、『マリアビートル』の中では、当時の話も少し出てきます。
さらに登場人物でも『グラスホッパー』で出てきた人物が再登場です。
まずは、『グラスホッパー』の主人公であった鈴木。
妻の復讐のために【令嬢】に潜り込んでいた鈴木がずいぶんと大人びた雰囲気になって登場します。
今回は事件自体とは無関係ですが、教師っぽい役割を担っています。
次に、槿(あさがお)。
押すことでターゲットを事故にあわせて殺す殺し屋で通称【押し屋】ですね。
物語の主要な部分とは外れますが、前回の事件のことを、「この交差点から始まった」なんて言っていてちょっと感慨深いですね。
そしてスズメバチ。
『グラスホッパー』では謎めいたままおいしいところもかっさらっていきましたが、『マリアビートル』ではどうでしょうか。
それ以外にも【桃】が出てきたり、【蟬】のことに触れたりと、ちょこちょこ『グラスホッパー』を読んでいるとわかるシーンがあります。
『マリアビートル』というタイトルの意味
最初にタイトルをみたときは、
「今度はカブトムシか」
と思っていたんですがとんだ勘違いでした。
『マリアビートル』は、カブトムシではなく天道虫。
どうも漢字で書くと変な気がしますね、てんとう虫とかテントウムシの方がしっくりくる。
天道虫は、『レディビートル』とか『レディバグ』という呼ばれかたをしています。
また天道虫は、聖母マリア様とも関係の深い虫です。
ナナホシテントウムシの赤は聖母マリア様のローブを象徴し、背中にある7つの星は、聖母マリア様の7つの喜びと悲しみを表している、と言われています。
天道虫である七尾と、その相棒である真莉亜。
二人を合わせて『マリアビートル』というタイトルになったようです。
七尾は幸運を呼び込む?
天道虫は、「お天道様の虫」という意味を持ち、「幸運のシンボル」だといわれています。
その中でもナナホシテントウムシは、7という縁起のいい数字でもあり、七尾は名前からしてナナホシテントウムシですよね。
「幸運のシンボル」といわれるのは、いくつか理由があります。
家の中にてんとう虫が入ってくると、豊かさに関する幸運が舞い込むとされています。
お金に困らなくなるともいわれるのですが、それはそのままお金が手に入るという意味ではなく、良い仕事に恵まれたり、収入が増えたりということがあるようです。
また、良い人間関係を築くことができ、それが仕事にもつながるという意味もあります。
てんとう虫が身体に止まると、その人にとって一番願っている幸運が巡ってくると言われています。
これは特に、「こんなことがしたい」や「これを実現させたい」という夢に関する願いや希望を叶えるチャンスが巡ってきます。
さて、そんな「幸運のシンボル」である天道虫と呼ばれる七尾ですが、彼本人はなんともついていない男。
でも彼自身はともかく、彼の周囲は幸せをもたらされているのかもしれません。
『マリアビートル』の中でも、真莉亜が、七尾のことを、まわりの人間の不幸を肩代わりしているのだ、それによって周りの人間を幸せにしているのだといいます。
まあその不幸が集まっている七尾からしたら、周りのことよりも自分が幸せになりたいって思うかもしれませんけどね。
七尾にもいつか幸運が舞い降りてくるといいですね。
考えさせられる「王子」の考察や問いかけ
『マリアビートル』の中で一番いやーな登場人物は中学生の王子。
もう性格がねじまがっていて、人の不幸とか絶望とかを見るのが好きで、人を自分の思うままに操ろうとする。
近くにいたら絶対仲良くしたくないタイプです。
ただ、周りよりも賢く、違う視点で見ているものだから、なかなか考えさせられる発言をたくさんします。
冒頭でも書いた”正しい”ということも彼が発した内容ですね。
「世の中にはさ、正しいとされていること、は存在しているけど、それが本当に正しいかどうかは分からない。だから、『これが正しいことだよ』と思わせる人が一番強いんだ」
(伊坂幸太郎『マリアビートル』より)
この正しいということの使い方が上手い人っていますよね。
友達の間でも職場でもそうだなと思います。
一見その意見が正しくみえるように、ふだんから根回しをしたり、表現や言い方を変えながら誘導して、最終的にはその人の望むようになっているってことありませんか。
それも政治力とかコミュ力だと言われればその通りなんですけど、そうやって正しさって移ろいやすく確かなものではないよなって感じます。
自分なりの核となるものを持った上でそうした人の話は聞かないと簡単に誘導されてしまうから、まずは自分をきちんと持ちたいなと感じます。
また、王子はやたらといろんな人に「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いかけをします。
これも昔からよくある答えのない問いですよね。
倫理的に殺人はよくないと多くの人が思いながらも、その明確な答えってありません。
誰もが納得できる答えが導き出せない難問です。
それに対する鈴木の返答が一番おもしろかったので紹介しておきます。
「どうして、君たちは決まって、『人を殺したら、どうしていけないのか』というそのことだけを質問してくるのか。
―中略―
もっと理由の分からないルールがたくさんある。だからね、僕はいつもそういう問いかけを聞くと、ただ単に、『人を殺す』という過激なテーマを持ち出して、大人を困らせようとしているだけじゃないか、とまず疑ってしまうんだ」
(伊坂幸太郎『マリアビートル』より)
質問自体に答えているわけではないのですが、確かになぜ『人を殺す』については問いかけてくるのに、ほかのことについて、そこまで疑問を投げかけられません。
逆に言うと、それ以外の疑問の残るルールについては、許容されてきているってことなのかなと思いました。
そこに疑問を持つならどうしてほかのルールはいいのかってことになり変な感じがしますね。
最終的には鈴木は、そうでないと国が困るからそういうルールになっているのだといい、そこに答えはないと話します。
この『なぜ人を殺したらいけないのか』ということはいろんな本でも書かれていることだからそういうものを読んでみるのもおもしろいです。
ただ、そうしたテーマのものって固い本が多いから読みづらさもあります。
その中でも永井均さんと小泉義之さんのものは、対談形式だったのでかなり読みやすかったかなと思います。
二つ目に紹介している小浜逸郎さんの方は、殺人以外にも、不倫はなぜいけないのかなど10個のテーマについて書いていて、こういう考えもあるのかと勉強になります。
法律関係の仕事をしている人が書いた本の方が法的な面からは詳しく書いてくれているのですが、まあ読みづらく途中で断念してしまうので、興味ある人はこのあたりがおすすめです。
おわりに
『マリアビートル』の感想でした。
この小説は、これだけでいきなり読んでもかなりおもしろいです。
でも、〈殺し屋〉シリーズの2作目なので、やはり『グラスホッパー』から読んでおいた方がさらに楽しめることまちがいなしです。
押し屋の存在もそうだし、ちょこちょこリンクしている部分がありますからね。
戦闘シーンなんかは『グラスホッパー』よりも、『マリアビートル』の方がぐっとレベルが上がっていて、そういう違いも感じられておもしろいです。