「自分の問いで誰かが苦しまないか、最善を尽くして考えたつもりでも、最後はやっぱり運としか言えない。
わたしはいつも綱渡りをしている。
……特別なことなんて何もない。
単に、今回は幸運な成功例というだけよ。
いつか落ちるでしょう」
(米澤穂信『真実の10メートル手前』(綱渡りの成功例)より)
最後の方に出てくるこのセリフが印象的な一冊でした。
今回紹介するのは、米澤穂信さんの『真実の10メートル手前』です!
〈ベルーフ>シリーズでもある『真実の10メートル手前』は、6つの事件を追った短編集になります。
読むとしたら、『さよなら妖精』や『王とサーカス』を読んだ後の方が楽しめるかと思います。
Contents
『真実の10メートル手前』のあらすじ
『真実の10メートル手前』は6つの短編から構成され、
〇「真実の10メートル手前」
〇「正義漢」
〇「恋累心中」
〇「名を刻む死」
〇「ナイフを失われた思い出の中に」
〇「綱渡りの成功例」
となる。
表題作「真実の10メートル手前」では、大刀洗万智は東洋新聞の記者として登場する。
大刀洗は、ベンチャー企業「フューチャーステア」の経営破綻にともない、失踪した社長の妹であり広報担当の真理の行方を追う。
大刀洗が真理を追うことになったのは、真理の妹の弓美(ゆみ)から、真理との電話の様子がおかしいから探してほしいと頼まれたからであった。
弓美から電話の会話データをもらった大刀洗は、その短い記録から真理の居場所を推理する。
誰よりも先に真理の居場所を突き止めた太刀洗であったが、真理が乗っている車まで10メートルに近づいた時、車の窓枠に目張りがしてあるのに気がつく。
残りの5作品では、電車の人身事故、高校生の男女の心中、老人の孤独死、16歳の少年による殺人事件、未曽有の大雨による災害といった事件をもとに、大刀洗がその裏に隠された真実をあばいていく。
報道の在り方を考えさせられる作品
前作であり、同じ〈ベルーフ>シリーズの『王とサーカス』でもそうでしたが、報道とはどうあるべきかということをとても考えさせられる一冊になります。
主人公である大刀洗万智は、社会人になり、表題作でもある「真実の10メートル手前」では新聞記者となっています。
とあることがきっかけで新聞社を辞め、フリーの記者に。
そのあたりの理由は『王とサーカス』を参照。
そしてフリーの記者になって、最初の大きな出来事としての『王とサーカス』。
ここで大刀洗は自分自身の記者としての信念を見つけ出します。
『真実の10メートル手前』では、フリーになったばかりのころから、それなりに経験を積んできた大刀洗がみられ、その信念が変わらずに根底にあることがわかって読者としてもうれしく感じますね。
そして、報道とはなにか、記者の役割とはなにかと考えさせられる。
大刀洗は、一見淡々とした様子もあり、真実を暴きたてようとする情のない記者のように見える場面もあります。
でも、ただ真実を暴くだけではない、読者が望む結果を暴きたてるだけではない。
「名を刻む死」でも「綱渡りの成功例」でも、そこにはその事件で心を痛めている人への優しさがにじみ出ています。
なぜ自分は真実を突き止めるのか、そこには仕事だからとか、売れるものを書くためだとか、名声を得るためというものではなく、誰よりも人間らしい行動理念があるように感じます。
なぜ大刀洗のような記者が見当たらないのか
大刀洗のような人を思いやる記者ばかりだと、もっと新聞もワイドショーも暖かいものになるのかなと思います。
実際にはそういう記者もいるのだと思います。
でも、新聞も週刊誌もワイドショーも、誰かを責め立て、人の揚げ足を取るような内容がとても多いですよね。
なぜなんだろうとふと考えてみると、やはりそれが一番わかりやすくて、読者視聴者の印象にも残るし、批判することは何よりも簡単だからだろうなと感じます。
ワイドショーが批判ばかりでうんざりと思いながらも、ついつい見てしまう自分もいます。
そしてそういうのが好きな人と言うのはとても多い。
どこか自身の生活での不満のはけ口を求めているのかもしれません。
政治家の汚職事件を見れば、「とんでもないことだ!」と簡単に憤れますよね。
それが自分の生活にどうも影響しなくても、不満をいうことでどこか気持ちを安定させているのかなとも。
ただ、だからといってそんな報道や記事ばかりでいいとは思えないですし、もっと前向きなものがほしいなと思います。
読むならぜひ『さよなら妖精』を先に!
もしこれから『真実の10メートル手前』を読もうという人ならば、ぜひ『さよなら妖精』を先に読んでほしいなと思います。
その方が絶対に『真実の10メートル手前』を楽しめます。
もっといえば、『さよなら妖精』→『王とサーカス』→『真実の10メートル手前』と読んでいくのがいいですね。
というのも、『さよなら妖精』が大刀洗の人生の選択のきっかけとなった事件であり、『王とサーカス』がその人生に意味を持たせた話になるからです。
その背景を知った上で『真実の10メートル手前』を読むとより深く内容が入ってきます。
また、「正義漢」や「ナイフを失われた思い出の中に」では、どちらも『さよなら妖精』の関係者が登場します。
読んでなくても十分楽しめる内容ですが、知っているとより楽しめることまちがいなしです。
おわりに
〈ベルーフ>シリーズの第2作目、『さよなら妖精』から数えれば3作目にあたる『真実の10メートル手前』。
読むことで自分自身の報道の見方だけでなく、ふだんのうわさ話や、職場内での不平不満、他人のことを話す場面なんかも、
「このままでいいのかな」
という気持ちにさせられます。
単純に小説としておもしろいだけでなく、読者に学びや気づきを与えてくれるから米澤穂信さん作品は好きだなーと思いますね。
米澤穂信さんはほかにもおもしろい作品が多いので、また手に取って読んでもらえたらと思います。
個人的に一番好きなのは『儚い羊たちの祝宴』です。