〈古典部〉シリーズ

米澤穂信の『クドリャフカの順番』書評とあらすじ

「頑張ればなんとかなる保証は確かにありませんが、頑張らなければなんともならないことは保証できると思います」
(米澤穂信『クドリャフカの順番』(限りなく積まれた例のあれ)より)

名言だなぁと思いつつも、そんな言葉が出てくる状況にはなりたくない今日この頃。

このシリーズの書評もようやく3冊目。

今回紹介するのは、米澤穂信さんの『クドリャフカの順番』です!

〈古典部〉シリーズの第3作目で、物語はついに文化祭に突入します。

初めて古典部メンバー4人の視点から別々に物語を進めていきます。

これがなかなか新鮮でした。

今回もいたるところに別の作家さんの作品名やそれを匂わすものが出てくるのでそちらもとても気になっています。

ページ数も文庫本で392ページと、過去2作品よりもかなりボリュームアップし読み応え十分!

あらすじにネタバレ含みますのでこれから読もうと思っている人は引き返しましょう。

Contents

『クドリャフカの順番』のあらすじ

眠れない夜

明日は神山高校文化祭。

古典部メンバーの奉太郎、千反田、里志、伊原の4人はそれぞれ眠れない夜を過ごす。

眠れない理由は4人それぞれだが、大きな原因は共通。

古典部の部室に山と積まれた「あれ」。

文化祭前夜を様々な思いで過ごす。

限りなく積まれた例のあれ

文化祭当日、神山高校へと向かう4人。

文化祭を楽しみつくす気満々の里志。

漫研の方に顔を出さなければいけないことを憂鬱に思う伊原。

そして、古典部の部室で山と積まれた「あれ」を前にため息がでる奉太郎と千反田。

古典部の文集【氷菓】。

本来、30部を作製・販売する予定だったが、業者の発注取り違えで200部が納品されることになった。

売るためにはどうすればいいかと頭を悩ます古典部メンバー。

古典部は知名度がない上に、立地が悪く部室までくる人が少ないことが予想される。

そこで、もっと目立つところに新しい売り場を作ること、古典部の名前を宣伝することを方針として動くことに決まる。

 

文化祭のオープニングセレモニーとともにそれぞれが動き出す。

千反田は売り場交渉や宣伝のために、総務委員や壁新聞部へ。

しかし交渉が苦手な千反田、当日ということもあり難色を示される。

壁新聞部からはおもしろいネタがあるなら載せてもいいとすげなく追い返されてしまう。

里志は、自分が楽しむことと、古典部の宣伝を兼ねて、クイズ大会に出場。

決勝まで残り、古典部のアピールに成功。

 

一方伊原は、漫研の方に参加していたが、内部分裂中の漫研は雰囲気が最悪。

漫画を描きたい派閥の中心と思われている伊原は、対立の矢面に立たされて苦悩する。

対立派閥のリーダー河内先輩が、主観次第でどんな作品も名作にも駄作にもなりうる、ならばそれに評価をつけること自体が無意味どころか有害であると主張。

それに反発した伊原は、自分が自信をもって名作だといえる1冊を明日持ってくると約束する。

それは昨年度の文化祭で販売されていた『夕べには骸に』という漫画であった。

 

それぞれが奔走する文化祭1日目。

そんななか千反田の興味を引くような「気になる事件」が起きていた。

千反田が占い研究会に行った際に、タロットカードから1枚のカードが抜きとられ、犯行声明として、

占い研究会から 運命の輪は既に失われた

十文字

というグリーディングカードと『カンヤ祭の歩き方』が残されていたのだった。

クイズ大会に参加していた里志も同様に、囲碁部から碁石が盗まれ犯行声明が出されていたことを知る。

こうして文化祭の1日目は終了。

文集【氷菓】の売り上げ13部。

残り177部。

「十文字」事件

文化祭の2日目。

『夕べには骸に』を漫研に持っていくと約束した伊原であったが、誤って実家に送ってしまっていた。

漫研で正直になかったことを告げる伊原に対して、対立派閥の部員たちは勝ち誇った態度を取るが、河内先輩はかわりにポスターを描くのを手伝うようにいうだけであった。

かくして伊原の文化祭の2日目はポスター作りから始まった。

 

2日目も大いに楽しみたい里志は総務委員に顔を出すと、田名辺委員長からなにか面白い話はあったかと聞かれる。

囲碁部から碁石が盗まれ犯行声明が残されていたことを伝えると、田名辺委員長もまた、アカペラ部でもドリンクが盗まれる似たような事件があったことを告げる。

 

千反田も朝から文集を売るために奔走。

2-F組で受付をしていた入須先輩にアドバイスを求めると、20部売る手伝いをしてくれることになった。

その際に入須から、千反田は頼み方、交渉が下手であるといわれ、交渉の基本を教わることになる。

 

午前の11時半。

この日の大きなイベントの一つであるお料理研究会の主催する料理対決!

3人一組のこのイベントに古典部は、里志、千反田、伊原の3人で参加することにしていた。

1人目が食材を確保したのち、その食材を使って3人それぞれが1品以上の料理を作り、その出来栄えを競うという料理対決。

伊原が遅刻をしたり、千反田が食材を使い切りそうになったりとトラブルはあったものの、無事に料理対決をやり遂げ、優勝を果たしたチーム古典部。

しかし、お料理研でも、おたまが行方不明になるという事件が起きていた。

お料理研究会から おたまは既に失われた

十文字

というカードとともに。

 

文集販売のことを思って、ずっとガマンをしていた千反田であったが、

「文化祭に乗じてこんなことをするのは誰なのか。どうして十文字さんの名前を騙るのか。どうして次々に盗むのか……」

「わたし、気になります」

(米澤穂信『クドリャフカの順番』(「十文字」事件)P194より)

面倒を嫌う奉太郎はそんなことをしている場合ではないとさとそうとするが、里志は、この「十文字」事件をきっかけに古典部を売り込もうと提案する。

乗り気でない奉太郎であったが、「十文字」事件の話を聞くうちにある法則に気づく。

それは、物を盗まれた部活と盗まれたものがあいうえお順になっているということであった。

そして、「十文字」という署名。

当初、「じゅうもんじ」と考えていたが、「じゅうもじ」と読めば、「あ」から始まり、「こ」で「十文字」の犯行は終わるのではないかと推測。

最後がもし古典部になればそれは古典部を売り込む絶好の機会になる。

かくして、古典部メンバーは「十文字」事件を追うこととなった。

しかし、そうしている間にも、「壁新聞部」からは「カッターナイフ」が、「奇術部」からは「キャンドル」が盗まれていた。

 

一方、伊原の所属する漫研はあいかわらず険悪なムード。

休憩のために屋上で涼んでいた伊原に、漫研部長の湯浅が声をかける。

「変なことになってごめん」と。

そして、そこで『夕べには骸に』の原作者は安城春奈といいすでに転校をしてしまったこと、春奈と河内は友人であったことを知る。

 

文集【氷菓】残り141部。

再び、眠れない夜

文化祭2日目の夜。

この2日間を振り返り、そして3日目に思いを馳せ、古典部メンバーそれぞれの眠れない夜。

独白というか心情の吐露というか、多くのことに感情が揺さぶられながら自分の気持ちに触れる場面。

クドリャフカの順番

文化祭3日目。

壁新聞部の号外により、「十文字」事件は神山高校文化祭のトップニュースとなった。

2日目の最後に「奇術部」から「キャンドル」が盗まれていたため、3日目の最初は「く」から始まる部活では?

神山高校で「く」から始まる部活はすでにイベントを終えている「クイズ研究会」と「グローバルアクトクラブ」。

「グローバルアクトクラブ」の展示室には朝から自称探偵たちが集合していた。

しかしそんな自称探偵たちをあざ笑うかのように、「十文字」は、「軽音部」から「弦」を盗んでいたのであった。

 

古典部部室で【氷菓】の店番をしている奉太郎。

少し席を外している隙に、姉の供恵があらわれ、置いてあったブローチと引き換えに『夕べには骸に』という同人誌を置いていく。

「これがヒマツブシになるかどうかは、あんた次第だね」

という意味深なメモとともに。

『夕べには骸に』を見た千反田は、この同人誌と同じ絵をポスターで見たという。

千反田は途中で合流した伊原とともに、ポスターを確認に行くと、総務委員長の田名辺からそれを描いたのは会長の陸山宗芳だと教わる。

「十文字」事件、『カンヤ祭の歩き方』、残されたグリーディングカード、『夕べには骸に』。

奉太郎は里志と話しながら自身の考えを整理しようとする。

なぜ十文字は10の部活から盗むのか。

なぜグリーディングカードには盗んだではなく失われたと記されているのか。

なぜ「く」を飛ばして「け」にいったのか。

疑問点を上げながら奉太郎は、前年の文化祭で販売されていた『夕べには骸に』のあとがきに注目をする。

そこには、来年の文化祭に向けて、アガサクリスティの作品をひねった『クドリャフカの順番』を準備しているとあった。

今回の「十文字」事件は、『夕べには骸に』で予告されていたのか。

情報を整理しながらもいまだ結論は出ない。

 

放送部のお昼の放送にゲスト出演することになった千反田。

入須の教えを思い返しながら一生懸命放送にのぞむ。

十文字の最後の「こ」に該当する「古典部」で「校了原稿」を準備したこと、十文字を捕まえるために協力してほしいことを伝える。

放送は無事に終了。

放送部の部長からもよいできであったといわれ、千反田自身もいうべきことはいうことができた。

しかし、千反田には心に引っ掛かりが残る。

それがなんなのか千反田にはまだわからなかった。

 

放送のかいもあって午後の古典部は満員御礼。

十文字を捕まえようという人たち、そのやじ馬たちでごった返していた。

文集【氷菓】もみるみると売れていく。

一向に現れない十文字に野次馬たちが不満の声を上げ始めたとき、突如光が閃く。

それまで何事もなかった校了原稿が火を噴いていた。

すぐに火は消えたものの、校了原稿には大きな焦げ穴ができ、室内には犯行声明とカンヤ祭の歩き方が残されていたのであった。

 

文化祭も終焉に近づき、それぞれが3日間を振り返り、想いにふける。

ある者は自分のあり方を再確認し、あるものは自分のいたらなさに涙をする。

それはよくも悪くも自分と向き合う時間となった。

そして打ち上げへ

文化祭を乗り切り、200部あった文集【氷菓】も残ったのはわずか5部。

最後にもう一部ずつみんなで購入し無事に完売!

古典部メンバーは千反田宅で文化祭の打ち上げへ!

4人の視点からの物語

〈古典部〉シリーズ第3巻『クドリャフカの順番』の大きな特徴は、4人それぞれの視点から物語が進むということ。

奉太郎視点のこれまでの作品の方も一貫性があって好きですが、4人の視点というのも新鮮でおもしろいです。

いつもまっすぐで芯がしっかりしてそうな千反田。

明るくおちゃらけて見える里志。

まじめで正義感たっぷりの伊原。

でも、奉太郎の視点だけではわからないそれぞれの心情が吐露されており、意外な一面や個々人への理解も深まります。

わらしべ長者・奉太郎?

『クドリャフカの順番』の中での遊び心というかこういう要素はとても好き。

わらしべ長者は聞いたことありますか?

わらしべ長者とは、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』に原点のある日本のおとぎ話のひとつです。

物語はいたって簡単。

とある貧乏人が、「わら」を交換するところから始まり、次々に交換したものを交換していき、最後には大金持ちになるという話です。

それと同じように奉太郎も物語の中で次々に物を交換していき、それが重要な役割をにないます。

スタートは、姉の供恵からもらった先が壊れている万年筆。

万年筆⇒安全ピンのついたワッペン(ファッションショーに出るために飾りとして万年筆がほしかった)

ワッペン⇒水鉄砲(男子生徒のファスナーが壊れているのを安全ピンで止めたお返し)

水鉄砲⇒ビスケットと小麦粉(訪問販売の製菓研究会が水鉄砲を欲しがったため)

小麦粉⇒ハート形のブローチ(料理対決で伊原が小麦粉を使用)

ブローチ⇒『クドリャフカの順番』(勝手に姉・供恵が交換していった)

こうして最後に手に入れた『クドリャフカの順番』が事件の真相を明かすカギとなります。

様々な意味をもたせた【期待】という言葉

本作『クドリャフカの順番』には【期待】という言葉が何度も出てきます。

でも使う人や場面によって意味が変わる【期待】という言葉。

【期待】について本作で特に言及しているのは、

〇入須冬美が千反田に、他人を動かす方法を伝授するシーン(「十文字」事件)

〇里志が伊原に、【期待】について語るシーン(クドリャフカの順番)

の二つになります。

前者は、文集【氷菓】を売りたいけれど、他人への頼み方が苦手な千反田に入須が初歩的な技術として伝授をします。

「初歩的なのは『期待』だろう。いいか。相手に『自分に頼る他にこいつには方法がない』と思わせることだ。自分は唯一無二の期待をかけられている、と感じた人間は、実に簡単に尽くしてくれる。自己犠牲さえ厭わないことも、珍しくない。相手に期待するんだ。ふりだけでいい」

(米澤穂信『クドリャフカの順番』(「十文字」事件)P149より)

これは技術としての期待の持ち方、見せ方ですね。

後者については、「十文字」事件をめぐって、里志のクラスメートの谷くんが、里志に対して何度も「期待してるよ」というのを、里志は「あれは期待ではない」と伊原に語ります。

「どうも彼はね。期待って言葉を軽々しく使いすぎる」

「自分に自信があるときは、期待なんて言葉を出しちゃあいけない」

「なんでも『広辞苑』によればって書き出しは紋切型の一つなんだってね。じゃあ僕は、広辞苑にどう書いてあるかは知らないけど、と言おうかな。広辞苑にどう書いてあるかは知らないけどね、摩耶花。期待っていうのは、諦めから出る言葉なんだよ」

「時間的にとか資力的にとか、能力的にとか、及ばない諦めが期待になるんだよ。ネルソンが、英国は諸君がその義務を果たすことを期待するっていう旗を掲げたとき、ネルソンは自分一人でフランスに勝てるとは思っていなかった。期待ってのは、そうせざるを得ないどうしようもなさを含んでいなきゃどうにも空々しいよ。谷君は僕に、期待なんかしてなかった。自分にもできると思っていて、そんなこと言うもんか」

(米澤穂信『クドリャフカの順番』(クドリャフカの順番)P346より)

そして里志は、奉太郎に期待をした。

そのときの里志の心情はどんなものだったのか。

自分にはできないけれど、それが親友である奉太郎にはできる……なかなか苦いものがありますよね。

私たちも【期待】という言葉をよく使います。

それは家族に対してもそうですし、職場の後輩や部下にも使ってしまいます。

そこにどれほどの、どんな意味の【期待】が込められていたのかと考えさせられます。

天才と凡人。人との差を知ったとき

『クドリャフカの順番』の中では、自身の能力や才能を他人と比較してしまうシーンが印象的です。

里志は、目の前の情報から問題解決へと導くことのできる奉太郎を。

伊原は、自分の漫画の不出来具合を噛み締めて。

河内先輩は、友人であった『夕べには骸に』の原作者安城春奈に。

田名辺は、初めての漫画で才能を見せた陸山に。

他人と比較する必要はない、自分は自分なんていう人もいるけれど、実際にそう思って行動ができる人はまれ。

やっぱり人間だから比較してしまうし、自分が劣っていることを感じるとへこむしくやしい。

私も自分ってものに自信を持って生きることができれば、比較なんてしないのだろうけど、それって難しいなと思います。

でもその葛藤があるからそこからの成長もある。

『クドリャフカの順番』に関わる名作

本作でも、ほかの有名作品に言及されています。

『クドリャフカの順番』のもととなった作品として、アガサクリスティの『ABC殺人事件』。

これは、Aから始まる場所でAのつく人物が殺されるという連続殺人事件の話です。

米澤穂信さんの作品は、こうした名作にちなんださくひんであったり、作中に名作のタイトルが頻繁に出てきます。

そこから派生して実際に読んでみるのも楽しみの一つです。

私も『インシテミル』を読んだ後は、『まだらの紐』が読んでみたくなりシャーロックホームズを購入したものです。

おわりに

〈古典部〉シリーズの第3巻『クドリャフカの順番』も期待を裏切らないおもしろさでした。

視点がころころ変わりますが、かといって読みにくいわけではないのも、米澤穂信さんの上手さだなと感じます。

個人的にはこれまでの一人視点の方が好きですけど。

『クドリャフカの順番』では、上記したように自分自身を振り返らされる要素が多くて単純な物語のおもしろさ以上に満足できます。

そのほかの〈古典部〉シリーズとあわせてぜひ一読を。