高校生3年生というと、家族、将来、恋愛と様々な葛藤を抱える年代。
その時期、特有のもどかしさやエネルギーって、大人になると不思議に感じるものがあります。
今回紹介するのは、関口尚さんの『プリズムの夏』です。
第15回小説すばる新人賞受賞作となり、この作品で作家デビューとなっています。
関口尚さんというと、『パコと魔法の絵本』が有名ですね。
Contents
『プリズムの夏』のあらすじ
映画鑑賞が好きな植野と今井は、頻繁に二人で映画を見に行っていた。
ある日、二人の行きつけの映画館で、映画を楽しんでいると、突然、トラブルによって映画が中断してしまう。
売り場の女性から、しばらくしたら再開するとの説明があったが、その接客態度に腹を立てた今井が文句を言うと憤り、植野もしかたなく一緒についていくことに。
そこで出会った女性が松下さんであった。
二人は不愛想でそっけない態度の松下さんのことが気になりだす。
その日から、二人は頻繁に松下さんのいる映画館に通い、親交を深めようとするのであった。
一方で、植野は映画の評論サイトを運営していた今井から、『アンアンのシネマ通信』というサイトの『やめていく日記』がおもしろいと紹介される。
いろんなことをやめていくアンアンの日記を読んでいくと、アンアンがうつ病で自傷癖があることや、交際相手とうまくいっていないことがわかってきた。
植野はあるとき、このアンアンが想いを寄せている松下さんではないかと疑い始める。
死に向かって進む日記を読みながら、もし本当に松下さんなら何とかして助けたいという思いを強くしていく。
すごく青春を感じる小説
『プリズムの夏』を読んでまず思うのは、
「これこそ青春だなぁ」
ということ。
高校三年生の植野と今井。
大学受験に向けて勉強に励むかたわら、松下さんという魅力的な女性があらわれ、気になってしかたがない。
いつも間にやら植野くんの頭の中は松下さんのことでいっぱい。
でも、松下さんはもしかしたら、『やめていく日記』を書いている人なのでは?
いったい自分はどうしたらと葛藤するところも17歳、18歳の若者特有のものなのかなと感じます。
今井くんは今井くんで、家族に問題を抱えています。
リストラにあって精神疾患をわずらった父親と、それに疲弊していく母親。
小さいときから続けていた琴もこれから辞めなくてはいけなく、大学受験もできるかわからない。
将来を決める大事な時期に、悩みながらも自分で決断する姿に、子どもから一歩大人へと成長したのだなと。
ハッピーエンドというわけではないけれど、それぞれが自分の中の葛藤を打ち破って、前へ進んでいくところとか良い読了感を与えてくれる小説でした。
憧れと現実
『プリズムの夏』では、植野くんも今井くんも年上の松下さんに憧れを抱きます。
でも、読んでいけばわかるように、松下さんはそんなに強い女性ではない。
映画館で今井くんからクレームを入れられたときも、淡々とした様子でありながら、実は手が震えていたのを植野くんは見ていました。
街中で二人から声をかけられたときも、少し怯えたような姿を見せています。
17歳、18歳からすると、20代前半の女性ってすごく大人に見えますよね。
私も若い頃はそう感じていたと思います。
いざ大人になってみると、なんということはない。
30歳を超えたって自分って子どもだなと思わされることばかりです。
そんな松下さんに憧れを持ち、独自のフィルターがかけて見ていた植野くんですが、『やめていく日記』のアンアンが松下さんだと疑い始め、ふだん目にしている松下さんとの違いに戸惑います。
でもその戸惑いも乗り越えて、松下さんという一人の女性をしっかりと見つめて、最後に行動を起こす。
植野くんのそんな心の成長がまた好ましかったです。
家族と自分の将来
『プリズムの夏』では、恋愛もさることながら、将来と家族の問題も取り上げられています。
なんでもそつなくこなして、周囲からも人気のある今井くん。
でも今井くんの家庭はこのときとても大変な状態でした。
父親がリストラに合って精神疾患を患う。
母親はそんな父親の相手をして疲弊。
父親が母親と口論になって車で飛び出していくと、今井くんはそのあとを自転車で追いかけます。
海辺で佇む父親を、万が一が起きないように近くで見守る。
それをしかたがないことだと飲み込む今井くん。
これは誰が悪いわけでもないことですが、高校生なら、父親には父親としていてほしい。
でも、そうはならない現状が目の前には広がっている。
今井くんは、ふつうだったら、「だめな父親」と言い捨ててもいいところを寄り添い一人の人間として接しているようにも感じます。
また、家庭がそんな状況のため、大学進学ができるかわからない。
そんなところから植野くんと二人でバイトも始めます。
でも、それだけでは足りない。
幼少期から大好きで続けていた琴も諦めるしかないという状況に追い込まれます。
自分の夢ややりたいこと。
それを捨て去る、諦めるというのはとても苦しく、選択したくないことです。
そこに至る葛藤や決断というのも、本書の楽しめるポイントだと思います。
おわりに
『プリズムの夏』は第15回小説すばる新人賞の受賞作なので、2002年の作品になります。
今と時代的な違いはいろいろと感じるところもありますが、それでも十分今でも楽しめ、考えさせられる作品です。
いつのまにやら私も子どもを持つ親になったので、こういう小説を読むと、
「子どもが高校生になったときどんなことを感じるのだろうか」
などとつい想像をしてしまいます。
植野くんや今井くんのように、目の前の現実に負けずにそこからあがいて乗り越えていく強さを持てる、そんな人になってほしいと感じます。