町田そのこ

今いる場所から一歩踏み出す勇気をくれる。町田そのこ『あなたはここにいなくとも』

人生の中で重要な場面というのが誰にでもあります。

特に恋愛ってその影響がとても大きいですね。

この恋を続けていいのか、この人と結婚をしていいのか。

分岐点に差し掛かったとき、あなたはどんな選択をしますか。

今回読んだのは、町田そのこさんの『あなたはここにいなくとも』です!

恋愛、家族、生き方。

様々なテーマを感じられる短編集になります。

自分のいまの生き方に疑問を持ったとき、それでもいまの生き方を変えられない、そんな人におすすめの一冊です。

ここでは、『あなたはここにいなくとも』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『あなたはここにいなくとも』のあらすじ

〇おつやのよる

〇ばばあのマーチ

〇入道雲が生まれるころ

〇くろい穴

〇先を生く人

清陽(きよい)には結婚を考えている恋人がいた。

しかし、彼を家族に会わせることはしたくない。

そんなときに、清陽のもとに祖母が亡くなったとの連絡が届く。

香子は街外れのお菓子工場で働いていた。

恋人の浩昭は、先の見えない仕事を辞めてまともな仕事を探すように要求する。

だが、香子は、大学卒業後に入社した会社でいじめに会い、対人恐怖症をわずらうようになっていた。

そんなある日、香子は、周囲からばばあと呼ばれる老婆が、庭先にコップや皿を並べて箸でたたくという一人オーケストラに遭遇する。

萌子は、急に人間関係をリセットしたくなるリセット症候群である。

仕事も住む場所も、それまでに気づいた人間関係も、すべてを捨てて、数年おきに転々としていた。

ある日、恋人からプロポーズを受けて、その翌日、別れの置き手紙だけを残して、恋人の家から逃げ去ってしまう。

 

人生に迷う五人の女性たちが、悩み、苦しみながらも、新しい生き方を模索する。

自分を育てた家族というもの

家族って誰にとっても大きな存在だと思います。

育った家によって、生き方も考え方も変わると思うし、それこそ常識だって違う。

「おつやのよる」の主人公である清陽は、家族の常識が世間とずれていることを嘆いています。

きっかけは小学生の頃、我が家のごちそうを言い合うときに、清陽はすき焼きだと答えます。

すき焼き自体はいいですよね、ごちそうって感じがします。

でも、清陽の家では、すき焼きの具は牛肉ではなく、鶏肉だった。

そのことで周囲からからかわれて、清陽は、自分の家が少しずれているって気づいていきます。

たしかに小さいときのことを思い返していくと、私の実家と友達の家とではいろんなことが違ったんですよね。

いまではそれがあたり前のことだってわかるんですが、その頃ってそれが不思議でしかたなかったことも。

うちはうち、よそはよそ。

なんてよく言いますよね。

個人的にはすごく嫌な言葉でした。

それでも、自分を形作ってくれた家族には、いまは感謝ばかり。

結婚して、別の家庭で生まれ育った人と、新しい家庭を作って。

そうすると、それは出てくる常識の違い。

トマトは皮を湯剥きして食べるかどうか。

家に帰ったら家用の靴下に履き替えるかどうか。

洗濯の仕方だとか、おかずが大皿で出るか小皿で出るかとか、細かいことをあげるといくらでもあります。

自分からしても、相手からしても、驚きの常識ってたくさんあるんですよね。

でもそれって別に恥ずかしいことではない。

そういう文化もあったのだってだけで。

だからそこから二人で新しい形をすり合わせて築いていけばいいんだろうなと。

新しい自分を構築する五編

「入道雲が生まれるころ」のリセット症候群。

すごくわからなくはないですよね。

生きていればどんどん自分の体にまとわりついてくるしがらみやらなんやら。

それらを全部捨て去って、なにもないところに行ったら、それは開放的で自由かもしれない。

ほとんどの人は、そんなことはせずにいまいる場所に踏みとどまって生きていきます。

自分にはそんなことできないし、家族もいて、逃げ出すみたいで無責任。

でも、逆にそういう生き方しかできない人もいるんだと思います。

自由で、ふわふわとして、ちょっとかっこよくも見える生き方。

その中で、もし大切ななにかができたなら、それを大事にできる気持ちをもってほしい。

そこを軸に新しい自分を構築していく。

『あなたはここにいなくても』って、どの話も、新しい自分に生まれ変わる話なんですよね。

いまの自分にどこかこのままでいいのかなという思いがあって。

でも、それって自分一人じゃなかなか乗り越えていくことができなくて。

そこに誰かの助けや支えがあって、一歩踏み出す勇気を持つことができる。

私にとってのそんな存在はやっぱりいたように思うし、いつかは誰かにとってのそんな人に自分がなってみたいとも思う。

人生の分岐点なんて、実はどこにでも転がっているんですよね。

それに気づくのか気づかないのか。

気づいたときにその手でつかむことができるのかどうか。

この本を読むと、その一歩を踏み出したいという気持ちも生まれてきます。

おわりに

『あなたはここにいなくとも』はいずれも恋愛を軸に置いて、人の変わっていく姿を描いています。

ちょっと苦しい恋もありながら、優しいタッチで私たちに気づきを与えてくれる。

『宙ごはん』や『うつくしが丘の不幸の家』でもそうでしたが、町田そのこさんの話って、やっぱりどこか優しさがあふれているのかなって。

大変な生き方をしていても、そこには救いがあって、未来がある。

読者にも勇気をくれる作品だったと思います。