伊坂幸太郎

伊坂幸太郎『あるキング』”王”とはどんな存在か。シェイクスピアの『マクベス』を題材とした物語。

これまでの作品とは一風変わった雰囲気の小説になっています。

それでも伊坂さんの文章の巧みさというのは、読者をどきりとさせます。

今回紹介するのは伊坂幸太郎さんの『あるキング』です。

シェイクスピアの『マクベス』を題材として書かれた作品になります。

読むのならまずは『マクベス』がどんな話か知ってからの方がより『あるキング』を楽しめるかなと思います。

Contents

『あるキング』のあらすじ

仙醍キングスは仙醍市に本拠地を置き製薬会社「服部製菓」が運営しているプロ野球チーム。

球団創設以来1度も日本一になったことがないどころか、毎年最下位があたり前。

選手ものんびり自由に野球を楽しんでいて、監督でさえ、野球って勝つことが目的なの?と記者に聞いてしまうほど。

そんな仙醍キングスに、球界屈指のスラッガーである南雲慎平太が所属していた。

様々なタイトル争いに参加していて、ほかのチームに入れば、もっと成績を残していただろうと言われていた。

南雲はなぜか仙醍キングスに最後まで所属していた。

FAの権利を得てもそれを使わず、監督やチームメイトが、権利の意味を説明したり、FAを使うように説得するほどに仙醍キングスにいるのはもったいないと思われていた。

現役引退後も南雲は、監督としてチームの指揮を執る。

しかしそれでも万年Bクラスの状態が続き、成績不振の責任を取るという形で辞任を表明する。

シーズン最終戦、南雲の監督としての最後の試合中に、バッターの打った球がベンチに飛んできて、避けた拍子に転倒した南雲は、頭を強打して帰らぬ人となった。

南雲この世を去ったその日、仙醍市内の個人経営の産婦人科医院である男児が誕生した。

それが熱狂的な仙醍キングスファンの両親を持って生まれた山田王求であった。

両親による野球の英才教育を受けた王求は、人並外れた才能を持って、頭角を現していく。

しかし、圧倒的な力を持った王求であったが、その天才ぶりから、周囲からは逆に遠ざけられ、孤独の中にいた。

ただ野球にのみ真摯に向き合う王求と、周囲の思惑や感情が入り混じったとき、物語は思わぬ方向へと進んでいく。

一風変わった野球の小説

野球を題材とした小説も漫画も世の中にはたくさんあふれています。

そうした小説でも漫画でも、一人の圧倒的な才能をもった人物が主人公であると、弱小であったり、問題を抱えているチームを立て直し、時には引っ張り、勝利へと導いていくのが定番ですね。

しかし、伊坂幸太郎さんの『あるキング』は、そんな当たり前の展開を通ることなく、独自の路線をひた走っていきます。

強すぎる力はときに疎まれる。

小学校のリトルリーグでは、王求が打席に立つと簡単にホームランを打ってしまう。

本来であればそれを喜ぶチームメイトだけど、「王求がいるとつまらない」と陰口をたたかれる。

両親も異常で、それだけ打つ王求だから敬遠されることがとても多い。

それでは王求のためにならないと相手の監督にお金を払って勝負をしてもらおうとする。

ものすごい選手がいるとうわさになれば、がらの悪い先輩からも目をつけられて暴力を振るわれる。

それでも、野球を続けていければいいのに、とある問題によって高校も退学することになってしまう。

これだけ読んでも、通常の野球の物語ではないなというのがよくわかると思います。

シェイクスピアの『マクベス』とは

『マクベス』とは、1606年頃に成立したウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲です。

『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』と並ぶシェイクスピアの四大悲劇の1つですね。

勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベス。

が妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐えきれず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れる。

3人の魔女から自分がスコットランドの王になるという予言を与えられ、妻とはかって主君であるダンカンをその手で殺害して予言通り王になります。

しかしその王座を誰かに脅かされるのではないかと、内面にも外面にも重圧を受け、それに耐えきれずに暴政を敷くことになります。

そして最後には貴族や王子たちの復讐によって倒れるというストーリーです。

選択をせまる3人の黒い魔女

『マクベス』と同様に、『あるキング』には3人の黒い服を着た魔女が登場します。

『マクベス』では魔女によってマクベスは王になると予言され、それを実行します。

『あるキング』では、王求の周りにいる人たちのところに現れてなにかをささやいていきます。

この魔女がどうにも不思議な存在なんですね。

王求の周囲にいる人たちが感情を高ぶらせたり、何かに葛藤するときにすっと現れてささやいていく。

それは助言のようにも聞こえれば、そそのかしているようにも聞こえる。

この魔女たちが出てくるのはいつも王求にとって人生の分岐点ともいえる大事な瞬間です。

もしもこの魔女の存在がなければ、王求はもしかしたら王道の輝かしい野球人生を歩んでいたのかもしれませんね。

この魔女というのは、私たちの側にもいるのかなという気持ちにもなります。

よく葛藤していることを、天使と悪魔でそのときの気持ちを表したりもしますよね。

それと同じように実は近くにいて、人生の重要な局面で私たちに選択を迫るのかもしれません。

孤立した王・愚直すぎる王求。

伊坂幸太郎さんの小説って、個性豊かな登場人物が次から次へと物語を展開していきます。

でも、『あるキング』の主人公である山田王求はちょっと違う。

個性的ではあるけれど、すごく淡々としていて、感情をあらわにすることもなく、ひたすら野球だけを考えて生きている。

数少ない友人との場面では、ちょっと人間らしいところも見せますが、それ以外は愚直なまでにそのすべてを野球にかけているような男です。

だから人付き合いも下手だし、周りも近づこうとしない。

王求は孤立していましたが、それにはいくつかの要因があります。

圧倒的な才能と実力から周囲がついていけなくなったこと。

あまりに愚直な生き方であったこと。

王求自身も野球一筋で周囲を省みることができなかったこと。

人は才能ある人をすごいとほめたたえる反面、自分たちと同じような人間を好むのかなと思います。

よく出る杭は打たれるなんて言葉があるように、突出した人間ってのはやっかみの対象となったり、自分たちとは違う人種だといわれたりします。

その在り方はどんなのかなとも思いますが、その中でうまく生きていくことが今は求められています。

ただ、中学時代だけはちょっと違いました。

王求の友人が、王求みたいになりたい!と必死になって一緒に野球をして、素人だったのにレギュラーを取るまでに成長します。

そこで初めて、同じ野球部なのに王求から距離を置いていた人たちも、自分たちも頑張らないと!と気持ちを燃やします。

難しいことですが、そうしたたった一人の味方がいるだけで、王の孤立に風穴をあけることができるのかと感じました。

おわりに

伊坂幸太郎さんの作品としてはこれまた特殊な雰囲気でした。

どきどきとかスリルとか謎解きとか、そういったものを求めて読むとちょっと物足りないものがあるかもしれません。

でも、『マクベス』との関連なんかを考えながら読んでいくと、単作で読むよりも深く感じるものがあるので、これはこれでおもしろいかなと思います。