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乾くるみ『イニシエーション・ラブ』通過儀礼の恋となるのか?

これだけ読み終わったときに、

「えっ!ちょっと待って?どういうこと?」

と思わされる小説もめずらしい。

今回紹介するのは、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』です!

タロットカードの「恋人」を題材とした〈タロウ〉シリーズの一つで、元AKB48の前田敦子さん主演で映画化されたことでも有名ですね。

芸能人にも人気の作品で、王様のブランチ等多くの番組で紹介されていました。

ここでは『イニシエーション・ラブ』のあらすじや感想を書いていきます。

Contents

『イニシエーション・ラブ』のあらすじ

SideA

友人の望月から代役で呼ばれた合コン。

鈴木はそこで出会った成岡繭子を一目見た瞬間から意識するようになる。

しかし、女性に対して積極的に出られない鈴木は、ろくに話もできずにその日はお開きとなる。

勤務先はわかっているのに、電話をかける勇気が出せない鈴木。

悶々としたまま一週間が過ぎたとき、望月から今度は合コンと同じメンバーで海水浴に行こうと誘われる。

これはチャンスと意気込んで海水浴に行くが、なかなか距離を縮められない。

そんなときマユの方から鈴木にさりげなく連絡先を教えてくれるのであった。

それからというもの鈴木はマユと連絡を取り合い、週末にデートをするようになっていく。

そして次第に「マユちゃん」「たっくん」と呼び合うようになる二人。

二人の距離はどんどん縮まり想いも高まっていく。

SideB

地元静岡の会社に就職した鈴木。

新入研修で優秀な成績を収めたことから、会社で認められ2年間、東京の本社での勤務を命じられる。

本社での勤務は42名いる新入社員のうちたった2人だけであり、エリートコースに乗ったことを意味していた。

だが鈴木は、静岡にマユを残していくことだけが気がかりであった。

東京と静岡での遠距離恋愛。

鈴木は毎週、静岡に車で帰ってくると約束をして東京へと向かう。

週に1回マユと会えることを支えに奮闘する鈴木だが、馴れない東京の生活と、毎週の静岡への往復、マユと会えない日々によって徐々に疲弊していく。

そんな中、彼の東京での生活には、石丸美弥子という見た目も仕事も完璧な女性が存在していた。

美弥子は積極的に鈴木を飲みに誘ったりとアプローチをかけてくる。

そんな生活を続ける中、マユから「生理が来ない」という事実を告げられ動揺する。

意を決して結婚しようという鈴木だったが、一瞬嬉しそうな表情を浮かべるものの、親や親戚に婚前交渉があったことを知られるわけにはいかないと拒絶するマユ。

マユとの関係に少しずつ陰りが見えてきたとき、美弥子からも想いを告げられ、断るものの心が揺らいでいく鈴木。

二人の女性の間で葛藤しながら自分の想いを確かめていく鈴木であった。

『イニシエーション・ラブ』は昭和の時代

『イニシエーション・ラブ』を読むにあたってはそれが昭和の時代を舞台にしていることを意識しないわけにはいきません。

1980年代後半。

当時は今と違って携帯電話もない、インターネットもそこまで普及していない。

連絡手段といえば家にある固定電話ですね。

電話をするときには、彼女が出ればいいけれど、父親が出るんじゃないのかとどきどきするのも、その時代ならではです。

クリスマスといえば、今はいろんなカップルが楽しむスポットも増えていましたが、当時は、クリスマス・イブをホテルで過ごすために半年前から予約が必要でした。

小説の中でテレホンカードの度数を気にする場面もありますが、今だとテレホンカードを使ったことも見たこともない人が増えてきているのだろうなと思うと、時代は変わったと思わされますね。

そんな昭和の時代を舞台にした小説…と少し意識しながら読むといいかなと思います。

再読したくなる小説

『イニシエーション・ラブ』を読んだ人の多くは、読み終わった後にもう一度小説を開いたのではないでしょうか。

この作品に対しての読了後の感想ってかなりわかれると思います。

20代の恋愛として共感する人もいれば、いろいろあったけど丸く収まったのかなと思う人。

ハッピーエンドでよかったのではという人もいるようです。

私の場合は、「怖いなー」というのがまず出てきた感想です。

これだけ意見がわかれるのは、乾くるみさんの見事な構成力によるもの。

読んでいる途中は、純粋に恋愛ものとして読んでいたのに、全部読み終わった後には、まるで別の印象を植えつけられる。

そして、これはもう一度読み返してみないといけないという気持ちにさせられます。

通過儀礼の恋

『イニシエーション・ラブ』の中で、

「イニシエーション・ラブ=通過儀礼の恋」

という表現がされています。

これは、鈴木の同僚で鈴木に好意を寄せている美弥子が、元カレである天童にかつて言われた発言からきているものです。

当時、美弥子にとって天童は、初めて恋愛をした相手で、この先これ以上に人を好きになることはないって思っていたのに結局別れることになりました。

「天童さんからは、お前にとって俺はイニシエーションだったんだって言われた。……イニシエーションって、言葉の意味、わかる?」

「イニシエーション……通過儀礼ってこと?」

「そう。子供から大人になる儀式。私たちの恋愛なんてそんなもんだよって、彼は別れ際に私にそう言ったの。初めて恋愛を経験したときには誰でも、この愛は絶対だって思い込む。絶対って言葉を使っちゃう。でも人間には――この世の中には、絶対なんてことはないんだよって、いつかわかるときがくる。それがわかるようになって初めて大人になるっていうのかな。それをわからせてくれる恋愛のことを、彼はイニシエーションって言葉で表現してたの。それを私ふうにアレンジすると――文法的には間違ってるかもしれないけど、カッコ良く言えば――イニシエーション・ラブって感じかな」

(乾くるみ『イニシエーション・ラブ』P230より)

確かに恋愛をしたときって、

「この人と将来結婚する!」

とか、

「絶対一生大切にする!」

と思うものです。

でも、実際はうまくいくことばかりではない。

些細なことでけんかすることもあれば、考え方も生き方も違って別れてしまうこともある。

そのときはその恋愛に全力でいるけれど、振り返ってみれば、そのときの恋愛が自分を成長させてくれて、今の自分がいるなんてことも。

振り返ってみると、あれはイニシエーション・ラブだったと感じる経験を持っている人も多いのだろうと思います。

つき合いながらそう思ったらそれはどうなの?と思うけれど、気づけばそういうものだったなということはありますよね。

現在、恋愛中の場合、通過儀礼なんて、あまりいい言葉ではありませんが、それくらい肩の力を抜いた方がうまくいくこともあるのかなとも感じました。

おわりに

『イニシエーション・ラブ』について、もっと深く突っ込んだ感想を書きたい。

でもそれをするとかなりネタバレになるのでそれは別記事で書こうと思います。

ここでは簡単なあらすじと、読んでも問題なさそうな感想にしてあります。

これから読もうという人は、ネタバレになるような感想は見ずに、まずは『イニシエーション・ラブ』を読んだ方がいいと思います。

恋愛小説ってたくさんあって、ハッピーエンドもあれば、報われないもの、どうしようもない別離となるものもあります。

『イニシエーション・ラブ』は、どうとでも読めるという点でもおもしろい小説だなと感じています。

読んで損はないと、心からおすすめする一冊です。