人がなにか強い感情を言葉にするとき、それはどこまで本気だと言えるのか。
思うことと、言葉にすることと、実行すること。
そこにはいずれも大きな隔たりがあるもの。
今回読んだのは、芦沢央さんの、『カインは言わなかった』です!
とあるバレエの舞台を前に主役の男性が失踪するという話です。
それなりに文章量のある作品なのですが、今回も登場人物の内面を詳細に描いたものになっています。
ここでは、『カインは言わなかった』のあらすじや感想を紹介していきます。
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『カインは言わなかった』のあらすじ
誉田規一率いる「HH(ダブルエイチ)カンパニー」。
バレエをしているものなら、誰もが一度は立ちたいと思う憧れの舞台だ。
藤谷誠は、「カインとアベル」をモチーフにした舞台の主役・カインとして抜擢される。
しかし、誠は公演3日前、恋人であるあゆ子に「カインに出られなくなった」とメッセージを残し、連絡を絶つ。
あゆ子は、誠を心配し、ルームメイトの尾上和馬や、誠の実家にも連絡を取ろうとするが、一向にその行方は判明しなかった。
一方で、誉田は、誠が舞台の練習に来なかったその日に、「カインの振りを覚えているもの」と団員に声をかけ、その中から尾上和馬にカイン役の指導を行う。
公演の初日はもうそこまでやってきていた。
誠にいったいなにが起きたのか。
「狂おしいほどに選ばれたい」
本の帯についていた言葉です。
「狂おしいほどに選ばれたい」
芸術って正直あまり私にはよくわかりません。
そこにかける情熱とか、すべてを投げうってでも至ろうとする世界とか。
それでも、『カインは言わなかった』を読んでいても、その数パーセントかもしれませんが、こんな世界があるのだと考えさせられます。
カイン役のなった誠は、ふだんの生活の一つ一つから、すべてバレエのためのもの。
食べるものだって、どんなにおいしそうなものが目の前にあっても、鶏肉にサラダだけにしていたり、恋人との時間を失っても、練習に励んだり。
そのルームメイトの尾上も、カイン役になれるかもと思うと、そのためにそれまでの自分を捨て去って一から構築していこうとします。
なんなんだろうなって、そこまで思いを寄せることができるのって。
私はどちらかというと、仕事も趣味もそこそこに楽しめればいいなと思うタイプなので、これぞって力を入れているものがありません。
このブログだって、完全趣味で、思ったことを好きに書いているだけ。
羨ましいような、それでいてその生き方はしんどそうだなと思う自分もいます。
どこでその一線を越えるのか
『カインは言わなかった』の中では、人を殺すということが一つのテーマとして出てきます。
舞台の題材となっている「アベルとカイン」。
このカインは人類で最初の殺人を犯したとされています。
だから、舞台でも、誠は人を殺す演技ができるようにと、練習中から、本物の肉に包丁を突き立てる訓練をさせられたり。
一方で、誉田のことを恨んでいる人たちも登場します。
彼らは、自分の人生をめちゃくちゃにされたり、娘を激しいレッスンのすえ、死なせてしまったりした誉田を殺したいとも思います。
でも、思うだけ。
そこから本当に殺すところには至らない。
それはそうですよね、思うことと、実際に殺人を犯すというのは、次元の違う話です。
でも、小説の冒頭でもわかるように、誰かが誰かを殺しています。
その人は、なぜその一線を踏み越えることになったのか。
それもまたこの小説の見どころなのかなと感じます。
おわりに
よく言う、生みの苦しみを描いた小説でもありました。
バレエにしても絵画にしても、ここまですべてを注ぎ込むからこそ、それだけのものが生まれるのかと。
それは小説についてもそうなのかな。
作家の先生方がどんな思いで一作一作を生み出しているのかはわからないけれど、それがあるから私たちはこうして本を楽しめるんだなと。
ありがたいと思いつつも、壮絶な世界ですよね、芸術というのは。
さて、これで芦沢央さんも10冊読み終わりました。
次は、『神の悪手』です!