神がいるとするならば、いったいなにを思い、なにをもたらすのか。
「そんな神に愛されたとして、それが何だというのか」
(芦沢央『神の悪手』より)
このセリフが印象的でした。
今回読んだのは、芦沢央さんの『神の悪手』です!
『神の悪手』は、将棋を題材とした五つの短編からなります。
将棋の棋士だけでなく、様々な立場から将棋に携わる人たちが登場し、芦沢央さんらしい、切り口で、将棋の世界を描いていきます。
ここでは、『神の悪手』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『神の悪手』のあらすじ
〇「弱い者」
〇「神の悪手」
〇「ミイラ」
〇「盤上の糸」
〇「恩返し」
「神の悪手」
プロの棋士になるための奨励会。
岩城啓一もまた、奨励会に所属する一人だった。
最初は数年もすれば自分はプロになれると信じていた。
勝ちが拾えなくても、巡り合わせが悪かったと自分を慰めていた。
しかし、年齢制限となる26歳が近づいてくる。
これまでの人生を将棋に賭けてきた。
友達が遊んでいるときも、自分は将棋の勉強をしていた。
対局で、「負けました」と口にするたびに、少しずつ自分が殺されていく。
今期はすでに、プロになる見込みはなくなった。
その上、次の相手は、プロ棋士に最も近いといわれる宮内冬馬であった。
対局の前日、奨励会の先輩である村尾に呼び出される。
村尾が岩城に提示したのは、宮内冬馬との対局を想定した棋譜。
いわば、対宮内冬馬の攻略法であった。
しかし、その棋譜を見せられた岩城は、自分が馬鹿にされたと感じ、思わず……。
将棋を知らない人でも楽しめる小説
将棋を題材にしている、というと、将棋を知らない人すると敷居が高く感じるもの。
でも、『神の悪手』はまったくそんなことはない!
将棋を知らない人でも楽しめること間違いなしです。
そもそも、芦沢央さん自身は、将棋にあまり詳しくなったようです。
奨励会というシステムを知って興味を持ち、それから取材を始めて小説にしたとのこと。
将棋を題材としているけれど、一つ一つの作品は、いつもの芦沢央さんらしいものばかり。
将棋でしか出せない味わいと、芦沢央さんならではのミステリーが合わさって、とてもおもしろく仕上がっています。
奨励会出身で小説を書いている人だと、橋本長道さんがいますね。
デビュー作の『サラの柔らかな香車』は、将棋を知っている人ならではの小説。
ただ、かなりがっつり将棋なので、入り込みやすさという点では、『神の悪手』のほうが上かなと思います。
お気に入りは、「恩返し」
五つ目の短編にあたる「恩返し」。
これは将棋の駒を作っている師弟が登場します。
兼春は、脱サラをして職人になった男性。
自分の作った駒と、師匠が作った駒。
どちらも、将棋のタイトルの一つである棋将戦にどの駒を使うかの選定の場に並ぶことに。
一度は自分の駒が選ばれたものの、そのすぐあとに、師匠の駒が選び直されてしまいます。
元々、自分が選ばれると思っていなかったのに、喜んだ分、落胆が大きく、思い悩んでしまいます。
なぜ自分の駒は駄目だと思われたのか、その理由を探っていく物語です。
私はこの話が一番好きでした。
恩返しっていい言葉ですよね。
将棋の世界では、恩返しとは、弟子が師匠を倒して越えることを言うそうです。
そうであるならば、私も仕事にせよ、プライベートにせよ、教えを受けた先輩を越えていくことが一つ、やらねばならぬことなのかなと感じました。
いまの自分を壊そうとしなければ、そこからの成長はない。
安住することなく、安穏といきることなく、その先を。
そんなことを考えさせられる一編です。
おわりに
芦沢央さんって、やっぱり短編がすごく好き。
もちろん長編もおもしろいんです。
バレエ団を舞台とした『カインは言わなかった』も、子どもの取り換えを描いた『貘の耳たぶ』も読みごたえがあり。
いずれもおもしろいのですが、短編はそこにぎゅっと濃縮されたものがあって、一冊で何度も胸を揺さぶられるものがあるんですよね。
長編って、正直、あまりおもしろくない小説って少ない気がします。
でも、短編は小説家によっては、
「ちょっとあんまり」
という方もいます。
それを考えると、やはり芦沢央さんの短編は秀逸だなと感じます。
さて、次は、今年出たばかりの『夜の道標』です!