宇宙という場所が少しずつ近づいてきている。
それでもまだ一般の人からすると遠い場所ですね。
本書は、今よりももっと宇宙との距離が近づいた未来の話です。
今回読んだのは、桃野雑派さんの『星くずの殺人』です!
無重力の中で見つかった首つり死体。
彼はどうやって首つりをしたのか。
これだけでも、すごく興味が惹かれてきます。
宇宙ならではの現象や構造がたくさん出てきて、著者がかなりしっかりと調べて書かれたのがわかります。
ここでは、『星くずの殺人』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『星くずの殺人』のあらすじ
今よりも宇宙との距離が近づいた未来の日本。
これまでは宇宙に行こうと思えば何十億という金額がかかっていた。
そんな中、民間の旅行会社が、初めての宇宙旅行を計画する。
料金は1人3000万円!
ありえないほどの格安旅行である。
ぎりぎりまでコストカットをして、宣伝効果などで後から利益が見込めると踏んでの金額だった。
一般人からしたら十分高額な旅行費用だったが、総応募数は1万件に及び、1名分の無料招待枠には20万人という応募が殺到した。
抽選で選ばれた6名が宇宙ホテル「星くず」に向かって旅立ち、無事に「星くず」に到着する。
しかし、のんびりとする間もなく、副機長であった土師(はせ)は、「星くず」の倉庫で、機長の伊東の首吊り死体が漂っているのを発見する。
一見、首つり自殺のように見えるが、宇宙空間は無重力であり、首をつることができるはずがない。
他殺だったとしても、首吊りに見せかけるのは不自然であった。
上司にすぐに地球に帰還することを提案するが、旅行会社からツアーを続行するように指示が出る。
しかし、その後も「星くず」内では、ネットの通信不能、機器の故障といったトラブルが続出していく。
伊東はなぜ死んだのか。
もし他殺だった場合、「星くず」に犯人がいることになる。
いずれも一癖も二癖もありそうなツアー客。
土師は、問題解決のために奔走していく。
これも一つのクローズドサークル
『星くずの殺人』は、新しいクローズドサークルですね。
クローズドサークルとは、よくあるのが雪山の山荘だったり、孤島の館だったりというものが多いのかな。
周囲との連絡が閉ざされた、そこから逃げ出せない状態のことを言います。
アガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』が有名です。
綾辻行人さんの『十角館の殺人』や、米澤穂信さんの『インシテミル』もクローズドサークルですし、けっこう定番の形。
でも、最近は特殊な形でのクローズドサークルが増えてきています。
たとえば、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』なんかが該当します。
これは、とある山中のペンションでのサークルの合宿が舞台ですが、近くのフェス会場で問題が発生して、逃げ出すことができなくなったってやつです。
そして、『星くずの殺人』も、これまでになかった形でクローズドサークルを作りだしました。
当然、宇宙空間だからホテル「星くず」からは出ることができない。
地球とはすごく離れていて、とても救助は求められないし、帰還することも簡単ではない。
クローズドサークルを作るために宇宙空間って考えは、もしかしたら他の人でも考えつくかもしれません。
でも、桃野雑派さんのすごいところは、この宇宙空間の設定がむちゃくちゃしっかりしているところなんですよ。
宇宙だから地球と同じようなホテルになるわけがないんですが、その細部がかなり詳細に作られている。
階段の有無や、手すりの位置、ガスは一切使わず電気主体、縦の空間を広くしたり、磁石付きの靴を履かせたり。
言われてみれば、
「なるほど!たしかに!」
と思うような事ばかりなのに、それをしっかりと小説に落とし込んでいるところが見事でした!
個性豊かなツアー客たち
『星くずの殺人』でツアーに参加したのは、無料招待枠を含めて6名です。
〇真田周。十八歳。無料招待枠を当てた京都の女子高生。
〇政木敬吾。三十二歳。東京の元不動産業者。
〇宮原英梨。三十九歳。千葉の飲食店社員。
〇澤田直樹。四十二歳。神奈川の清掃業者。
〇山口肇。四十四歳。静岡のフリーコンサルタント。
〇嶋津紺。五十七歳。福岡の介護職。
これに機長である五十三歳の伊東は、大分生まれで、大阪で大学に通うために一人暮らしをしている娘がいます。
物語の主人公となる土師は、茨城県出身の四十四歳。
ロスジェネ世代をなめるなといつも心の中で思いながら頑張っています。
まあ、これだけ見れば、世代も職業もそこそこに分かれているなーと思うのですが、それだけじゃやっぱりおもしろくないですね。
全員がとても個性的な人たち。
その筆頭はなんといっても、政木敬吾でしょう。
すぐに分かることなんで書いちゃいますが、この人は『地球平面説』の信望者という設定です。
地球は平面であって、政府がそれを隠しているのだ!と。
ほとんどの人が、
「何言ってるんだこの人は」
ってなるんですけど、それを確信してみんなに説いて回るんですね。
それを証明するために宇宙に来たのだと。
すごく怪しいんですよ、この人。
おまけに人の気にしていることをずけずけといって周りから嫌われるし、かと思えば、御涙ものの話に弱くて、すぐ泣き出す。
この人以外もまたそれぞれ、個性も特殊な経歴もそろっていて、一人一人で別の作品が書けるんじゃないかってくらいに、背景がしっかりとあります。
宇宙旅行に行く理由もちゃんと一人一人が持っています。
単純に、
「行けるんなら行ってみよう」
くらいの軽い気持ちではさすがにまだ行くことはできない。
格安でも3000万円ですからね。
6人が6人、その人なりのきちんとした理由がそこにあります。
政木さんは、上記したように、地球平面説を証明するため。
残りの人たちは、いったいなんなのか。
それを考えながら読んでいくのもおもしろいかなって思います。
なぜ宇宙で?ホワイダニットという謎
さて、首つりに自殺に見せかけた事件が起きるわけですが、小説の舞台は宇宙!
首つり自殺に見せかけようとしても、ふつうに考えたら、宇宙空間で首つりなんてできない。
殺害したいのなら、もっと簡単な地球上ではなく、なぜ宇宙だったのか。
ホテル「星くず」の中にも、まったく重力がないというわけではないんです。
完全な無重力の中だと、人間は活動がしづらいし、体にも変調をきたしてしまうらしい。
月と同じ、地球の6分の1程度の重力をホテル内では作っているんですね。
でも、伊東が死んでいたのは、無重力の倉庫。
だから土師もそこを疑問に思うわけです。
なぜ地球ではなかったのか。
「星くず」にしても、重力が発生しているところで実行しなかったのはなぜか。
その方が自殺だと思われるのではないか、と。
こうしたホワイダニット(なぜしたのか)ということが重要なポイントとなります。
動機部分にあたる部分ですね。
たしかに読んでいくと、宇宙でなくてはいけないわけですが、これを読んだ初期に予測するのはほぼ不可能でした。
おわりに
話題になっていたので読んでみましたが、桃野雑派さんの『星くずの殺人』は、話題になるだけあって新鮮な驚きと楽しみを与えてくれました。
これがデビュー二作目で、デビュー作は、江戸川乱歩賞を受賞した『老虎残夢』という作品です。
これは、中国を舞台にした小説だっただけに、がらりと作風を変えてきたんですね。
鈴木輝一郎さんとのYouTubeでは、中国しか書けないと思われたくなくて、担当さんと相談していたみたいな話をしていました。
宇宙に興味はなかったけど、調べていくと面白くなったみたいな。
元から興味があった分野でなくても、一から創り上げる力があるってのがまたすごいなあと感じます。