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「イヤミス」を越えた「オゾミス」。神津凛子『スイート・マイホーム』

家を買うのってどきどきしますよね。

どこに建てようか、どんな家にしようかと考えるだけで楽しいものです。

今回読んだのは、神津凛子さんの『スイート・マイホーム』です!

タイトル、見ましたか?

スイートでマイホームなんですよ。

あまーい幸せな家庭の話……。

って、全然違うし!

もうね、タイトルだけ見ると、暖かい家族の話かなと思いきや、まったく違って驚かされました。

ひどい、でもおもしろい!

でも、苦手な人は多いんじゃないかなって思います。

よく「イヤミス」ってありますけど、これは、「オゾミス」(おぞましいミステリー)なんて言われたりもしています。

それくらい、けっこうくるものがある。

デビュー作であり、第13回小説現代長編新人賞受賞作になります。

ここでは、『スイート・マイホーム』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『スイート・マイホーム』のあらすじ

スポーツジムのインストラクターである賢二は、妻のひとみ、娘のサチと三人で暮していた。

実家の都合で戻った長野の冬はとても厳しい。

そんなとき、賢二は、「まほうの家」に出会う。

それは、床下のエアコン一台で一軒家全体を暖めるという斬新な暖房システムが装備された家だった。

住宅展示場で「まほうの家」のモデルハウスを見学した賢二もひとみもすっかり心を惹かれたのだった。

担当した住宅会社の本田もいい人で、寒がりの妻と幼い娘のために家の購入を真剣に考え始める。

しかし、賢二には別の悩みもあった。

実家の年老いた母と統合失調症を患って引きこもっている兄のことだ。

兄のことを母に任せて、実家に寄り付かなかったことに罪悪感を持っていた賢二。

ひとみに促されて、実家に戻り、新しい家を買っていいのかと母に相談するが、意外にもすんなり納得してくれた。

兄の症状は一進一退を繰り返しており、

「いつも監視されているから、隠しておくのも大変なんだ」

といった言動のある兄に迷いはするが、賢二は家を建てることにした。

一年半後、「まほうの家」は完成し、その間に、次女のユキが生まれ、家族四人、新しい家で幸せな生活を始めた。

ところが、徐々に不穏な空気が賢二の周りに漂い始める。

ひとみの友人とその子どもが遊びにきたとき、子どもが家でおばけを見たという。

賢二の同僚も、家に来たときに、突然、顔色を悪くし、携帯電話に長い髪の女性が映ったのだと言った。

ひとみも、抱きかかえていたユキの瞳に、知らない人影を見たという。

この家にはなにかがある。

さらに、賢二と関わりのある人物が何者かに殺されるという事件まで起きるのだった。

怖い、というよりも、おぞましい……。

『スイート・マイホーム』、冒頭でも書いたように、全然タイトルのイメージと中身が違う!

ほんわかでアットホームな小説を期待した人は、さぞかし心をやられてしまうことでしょう。

ジャンル的には、一応、ミステリーなんですかね。

何が起きているのかって謎があるわけですから。

でも、割とホラー寄りなミステリーになるのかな。

五十嵐貴久さんの『リカ』でも思いましたが、人の執念というか、常軌を逸した感情って、それだけで恐ろしいものがある。

主人公の賢二は、スポーツジムのインストラクターで、イケメンな上に体もしっかり鍛えられています。

美人の妻と、可愛い娘がいて幸せな家庭を築いているようにみえます。

でも、妻にばれないように、同僚の女性と不倫関係にもある。

不倫相手が結婚をすることになって、不倫関係も解消されますが、そのあと、不倫相手のところに、賢二と写った写真が送られてくるようになるんですね。

不倫相手の家ではなく、不倫相手の婚約者の実家や会社へと。

いったい誰がそんなことをしたのか?

実は妻にばれていたのではないか。

賢二はそんな疑いも持つようになります。

そのあたりから、あらすじにあるように、家の中で妙な影を見たという話も出てきて、幸せだったはずの家族に、少しずつ暗雲が立ち込めていきます。

賢二の出張中には、妻のひとみも、夜中に、部屋の扉がわずかに開き、そこから誰かに覗かれていた、と精神を病んでいきます。

だんだんと追い込まれていく家族。

さらには、賢二と関係のあった人物が殺され、そのことで警察に事情聴取を受けることにもなります。

自分の周囲のものが少しずつ切り崩されていく。

幸せだった分だけ、余計に身も心も削られていく感覚でした。

でもね、そこまでなら、まあ小説だし? こういう話もよくあるし?

最後に大逆転して、ちゃんちゃんでいいんじゃないかなとも思うんですよ。

でも、神津凛子さん、すげえですね。

最後まで救いがないどころか、読者の心をえぐりにきておりました。

そのあたりはぜひ実際に読んで感じてもらいたいところですが、小説現代長編新人賞の選考委員のコメントもなかなかに。

狂気に迫りおおせた作品。――朝井まかて
最後の1ページ、ここまでやるか。――石田衣良
ここまでおぞましい作品に接したのは初めてだ。――伊集院 静
読みながら私も本気でおそろしくなった。――角田光代
情動の底の底にある不安感を刺激される。――花村萬月

もうね、このコメントが出た段階で、よほどなんだなってわかりますよね。

私も読み終えたときは放心状態でした。

ひどすぎるよ、神津さん、と。

リソウの家とは

さて、『スイート・マイホーム』では、理想の家って言葉も出てきます。

この小説自体、「あたたかい家」、「リソウの家」、「まほうの家」と三つの章から成り立っています。

ほとんどが、「あたたかい家」にページが割かれているんですが、「リソウの家」があえて漢字の理想ではないところが意味深でした。

きっと、賢二にとっては、まほうの家を建てて暮らし始めたあのときが、まさに賢二にとってのリソウの家を具現化した瞬間だったのかなって思います。

長野という冬が厳しい地域でありながら、家じゅうが暖かくポカポカして、妻も娘たちも笑顔で、仕事も順調。

こんな日々がずっと続けばいいのになって思える姿ですね。

家というのは、建物としての家が建てばそれで完成ではない。

そこに暮らす人たちがお互いを想いあったり、大事にしあったりしながら、本当の家の形が出来上がっていくのだと。

「リソウの家」でも、あくまで建物ではなく、そこに暮らす家族の在り方に焦点が当てられていて、よくも悪くも、理想というものが人を動かすのだと感じました。

おわりに

『スイート・マイホーム』は、2023年9月に映画として上映されるようです。

デビュー作とは思えないくらいしっかりしていますし、話題にもなったので、映画化はありそうだなと思っていました。

監督を斎藤工さんが務め、主演は窪田正孝さん。

これは絶対におもしろくなると思います。

ただ、これ、見に行くのは私はちょっと……。

だって、怖いもん。

小説で、文章で読んでいても怖いのに、映画化されたものなんてとても最後まで見れない気がする。

でも、気になる。

とても悩ましいところです。

ここ最近の、小説現代長編新人賞の受賞作ってなかなかにレベルが高くて、毎年、次のが出るのが楽しみです。