「生きていれば。
恋だって始められる。
生きていれば。
”ほんとうの幸”を見つける旅が続けられる」
(小坂流加『生きてさえいれば』より)
生きるということの尊さを感じさせてくれる一冊です。
今回紹介するのは、小坂流加さんの『生きてさえいれば』です。
著者である小坂流加さんは、1作目である『余命10年』の文庫版(2017年5月発売)の編集が終わった直後、病状が悪化し、刊行を待つことなく2017年2月お亡くなりになられました。
その後、文芸社編集部より、ご家族に「他にも原稿がありましたら教えてください」とお願いしたところ、小坂さんが愛用していたパソコンに残されていた原稿を発見されたそうです。
そして2018年12月15日に遺作となる『生きてさえいれば』が発刊されました。
自身が病気と闘いながらだったからこそ、これほど生きることに想いを寄せた作品が生まれたのかと感じます。
Contents
『生きてさえいれば』のあらすじ
『生きてさえいれば』は6つの章から構成されていて、第1章「手紙」と第6章「12歳のポストマン」が千景、第2章から第5章までが羽田秋葉の視点で描かれます。
小学6年生の千景には大好きな叔母・牧村春桜がいる。
ハルちゃんはいつも明るくてとてもきれい、だけど病気があって、心臓の移植手術ができなければ死んでしまう。
ある日、ハルちゃんのお見舞いに行った千景は、ハルちゃんが宛名も書かず大切に手元に置いている手紙を見つける。
相手は羽田秋葉という人物で大阪にいるらしい。
千景は明日死のうと思っていた。
原因は学校でのいじめだ。
でもその前に大好きなハルちゃんの手紙を届けようと大阪へと向かう。
そこで千景は、ハルちゃんの青春と羽田秋葉の間にあった苦くも切ない恋を話を知るのであった。
”生きる”ということ
明日死のうとしていた少年・千景。
親と同じように病気を持ち、心臓移植を待つ春桜。
立て続けに亡くなる春桜の両親。
突然の交通事故で命を失ってしまう秋葉の両親。
『生きてさえいれば』の中では、生きることと死ぬことが溢れている。
当たり前のようにふだん考えもしない”生きる”ということ。
それを見つめ直させられる小説です。
『生きてさえいれば』の中では悲しい出来事がたくさん出てきます。
千景はいじめにあっていました。
春桜や秋葉は、周囲の妬みや悪意にさらされ、家族の間での葛藤にも苦しめられます。
突然の親の死やどうにもならない別離……。
それでも、それでもなお、生きているからこそ感じられるものがあると教えてくれています。
生きているから悲しみがあるけれど、生きているからそれを乗り越えていくことができる。
その先には感動だって恋だってあるんだと。
今の自分はどれほど”生きる”ということを感じているのだろうかと問われているような気持ちにもなりました。
特別であること
牧村春桜は誰もが振り向くような美人で、明るく性格も良く、モデルとしても有名。
大学の人間なら誰でも知っているし、お近づきになりたいと思う男性は数知れず。
だからこそ、牧村春桜は”特別”な存在だと思われてしまう。
でも春桜自身は、どこにでもいる一人の女性でしかない。
この周囲の認識と本人の気持ちの差ってどうしても生まれるものだけど、これって苦しいことなんだなと感じました。
小説の中だけの話ではなく、現実にもよくあることではあります。
「あの人は自分達とは違う……」
なんて誰かに対して感じたことって誰にだってあることじゃないかなって思います。
周りから特別視されていくと、いつの間にか、その視線に合わせた自分でいなくてはいけなくなります。
周囲にはいつも人がいるようでいて、実は独りなんてことも、心から気持ちを通わせることができる人間はあまりいないなんてことも。
だからこそ、春桜は、きっかけこそ、自分本位のもので秋葉に近づきましたが、自分を見てくれる人である秋葉に気持ちを寄せるようになっていったのかと思いました。
嫉妬と妬みが絡むと……
『生きてさえいれば』では、春桜と秋葉の恋愛もさることながら、周囲からの二人への嫉妬や妬みの感情が強すぎて少し怖くなる小説でもあります。
本当に嫉妬って怖い!
特に恋愛だとか、情愛だとかそういったものが絡むと、嫉妬や妬みってものはその姿を大きくしていき、ときには悪意ある行動にも変わります。
『生きてさえいれば』の中でもそうしたシーンが何度も描写されています。
嫉妬や妬みの感情って、人間なら誰にだって存在するものですね。
私だって昔は恋愛でそうした感情を持ったことがあります。
兄弟の間でも親の扱いが違うと感じると「ずるい!」と思うこともありましたし、自分よりも周りが認められるとおもしろくない気持ちになります。
でも、ふだんってみんなそんな感情があっても、それを自分でうまくコントロールしたり、消化したりしているんですよね。
ただ、それがうまくいかないと、制御できなくなった感情がその人に何をさせるのかわからなくなるから恐ろしい。
恋愛に端を発した事件なんてたくさんあるし、ストーカーだってそうした感情が行き過ぎた結果ですよね。
このあたりって理屈ではない分、本当に難しくて怖い。
自分の周りにそうした人がいたら、それは理解できない何者かなんだろうなと思います。
少なくとも自分が周囲からそう見られるような行動を取る人間にはならないように自制したいなとは思います。
”ほんとうの幸”という言葉
『生きてさえいれば』の中では、何度も”ほんとうの幸”という言葉が出てきます。
これは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に出てくる言葉です。
『銀河鉄道の夜』では、「ほんとうのさいわい」と全部ひらがなになっていましたね。
主人公であるジョバンニが親友であるカンパネルラとともに銀河鉄道の旅をする中で、”ほんとうの幸”とは何かを知っていきます。
この”ほんとうの幸”には人それぞれの解釈がありますが、これはすごく優しい気持ちなんだと思います。
一度『銀河鉄道の夜』も読んでみると、『生きてさえいれば』に感じる印象もより深くなるように感じます。
おわりに
『生きてさえいれば』は、いくつものテーマが複雑に絡み合っていて、ただの恋愛小説とはとてもいえない素晴らしい作品だと思います。
正直、もっと二人には学生時代から幸せであってほしかった、そんな場面ももっと読んでみたかったとも思います。
でも、こういう形にしたのには、そこに伝えたい思いがたくさんあったからなんでしょうね。
最後に仕事をやりきった千景くん。
彼はこの旅でいったい何を感じてどう成長したのかなと、そんなことも想像してしまう終わり方でした。
小坂流加さんの1作目にあたる『余命10年』とともに、生きることを感じさせる作品でした。