伊坂幸太郎

伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』のあらすじ感想。「正義なんて主観だからさ」

短編小説でおもしろい作家さんって本当にレベルが高い作家さんだと思います。

本作も短編集ながらも、一つ一つに考えさせられるものが散りばめられており素敵な作品でした。

今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『フィッシュストーリー』です!

4つの短編からなる本作ですが、過去の作品の登場人物も出てきて伊坂さんのファンにはたまりません。

Contents

『フィッシュストーリー』のあらすじ

『フィッシュストーリー』は、

〇「動物園のエンジン」

〇「サクリファイス」

〇「フィッシュストーリー」

〇「ポテチ」

の4編から構成されています。

「動物園のエンジン」

夜の動物園でいつも寝転がっている元職員の永沢。

彼は「動物園のエンジン」と呼ばれる男で、彼がいるといないとでは、動物園を取り巻く雰囲気が一変する。

永沢は朝になると近くのマンション建設の反対運動にプラカードを持って参加していた。

「私」と、河原崎、恩田の三人は、そんな永沢の奇妙な行動の理由を探り始める。

「サクリファイス」

小暮村を訪れた黒澤。

彼は「山田」という男を探すように依頼を受けていた。

「山田」はある事件の証言台に立たせるために探されていたのであった。

黒澤は、彼の部屋から小暮村の情報を得たため、人里離れたその村へと訪れることになる。

ちょうどそのとき、小暮村では、「こもり様」という生贄を差し出す風習を行っているところであった。

「山田」を探すため、村人に話を聞くうちに、黒澤は村の秘密へと迫る。

「フィッシュストーリー」

表題作の「フィッシュストーリー」。

最後のレコーディングに臨んだ、売れないロックバンド。

彼らが残した最後の曲には、無音の1分間が存在する。

その無音によって思いもがけない出来事を呼び起こし、それは数十年後の世界を救うことになる。

「ポテチ」

大西は自殺しようとしたところを、今村に命を救われる。

今村はたまたま空き巣に入った部屋で大西の「死んでやる」との電話を聞き助けにきたのであった。

それをきっかけに、二人は付き合いだし、一緒に暮らすようになる。

今村の空き巣の仕事が気になった大西は、一緒に空き巣についていくことにする。

しかし、空き巣に入ったその家で今村はソファーでくつろいだり、漫画を読んだりと一向に空き巣をする様子が見られない。

それ以降、どうも様子が変な今村。

そのとき今村に何が起こっていたのか。

きっと何かに繋がっていること

表題作である「フィッシュストーリー」。

いわゆる「風が吹けば桶屋が儲かる」といったところでしょうか。

売れないロックバンドの最後に収録された曲に存在する無音の1分間。

それが存在することによって遠い未来にまで影響を及ぼす物語です。

この無音の1分間によって、とある男女が出会い、その男女が出会ったことによって、別の女性の命が救われ、その女性が命を救われたことで世界が救われる。

何がどう作用するのかわからない世の中。

最初のロックバンドの「届け!」という真摯な想いがずっと先の未来にまで繋がっているんですね。

私たちの日常でも、何気なくしたことでも、真剣に取り組んだことでも、それはきっとどこかで何かに繋がっています。

そのときは大したことではなくても、一見変哲もないことでも、誰かにとってはとても大きなことだったりします。

そんなことを思わされる物語でした。

「正義なんて主観」

同じく表題作の「フィッシュストーリー」から。

「だいたいさ、正義なんて主観だからさ。そんなのを振りかざすのは、恐ろしいよ」

(伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』より)

こんな言葉がとても印象に残っています。

昔から私自身があまり「正義」って言葉が好きではありませんでした。

正義って聞くと、自分たちは正しくて相手は間違っている、向こうは悪だから倒さないといけないって言っているように聞こえるんですよね。

どうにも上から目線というか、正義って言葉に酔っているというか。

相手の気持ちとか立場とかってそこにはないのかなとも。

だからこそ、「正義なんて主観だからさ」という言葉がすごくしっくりときました。

そう、主観なんですよね。

あくまでその人から見てそれが正義というだけ。

別にそれが悪いわけではないけれど、それを声高に叫んで周りも巻き込もうとしたら、その時点でそれは正しいものではなくなるのだろうなと。

正義に普遍的なものってないんだろうなと感じます。

「争いは全部、正義のために起こるんですよ」

(伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』より)

こんな言葉もありました。

正義があるから、自分が正しいと思うから、相手を正そう、相手を打ち負かそう、自分を認めさせよう……。

そうやって争いが生まれるというのです。

世界的な大きな争うでもそうですし、政治家たちの醜い争いでもそう。

子どもたちのけんかだって突きつめていけば自分の正義のためにってことになるのかもしれません。

自分が正しいと思うものがあること自体はいいことです。

信念を持つことって素敵だと思いますし。

ただ、それは自分の思考を止めてしまい、一方的な見方しかできなくなってはいけないのだろうなと思います。

ついに登場!黒澤という男!

本業は空き巣、副業は探偵。

ついに登場しました!我らが黒澤さん!!

伊坂幸太郎さんの作品の中でも私がかなり好きな登場人物です。

初登場は2作目にあたる『ラッシュライフ』ですね。

ここでは5つのストーリーの一つの中心人物です。

その後、4作目の『重力ピエロ』では、主人公の泉水に探偵として仕事を依頼されています。

そして13作目になる『フィッシュストーリー』でがっつり再登場!

「サクリファイス」では黒澤がメインで、「ポテチ」でも、とても重要な役回りとなっています。

黒澤の名言もたくさん出てきます。

たとえばこれなんか好きです。

「人を信じてみるというのは、人生の有意義なイベントの一つだ」

(伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』「サクリファイス」より)

人を信じることってなかなか難しくて勇気がいることですよね。

一つの大きな決断というか、一歩踏み込んだ行動というか。

でもこんな風に有意義なイベントなんていわれると、もうちょっと軽い気持ちでできそうな気がしてきます。

ほかにも出てくる他作品とのリンク

黒澤さん以外にも伊坂さんの他作品とのリンクはちょこちょこ出てきます。

「動物園のエンジン」では、『オーデュボンの祈り』の伊藤の話が出てきますし、恩田がのめり込んだ新興宗教は、『ラッシュライフ』の高橋の宗教ですね。

「フィッシュストーリー」で登場する老夫婦は、『ラッシュライフ』で黒澤相手に強盗をした夫婦です。

「悪いことをして貯めたお金」で海外旅行に向かっています。

黒澤との関係で出てくる人物はほかにもいます。

「サクリファイス」で黒澤が木彫りをしている柿本に紹介した画廊の人が『ラッシュライフ』の佐々岡、「ポテチ」で今村のDNA鑑定を依頼したのは『重力ピエロ』の泉水ですね。

こうした部分を探しながら読むのも楽しいです。

おわりに

これまでの伊坂さんの短編集は、『チルドレン』とか『終末のフール』とか、短編だけど一つの物語という雰囲気でした。

『フィッシュストーリー』はしっかりと短編です。

書かれた時期も、2001年、2004年、2005年、書下ろしと、バラバラなんですよね。

でもそうしたことに違和感がないきれいな一冊だなと思います。

次作は『ゴールデンスランバー』ですがこれは既読なので、次に読むのは『モダンタイムス』にするか、飛ばしてしまった『陽気なギャングの日常と襲撃』にするか迷いどころです。