都会に生まれ育った人が、地方に移住して働くこと。
就職シーズンになると「Iターン」という言葉が聞こえてきますね。
今回紹介するのは、米澤穂信さんの『Iの悲劇』です。
Iターンによって一つの村を復興するために組織された蘇り課。
そこに配属された青年の奮闘と、難しい人間模様を描いています。
Contents
『Iの悲劇』のあらすじ
住民の高齢化によって住む人がいなくなり廃村となった蓑石。
南はかま市・Iターン支援推進プロジェクトを始動し、この蓑石に新たな住民を募集することにした。
そのために生まれた「蘇り課」とそこに配属された3人。
万願寺邦和は仕事もでき、野心を持った男だったが、出世コースとは思えない蘇り課に配属されたことに気落ちする。
更に、課長である西野秀嗣は、定時に帰ることに執念を燃やし、後輩となった観山遊香は学生気分が抜けない、2年目の新人。
自分一人にのしかかる負担にめげずに蓑石を蘇らせるために奮闘する。
ようやく集まりだした住民たちであったが、軌道に乗ったと思いきや、次々に起こる問題が万願寺を苦しめる。
都会と地方のギャップってけっこうあるもの
Iターンって言葉には憧れを覚えますね。
自然豊かなところで、おいしい空気と食事を食べて、のんびりとした時間を過ごす。
そんな生活をしたいなんて私も思ってしまいます。
『Iの悲劇』の中でも、理由は様々ですが、そうした生活を夢見て集まった人もいます。
でもやはり、都会と地方では、文化や生活スタイルが大きく異なるんですよね。
旅行で数日行くのであれば素敵に見える地方でも、実際に住むとなると大違い。
読んでいて特に、「私は住めないなあ」と思ったのは、学校の問題と救急体制。
小説の中には小さな子どもを持った家庭も出てきます。
でも、小学校に行こうにもバスで遠くまで行かなければいけません。
子どもがけがをして救急車を呼んでも、蓑石に来るまでに何時間もかかります。
自分一人だけだったらいいけれど、家族になにかあったときにそれだと怖くて住めないですよね。
そうした難しさを感じる本でした。
公務員な上司と変わった後輩が良い
課長の西野は、いかにも公務員って感じの公務員です。
悪い意味で……。
最低限の仕事だけして、定時になったら即帰宅。
定時近くになると電話に出ようともしない。
仕事の大半は部下の万願寺に任せ、安請負した案件もそろっと万願寺に回し。
「ああ、これがだめな公務員ってやつだな」
と思いながら読んでいましたが、でも意外と西野課長って人間味があっておもしろい。
蓑石で起きた問題で、その本質をずばっと見抜く力を見せることもあります。
最初、実はこの人がすごく頭の回転が速くて、ミステリー小説の探偵役みたいな立場なのかとも思ってしまうほどでした。
まあ、ぜんぜん違ったわけですが。
後輩の観山は逆に公務員らしさがなく、住民の懐に上手に入る一方で、失言が出るわ出るわ。
でも、風がわりでありながらも憎めないキャラクターでとても魅力的に見えます。
テーマ自体は割と固い感じなんですが、こうした登場人物によって、『Iの悲劇』をすごく楽しく感じることができました。
おわりに
『Iの悲劇』の最後の章は、「Iの喜劇」となっています。
悲劇と喜劇って、一文字違いなのにぜんぜん違うものですよね。
でもこのタイトル付けが読み終わるととてもしっくりきてよいです。
決して明るく終わる作品ではないのですが、考えさせられます。
というか、米澤穂信さんってこんな気持ちになることばっかりですね。
そこがまた好きなのですが。
早く文庫化されないかなと心待ちにしています。米澤穂信の名言まとめーミステリー作家の秀逸な言葉に学ぶー