渡辺優

現実とゲームのはざまで暴走する主人公がやばい。渡辺優『きみがいた世界は完璧でした、が』あらすじと感想。

この人の描く主人公は大抵やばい。

今回読んだのは、渡辺優さんの『きみがいた世界は完璧でした、が』です!

『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞した渡辺優さん。

その7作目にあたる作品です。

いやーなかなか読者を選びそうな小説でした。

昔の自分の恥ずかしかった記憶とかも蘇ってきそうな勢いで。

ここでは、『きみがいた世界は完璧でした、が』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『きみがいた世界は完璧でした、が』のあらすじ

ゲームオタクの大学生・日野は、宮城絵茉(エマ)に二度目の告白をして撃沈する。

「だからやめとけ言うたやん」

という友人の声にも耳を貸さず、振られてもなお、彼女への想いが消えることはない。

だって、彼女は、運命的に出会うことができた理想のエリナなのだから。

日野がエマと出会ったのは、偶然訪れたサバゲ―サークルの新歓だった。

そこで日野はエマに一目ぼれをする。

エマが、中学時代に熱中していたゲームのヒロイン・エリナにそっくりだったからだ。

彼女のSNSをチェックし、その投稿に喜び舞う日野だったが、ある日、彼女の投稿に、悪口を書き込む人物が現れる。

『シ』というアカウント名の人物は、常に彼女の投稿をチェックしているようで、投稿されるたびにすぐさま反応していた。

更には部室に隠し撮りと思われる写真がばらまかれる事件が起きる。

エマが心を痛めていることを想像し、義憤に燃える日野。

犯人を特定して懲らしめてやる!

高校からの友人のヤマグッチと、引きこもりでパソコンに強そうなザラキとともに、ストーカーを見つけ出すために奔走する。

主人公の日野がやばい

もうね、小説の冒頭から結構やばめでした。

告白シーンから始まる小説ってそれなりにあると思うんですよ。

だいたい最初って振られますよね、それはいいんです。

でもね、告白して、返事を待つ間の描写からしても、

「なんで告白したの? 絶対無理じゃん!」

というのが前面に押し出されてるんですよ。

なんで告白したんだ、日野!

というか、これは二回目なのか、という。

そこで諦めるとか、自分とは合わなかったんだと悟るならともかく、エマへの情熱が微塵もたじろぐことがなく。

現実とゲームのヒロイン・エレナがごっちゃになっていて、かなりやばいことになっています。

ゲームの世界でエレナと冒険をした中学生の頃の思い出に浸り、現実にいるエマを勝手に美化・神聖化し、彼女がいるからすべてが輝いているなんて……。

彼の妄想と暴走は留まることを知りません。

エマに悪口を送りつけてくる相手がいるとなると、鼻息荒く、「犯人を特定する」と息巻き、引きこもりのザラキの家に突撃。

それもザラキがなんとなくパソコンを使えそうという理由(引きこもりはネットに強いみたいな)で。

ぱぱっとキーボードをカタカタっとしてもらって、あっさり犯人特定なんて考えていた日野だから、無理だって言われて急に冷静になって、我に返る。

多少の反省はあるものの、またなにかあると、自分の都合の良いように考えて暴走。

部室にエマの写真がばらまかれれば、なにを考えたか、監視カメラを購入。

それも二台も!

それはさすがにとヤマグッチたちがドン引きする中、自分なりの正義によって、正当性を担保しようとしていく姿もなんとも読んでいて苦しい。

渡辺優さんって変わった主人公を描くことが多いんですよね。

『ラメルノエリキサ』だと復讐癖のある女子高生。

『クラゲ・アイランドの夜明け』では、クラゲ愛に満ちた女性。

『自由なサメと人間たちの夢』でも、短編集でしたが、どれも強烈な個性を持った人物ばかり。

その中でも特に強烈に共感できない主人公の登場でした。

妄想と暴走の行き着く先

上記したように、日野の妄想と暴走が止まらず、物語はどんどん進んでいきます。

自分の都合の良いようにいろんなことを考える事って、やっぱりそれなりにあることではあるんですよね。

人間の生まれ持ったものというか、心を保つために、理論武装するというか。

心理学でも、そうした部分ってよく取り扱いますよね。

ただ、いろんなことを経験する過程で、

「そんな都合の良いことばかりではない」

「現実とはこういったものだ」

という正しい認識を持つようになっていくもの。

日野は、そうしたところにまだたどり着くことができず、

「きっとこうだ!」

という考えだけに囚われて周囲の声も聞かずに突き進んでいきます。

でも、そうした人間って、周りから見たら、ちょっと変わったやつ。

それで済めばいいけど、そこを越えると、関わりたくないやつ。

大学生くらいになると、なにが常識で、ここは周りから変に見られるとか、ここまでは踏み込んで大丈夫とか、そういった線引きができるようになってきます。

そこに思い至らず、自分の正義だけで暴走する日野。

その先がどうなるのかなんて、言わずとも想像がつくものです。

誰にでも少しはある部分?

「日野ー。お前もう止めろよ」

と何度も言いたくなった。

とても読んでいて苦しい。

なんでそう思うのかって考えると、少しは自分にも心当たりがあるからなんだろうなって思います。

行動だけ見れば、明らかに馬鹿だし、常識はずれだし。

「馬鹿な主人公だなー」

で終わらせればいいところなんですが、どこか自分の若かりしころを思い起こさせる。

いや、もちろん、こんなことはしていませんが。

それでも、それなりに青春時代を過ごしてきて、自分に都合のいいように妄想したり、相手に期待したり。

そしてそれが、ただの願望だったことに気づいてちょっとショックを受けたり。

そんな経験って、多かれ少なかれあるような気がするんですよね。

そこをものすごく隠すことなく前面に出していて、それがかえって恥ずかしくも、苦しくもある、なんとも言えない気持ちにさせます。

日野よ、そろそろ現実を見て幸せになれ。

おわりに

きついなー苦しいなーと思いつつ、なんだかんだ途中で止めることもできず、続きが気になって全部読んでしまいました。

なんでしょうね、この続きが気になって仕方がない感じ。

絶対、日野のハッピーエンドなんてないっていうのが序盤でありありとわかるのに。

怖いもの見たさというんでしょうか。

ということで、渡辺優さんの作品、これで5作読みました。

現在刊行されているのはあと二冊かな。

残りも読み進めたいと思います。