料理って食べることで癒されるってことはよくありますよね。
でも、それだけではない。
料理をすることでも、それ自体が人を癒してくれることもあります。
今回読んだのは、宇野碧さんの『キッチン・セラピー』です!
宇野碧さんは、2022年に『レペゼン母』で小説現代長編新人賞を受賞しデビューした作家さんです。
いやね、この『レペゼン母』がむちゃくちゃおもしろかったんですよ。
60代の梅農家のおば様がラップにはまり、実の息子とラップバトルをするって話なんですけど。
それ聞いただけでおもしろそうですよね。
本作はその宇野碧さんの第二作目にあたります。
がらっと趣が変わって、料理で人を癒す診療所を巡る暖かな物語です。
ここでは、『キッチン・セラピー』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『キッチン・セラピー』のあらすじ
山の中を不安になるほど歩いたところに一つの建物がある。
そこは町田診療所。
診療所と名前がついているが、ここでは薬が処方されたり、診察が行われたりするわけではない。
町田診療所の主である町田モネと、そこを訪れた人が一緒に料理をすることで、その人が抱えている問題と向き合っていくのだ。
町田診療所には様々な人が訪れる。
人生の「迷子」になってしまった大学院生とは、混沌としたカレーを作った。
家事と仕事と子育てに追われる女性とは、その人が思う完璧なマンゴーカフェを追求していく。
女性医師としてキャリアを積み上げていくが、これでいいのかと思い悩む女性は、山で狩った動物の肉で力を得る。
料理をすることで、気づくこと、解放されること、癒されることがある。
混沌としててもまとまっていく
個人的に一番好きだったのは、最初の短編である「カレーの混沌」です。
いろいろ失敗を重ねて人生の迷子になってしまった主人公。
なにかを自分で決断することができなくなってしまうんですね。
通っていた大学院の研究でも、大きなミスをして、それ以来、通うことができなくなっています。
藁にもすがる思いでたどりついたのが町田診療所でした。
治療をしてもらおうと思って訪れたのに、町田モネからはカレーを作ろうと言われて困惑します。
事前に、家にある食材をすべて持ってくるように言われていて、その食材をすべて使ってカレーを作るのだとか。
この話では、料理をしながら、自分の中で複雑に絡み合って、どうにも身動きできないものが、少しずつ解きほぐされていく様子を描いています。
決断をすることって、けっこう怖いものだなって思います。
それは仕事でもプライベートでも同じで、他の人に乗っかって生きている方がはるかに楽なんですね。
決められたことはスムーズにできるけど、自分で選択しなくてはいけないとなると、突然、動きが悪くなる人はいるものです。
でも、行動してみると、失敗したと思ったことも、うまくいかなかったことも、意外と大した問題ではなかったんだなと思うことがほとんど。
「カレーの混沌」では、持っていた食材をすべて使って作る。
だから、いろんな調味料とか雪見大福だってカレーに入れてしまいます。
「絶対失敗だ!」
と叫ぶ主人公ですが、これが意外とカレーがなじんでいく。
カレーの包容力はなんでも包み込みます。
人生も同じだなって思います。
どんな失敗だって、いつかは自分の血となり肉となる。
それには時間がかかることもあるけど、嫌な経験だって、人間力を高める一つになる。
それくらい人間にも大きな適応力があるんだなって感じます。
自分の好きなものって
自分の好きなものってなんだろうと思わされる一冊でもありました。
短編二話目では、自分の望む完璧なパフェを作ろうとします。
ふだん、家族のためにご飯を作っていると、思考が昔と変わってくるんですね。
「みんながなにを食べたいか」
「子どもの栄養不足にならないように」
そんなことを考えるから、自分が心の底から食べたいものってあまり考えないようになります。
外食するときだって、子どもが食べられるものがあるかどうかでお店を決めたりしますよね。
そんな生活に疲れている女性が自分だけのパフェを追い求めていきます。
読みながら、ふと、自分が望むものってなんなのかなって考えると、なかなか出てこないものです。
でも、それくらい大人になって家庭を持つと、みんながみんな、自分のことを少し後回しにしているんじゃないかなって気がしてきます。
自分のために頑張ってもいいんだよ、と応援してくれているような話でした。
おわりに
宇野碧さんは、とにかく、『レペゼン母』の印象が強くて。
でも、二作目の『キッチン・セラピー』も、料理の力や、人間の芯の部分が描かれていておもしろかったです。
まだ、デビューしてあまり年数が経っていない小説家なので、これから追っていくのも楽しいかなって思います。