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自身の本質をとはなにか。夏木志朋『ニキ』あらすじと感想。第9回ポプラ社小説新人賞受賞作。

自分の生まれながらの性質というのは、本人にはどうすることもできない。

周囲とずれているからと、のけ者にしたり、変なやつだとレッテルを貼られることって、どこでも起こりうることです。

私もきっとどこかにそんな部分があった。

そんなことに気づかせてくれる小説です。

今回読んだのは、夏木志朋さんの『ニキ』です。

第9回ポプラ社小説新人賞を受賞した作品になります。

受賞当初は、『Bとの邂逅』というタイトルだったようですが、出版にあたり改題されたとのことです。

ここでは、『ニキ』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『ニキ』のあらすじ

田井中広一は、周囲から浮いた存在であった。

黙っていても、口を開いても、つねに人から馬鹿にされ、「変」なやつだと言われてしまう。

なにか思ったことを正直に言えば、「自分は特別ですアピール」をしているとからかわれる。

小学生のころに、「宇宙人」だと言われたことが、広一の心に深く残っていた。

広一も普通になろうという努力はしてみた。

自分の好きな音楽ではなく、ヒット曲を聴き続けてみたが、やはり理解はできなかった。

あるときを境に、広一はもう周囲を知ろうとすることは止めて、自分の好きな世界で生きることになる。

高校に入ってからも、広一に変化はなく友達もいなかった。

「自分の感性が人と違うから」

広一は、感性を扱うであろう美術教師の二木に、少しだけ、自分と同じものがあるのではないかと期待をしたが、二木はあまりにも「普通」の教師だった。

生徒との付き合い方がうまく、二木を嫌う生徒はほとんどいなかった。

だが、ある日、広一は二木が隠している秘密に気づく。

自分だけが二木の秘密を知っている。

そのことが広一にわずかな満足感を与えていた。

しかし、とあるきっかけで、二木と近づくことになった広一は、その秘密を盾にして、二木のことを脅迫するようになる。

徐々に物語に引き込まれていく作品

正直なところ、序盤は広一にまったく共感ができず、

「なんか嫌な主人公だなあ」

くらいの気持ちで読んでいました。

第9回ポプラ社小説新人賞の受賞作ってことだからデビュー作になりますもんね。

いろんな作家さんのデビュー作を読むのが好きなのですが、デビュー作ってけっこう独特のものが多かったりします。

だから、自分には、『ニキ』は合わなかったかなと思っていたのですが、まったくそんなことはなかったです。

中盤くらいから、広一の本音というか、本心といか、本人も気づいていなかった胸の内が少しずつ露になってきたあたりから、

「広一はひねてるし、嫌なこと言うし、でもなんかかわいく見えてきたぞ」

となっていきます。

中盤から終盤にかけての物語が展開するあたりは、ほかのことは手につかず、一気に読み進めてしまいました。

最終的には、「これはよい小説だ!」と思うのですが、もし序盤でつまづく人がいたらもったいない。

最後まで読むと、いろいろ思うことはありながらも、満足できる作品だと思います。

誰か一人でも理解者がほしいもの

人は誰かに認められたい生き物なのだと常日頃から感じているところです。

その最初が自分の親であればそれが理想ですね。

自分を知って、理解してくれる人がいるから頑張っていけるものです。

でも、広一は周囲とは少し違う性質を持っていた。

本人がなんとかしようと思っても簡単に変えられるものではない。

自分は周りと違うのだとわかりながらその中で生きていくのって、辛いものがあると思います。

だからこそ、広一は、二木にも秘密があるとわかったときに、ある種、憧れのような感情が生まれたのでしょう。

自分と同じように周りと違うはずなのに、周りと同じように生きている。

何が違うのか、彼なら自分をわかってくれるのではないか。

承認欲求とはちょっと違うかもですが、そうした強い渇望が、『ニキ』の中から感じられました。

そうした力って、人をなにかに搔き立てるほどに強いエネルギーを秘めたものなのだと。

生き方を選ぶこと

とはいえ、そうした少し変わった存在に対して、周囲は冷たいのが現実です。

『ニキ』の中でもそうですし、実際に社会内でも、物語と同じように、つまはじきにされる存在ってあります。

私の職場で見てみても、本人の自覚なく、ちょっと変わった行動を取ってしまう人っています。

それは、その人が悪いのか、どうしようもないことなのかはわかりません。

でも、周囲の反応としては、

「できれば関わりたくない」

とか、

「変なやつ」

といったものになるんですよね。

それが一般的なことなんでしょう。

『ニキ』の中で、二木が周囲から外れて見れないように、本心を隠しながら擬態して生きてきたのも一つの生き方。

広一のように、同じようになることを諦めて、自分の好きなように生きようとするのも一つの生き方。

なにが正解というものはないけれど、限られたできることの中で、どう生きていくのかって、自分で選択していくのだと感じます。

おわりに

読み終わって、その先がすごく気になる小説でもあります。

広一のその後はどうなったのか。

クラスのことも、二木の教師としての立場も。

広一が『ニキ』の中で頑張っていたとあることの結果も気になりますね。

いろんな気になることは残っているものの、そこまできれいに明らかにしないのもまたいい終わり方なのかもしれません。

読者に想像の余地を残すというか、あまりやりすぎると蛇足になるというか。

今現在で、まだ二作目は出されていないようですが、新刊が出たら手に取ってみたいと思わせてくれる小説でした。