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神とはいったい何なのか。森博嗣『神はいつ問われるのか?』書評

この本を読んだきっかけは、娘(当時2歳3か月)が、Kindleの画面をいじっていて、いつのまにか購入されていたというもの。

でも、そんな娘に、

「よくいたずらして購入してくれた!」

といいたくなるくらいおもしろい作品でした。

今回紹介するのは、森博嗣さんの『神はいつ問われるのか?』です。

森博嗣さんは『すべてがFになる』をはじめ、かなり多くの小説を書いていますが、その中でWWシリーズと呼ばれるものになります。

ここでは『神はいつ問われるのか?』のあらすじや感想を紹介していきます。

『神はいつ問われるのか?』のあらすじ

『神はいつ問われるのか?』の世界は、今よりも遥かに文明が進んでおり、人の寿命も限りなくないものとなっている。

仮想空間の発達により、誰もが望む世界をバーチャルに求めるようになっていった。

現実と仮想空間との境目がなくなり、しだいに仮想空間なしには生活が出来なくなっていく。

そんなある日、アリス・ワールドという仮想空間を楽しんでいたグアトとロジは、当然のシステムダウンにあう。

仮想空間に依存する利用者たちは、システムダウンにより、強制ログアウトをされると、仮想世界に入れないことを苦に自殺を図ったり、不調を訴えたりと、社会問題に発展する。

その解決を図るため、仮想空間を司る人工知能との対話者として選ばれたグアトは、パートナのロジと共に仮想空間へ赴く。

そこで彼らを待っていたのは、熊のぬいぐるみを手にしたアリスという名の少女だった。

果たして仮想空間の主は彼女なのか。

なぜアリス・ワールドは閉じられてしまったのか。

神とはいったいなんなのか。

仮想空間の現実世界への浸食

人の寿命はなくなり、仮想空間ではなんでも自分が望む世界を楽しむことができる。

今の世界からするとずっとずっと先のことですが、でも可能性がないことではないですよね。

遠い未来、人間は死なない生き物になるかもしれません。

そして、仮想空間にダイブすることで、理想の世界を手に入れることができるかもしれません。

『神はいつ問われるのか?』の世界では、現実と仮想空間との境目がないくらいに、リアルを体験することができます。

主人公のグアトも、どちらが現実かわからなくなるときがあります。

本書では、システムダウンのあとに、大量の自殺者が出ています。

おおげさな話ではないですよね。

現実っていうのは、自分の思い通りになることなんてそんなにありません。

いいこともありますが、それ以上に嫌なことも苦しいことも存在します。

そんなときに、現実と区別がつかないくらい発達した仮想空間があれば、いつまでもそこで生活したくなりますよね。

今でさえ、スマホ依存なんて言葉があります。

アプリやSNSにのめり込んで、そこにしか自分の価値を見出せない人もいる、と。

無理にスマホを取り上げようとすれば、暴れたり、自暴自棄になったり。

そうしたことへの警鐘とも感じられる小説です。

神とはいったいなにを指すのか

最初は、仮想空間の人工知能を指せて神といっているのだろうかと思いながら読んでいました。

でも、読み進めていくと、それだけではないのだと気づきます。

『神はいつ問われるのか?』の中の文章をいくつか紹介します。

「神は、人間が絶滅したら、自身の存在も消えることを知っているのだ。神は、人を作ったかもしれないが、それは自身の存在を確かめるためだっただろう。神は、人間の意識が作るものだからだ」

(森博嗣『神はいつ問われるのか?』より)

「自分の世界において、自分は創造主なのだ。すべて自分の都合の良いものを思い描き、勝手に解釈する。世界というものが自分の外に存在するように見えても、実際はそうではない」

(森博嗣『神はいつ問われるのか?』より)

「世界を消すよりも、さきに自分が消えようと考える神、それが人間だ。自分が神だと、どうして考えないのか、という問題を思いついた。それは、神になることよりも、神に縋る方がずっと楽で、安心できるからにすぎない。安心とは、安らかに眠れること、生を放棄すること、すなわち死を望むことだ」

(森博嗣『神はいつ問われるのか?』より)

神というものについて言及している部分を3か所引用しました。

神というものに対する定義は様々です。

ここでは、「人間の意識が作った神」「自分の世界において、自分は創造主」「人間が神」といった意味が出てきます。

実際に神が存在するのかどうかは宗教論にもなるのでここでは特に言及はしません。

ただ、この3つの言葉はどれも考えさせれるものがあります。

特に2番目の自分の世界において自分は創造主であるという言葉は納得です。

世界というものは、いろんな見方ができます。

地球すべてを含めて世界ということもあれば、自分が生きていくコミュニティを指して、その人の世界はここだとも定義されます。

そして、自分の内面においては、まさに自分自身が世界の中心であり、創造主、神であるのだと。

その意味では、誰にも浸食することのできない自分だけの世界ではあります。

もちろん、他人の言動や流行によっても、左右されてしまうのが人の心であり、内面なのですが、そこを制御して、選ぶことができるのも自分だけ。

そんなことを読みながら感じました。

おわりに

以前から、森博嗣さんの作品には興味がありました。

『すべてがFになる』なんてすごく有名ですしね。

ただ森博嗣さんってものすごくたくさん小説書いているんですよね。

だからついつい、どれから読めばいいかもわからず、後回しになっていました。

ようやく読めてうれしい反面、もっと早く読めばよかったという気持ちもあります。

『神はいつ問われるのか?』はWWシリーズの2作目ということなので、1作目の『それでもデミアンは一人なのか?』や続編もこれから手を出してみたいと思います。