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小林多喜二『蟹工船』のあらすじと感想。ブラックすぎる過酷な労働環境。

「おい、地獄さ行ぐんだで!」

(小林多喜二『蟹工船』より)

こんなセリフで始まる小林多喜二の『蟹工船』。

1929年の作品ですが、2008年に再び脚光を浴びることになり、上半期だけで40万部も増刷をされたというからすごい。

とはいえ、蟹工船って言葉を聞いてもなんのことやらって感じですよね。

現代だとあまりイメージのわかないものだと思います。

蟹工船がなにかというと、蟹を取るところから加工するところまで、全部一緒くたに行える船のことです。

小説の中では、劣悪な環境の中で労働者が働かされている様子が描かれています。

『蟹工船』のあらすじ

冬の遠洋で四か月の蟹漁をするため、博光丸へ労働者が集められた。

その多くは北海道や東北の貧しい村から出稼ぎにきた人々であった。

金を求めてやってきた彼らであったが、中には、旅費や生活費などにより、働く前からすでに借金となっているものまでいた。

出港して遠洋へとたどり着いた船の労働者たちは非人間的な労働を強いられる。

休日もなく早朝から夜まで働かされる。

風邪や怪我は自己責任、そんなことでは仕事を休むことは許されない。

蟹工船を運営する会社からは、監督として浅川が派遣されていた。

この浅川という男がまた非人道的な男で、利益を上げることを至上とし、労働者の待遇などまったく考えなかった。

いつもピストルを持ち、反抗的な労働者を威嚇していた。

ある日、近くでSOSを出す仲間の船があった。

助けに行こうとする船長や船員であったが、浅川はそれを見捨てろという。

「保険をかけているから沈めた方が儲かる」というのである。

監督である浅川がそう指示したため、乗務員425人を見殺しにすることになった。

またあるとき、労働者の一人が姿をくらませた。

これに激怒した浅川は、隠れていたその労働者を見つけると、縛り付けて放置し、見せしめとして殺してしまった。

 

ある日、博光丸に備え付けられている小型漁船で作業を行っていた一行。

悪天候により遭難し、乗員はロシアの岸に打ち上げられた。

一行は二日間そこで休んで体を治し、それから本船へと帰還する。

その際、彼らは興味深い話を聞く。

いわく、日本は資本家が労働者から搾取しており間違っている、労働者が団結すれば資本家に勝つことができる。

蟹工船での労働は日々過酷さを増していった。

ほかの船に比べても成果が上がっていなかった浅川の船は、さらに食事に睡眠や風呂の時間まで削られて働かされる。

そしてついには死者が出るが、浅川は碌に弔いもせずに死体を海へ投げ捨ててしまう。

ここのきて、労働者たちの我慢も限界に近付いてきた。

「このままでは殺されてしまう」

彼らは、九人が代表となってストライキを起こすことにした。

代表たちは、浅川に直談判をする。

しかし、いやに落ち着いた態度の浅川。

彼は密かに海軍の出動を要請していたのであった。

労働者たちのストライキは海軍によってあっさりと鎮圧され、中心人物だった九人が逮捕された。

そして浅川はストライキの復讐とばかりに更に過酷な労働を強いるようになる。

労働者たちは、海軍が資本家の味方をしたことに対して失望をする。

国民のためではなく、資本家と手を結ぶとは何事か!と。

それによって本当の敵が誰かを知り、労働者同士の団結はより一層高まった。

今回の失敗は、代表を9人にしたからだ。

誰かが中心になるのではなく、全員でやらなければならならない。

そして彼らはもう一度立ち上がることを決意したのであった。

実話をもとにしたフィクション

蟹工船は「工船」であって「航船」ではないため航海法は適用されません。

また工場でもないので、労働法規も適用されません。

ゆえに、法規の空白に誕生した蟹工船では、人権を無視した過酷な労働がまかり通っていたというのです。

いまでは信じられないような世界ですが、こうした環境は本当にあったようです。

蟹工船「博光丸」のモデルになった船があります。

北洋工船蟹漁に従事していた博愛丸(元病院船)という船です。

そこで起きた虐待事件をもとに、当時の劣悪な労働環境などをフィクションとして描いたものが『蟹工船』というわけです。

ただ、実際の蟹工船すべてがこういった現状だったわけではなく、それを否定する証言や資料も存在します。

現代でもそうですが、同じ業界内でも、人権を守るところもあれば、法律すれすれなら何をしてもよいと考えているところもあるということですね。

人はとても軽いものとして扱われる

『蟹工船』の劣悪な労働環境も衝撃的でしたが、なによりも、人がとても軽いものとして扱われていて衝撃を受けます。

蟹を捕りに行くための川崎船。

監督の浅川は、労働者に、お前たちの命の方がずっと安いものだから絶対に船を失うなと厳命します。

浅川の気持ち一つで労働者の命は絶たれます。

作業の中でなくなった労働者は、ろくに供養もされないまま、冷たい海へと放り出されていきます。

それはすべて、蟹を捕り、もうけを出し、資本家を富ませるためです。

労働者はそのための道具であり、それ以上のものではありませんでした。

資本家のために、労働者を締め上げていた浅川でさえ、ストライキを止められなかったため、陸に戻ったらあっさりとクビとなります。

そうした世界では、人の価値というものはいかほどのものなのか。

行き過ぎたものには限界がある

でも、『蟹工船』で労働者が立ち上がったように、行き過ぎたものはいつか限界がきます。

人をないがしろにした世界には、やはり破滅しかないのではないか。

実際に私も社会人として、働いていますが、環境って部署によっても、そのときの上司によっても変わります。

ブラック企業なんて言葉もありますが、過酷すぎる労働下では、結局、いっときはうまくいっても、長期的には無理が出てきます。

でも、難しいですよね、虐げられているときって、なかなかそこから脱却する気力も起きない。

なにかきっかけがないといけないんですよね。

過酷な環境に慣れすぎた人は、文句を言いながらも、そこに変化をもたらすものを嫌うこともあります。

『蟹工船』は最後に労働者が団結して、立ち上がるところで終わりました。

それが正しいかどうかは別として、そこにいたった時点で、もうその職場は限界だったのかなと思います。

 

小説としておもしろいかと言われると悩む『蟹工船』でしたが、考えの一つとしてはとても有意義な作品でした。