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鴉声とは?太宰治の『グッド・バイ』に出る鴉声ってどんな声?

”鴉声(からすごえ)”という言葉があります。

太宰治の未完の小説である『グッド・バイ』。

この『グッド・バイ』に登場するキヌ子という”すごい美人”の声がこの鴉声なのだというのです。

しかし、どんな声なのかというと、特に辞書に載っているわけでもない。

太宰治の造語なのでしょうか。

とはいえ、気になったので、ほかの部分からそれがどんな声なのか考察してみました。

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『グッド・バイ』に出てくる鴉声の記述

さて、鴉声ですが、まずは太宰治の『グッド・バイ』の中でどのように記述されているのかをみていきましょう。

私が見る限り、鴉声に言及したのは下記の6場面です。

「田島さん!」

出し抜けに背後から呼ばれて、飛び上がらんばかりに、ぎょっとした。

「ええっと、どなただったかな?」

「あら、いやだ。」

声が悪い。鴉声というやつだ。

(太宰治『グッド・バイ』「行進(一)」より)

まずは、田島とキヌ子が久しぶりに再会するシーン。

後ろからキヌ子が声をかけますが、見た目は依然と一変していて誰かわからない。

でも鴉声が特徴的で、それがキヌ子だと気づきます。

「さては、相当ため込んだね。いやに、りゅうとしてるじゃないか。」

「あら、いやだ。」

どうも、声が悪い。高貴性も何も、一ぺんに吹き飛ぶ。

(太宰治『グッド・バイ』「行進(二)」より)

ふだんのどろどろしたモンペ姿ではなく、きれいな姿をしているキヌ子に対しての田島のセリフ。

それに対するキヌ子の返答、たった一言なのに、高貴性が吹き飛ぶといいます。

「とにかく、黙っていてくれ。君のその鴉の声みたいなのを聞いていると、気が狂いそうになる。」

(太宰治『グッド・バイ』「行進(五)」より)

鴉声を聞いていると、気が狂いそうになるといいます。

気が狂いそうになる声ってよほど不快な声なのでしょう。

ノックする。

「だれ?」

中から、れいの鴉声。

(太宰治『グッド・バイ』「怪力(一)」より)

ここは、描写はないですが、聞けばわかるくらい特徴的なことがわかります。

「あそびに来たのだけどね、」と田島は、むしろ恐怖におそわれ、キヌ子同様の鴉声になり、「でも、また出直して来てもいいんだよ。」

(太宰治『グッド・バイ』「怪力(二)」より)

キヌ子ではなく、田島が鴉声になってしまった場面。

恐怖に襲われ出る声が鴉声なので少しかすれていたりするのかもしれません。

「ああ、酔った。すきっぱらに飲んだので、ひどく酔った。ちょっとここへ寝かせてもらおうか。」

「だめよ!」

鴉声が蛮声に変った。

「ばかにしないで!見えすいていますよ。泊りたかったら、五十万、いや百万円お出し」

(太宰治『グッド・バイ』「怪力(四)」より)

怒ったキヌ子が声を張り上げることによって、鴉声が蛮声に変わります。

鴉声は”からすごえ”であり”あせい”でもある。

太宰治は、『虚構の春』の中でも”鴉声”という言葉を使っていますが、ここでの読みは、”からすごえ”ではなく”あせい”となっています。

「家内にせんには、ちと、ま心たらわず、愛人とせんには縹緻わるく、妻妾となさんとすれば、もの腰粗雑にして鴉声なり。ああ、不足なり。不足なり。月よ。汝、天地の美人よ。」

(太宰治『虚構の春』より)

読みの違いに意味があるのかは不明ですが、ここでも鴉声は、不足しているものの一つとして、声が鴉声であることが挙げられています。

漢字の元となった鳴き声

今度は視点を変えて漢字から。

鴉という漢字は、「牙」と「鳥」から構成されています。

この組み合わせの由来って鳴き声からきているって知っていましたか。

カラスが「がーがー」鳴くから、「牙」という字を鳥の横につけたとされています。

聞こえ方は人それぞれですが、少なくともカラスの鳴き声の一つは「がーがー」として認識されているので、鴉声というのもこれに近い、濁った声のように思えます。

ちなみに、それ以外に鳴き声等が字源の漢字となると、「鳩(はと)」「蚊(か)」「猫(ねこ)」なんかがあります。

クックと鳴くから「鳩」。

ブーンと飛ぶので「蚊」。

「猫」はケモノの横に苗(ナエ)ですが、苗という字は中国語で「ミョウ」と発音するので、猫の鳴き声からきています。

鴉声とはどんな声か

さてそれでは鴉声とはどんな声なのか。

『グッド・バイ』に登場した鴉声からわかるのはこんなことです。

〇聞いただけで誰かわかる特徴的な声

〇高貴性も何もいっぺんに吹き飛ぶ声

〇聞いていると気が狂いそうになる声

〇恐怖におそわれたときにも出てしまう声

〇鴉声の持ち主が怒ると蛮声にも変わる

ちなみに蛮声というのは、こちらは辞書に載っていて、「下品な大声。荒々しい声」となっています。

太宰治はこの蛮声という言葉もほかの作品の中で使っていますね。

そこから、鴉声もこの蛮声に似た声だと考えられます。

字源となった「がーがー」というカラスの鳴き声からも、濁っていたり、かすれていたりする声だとわかります。

いわゆるだみ声という声が近いのではないでしょうか。

それでいて、不快に感じるので、耳障りなやかましい声であることや、下品な声であると想像ができます。

高貴性も吹き飛ぶというので、優しく聞きやすい声の真逆な声なのですね。

鴉声とは、こうした声なのだと考えられます。