江戸川乱歩賞

滅亡直前の地球での犯罪。荒木あかね『此の世の果ての殺人』第68回江戸川乱歩賞受賞作。

地球の終末を描いた小説ってけっこう増えてきています。

隕石が地球に衝突する。

そんなとき、自分だったらどんなふうに生きているでしょうか。

今回読んだのは、荒木あかねさんの『此の世の果ての殺人』です!

第68回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした作品になります。

隕石の衝突による地球滅亡が近づく中で起きた殺人事件。

なぜ犯人はいま殺人をしたのか、犯人とその動機を追っていきます。

ここでは、『此の世の果ての殺人』のあらすじや感想を紹介していきます。

Contents

『此の世の果ての殺人』のあらすじ

小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され、世界は大混乱に陥った。

多くの人々は、衝突予測地点から少しでも離れようと逃げ出していく。

衝突前に一部の人だけを乗せた宇宙船が飛ぶという話もあり、首相がそれに乗り込むチケットを手に入れたという報道もあって非難を浴びていた。

絶望から自殺をする人もうなぎのぼりに増えていき、山に入ると、幾人もの人が木からつるされている光景があった。

そんな中、小春は大宰府で自動車の教習を受け続けていた。

教習を受けに来る小春と、それを教えるイサザワ教官。

不思議な日常を繰り返していた年末。

教習に使う車を小春が選びトランクを開けると、中には滅多刺しにされた女性の死体が隠されていた。

いったい誰がなんのために?

元警察官であったイサザワとともに、小春は事件を追っていく。

終末世界が割とリアル

終末を描いた小説といえば、伊坂幸太郎さんの『終末のフール』や、凪良ゆうさんの『滅びの前のシャングリラ』が有名ですね。

『終末のフール』は、どことなくいったん落ち着いた世界でしたけど、『此の世の果ての殺人』は混乱真っただ中。

というのも、惑星の衝突を発見したものの、国民に発表されるまではかなり時間があり、発表された時点で衝突まで半年ほど。

あっという間に世界中がパニックになり、暴動も犯罪も横行し、食べ物を巡って争いがおきている状態。

小春は、衝突予測地点から近い場所に住んでいたため、周囲には人影もなくなっています。

電気も止まり、携帯電話もごく一部の場所でようやく使える。

自殺者も、最初は自宅でする人が多かったのに、いつからか奥地自殺なんて言葉が流行り、誰にも迷惑をかけない山奥にみんな向かうようになる。

逃げることができない難民村もたしかにありそうだし、刑務所からの集団脱獄も、そんな世界なら止めようがない。

まさに終末を思わされる世界観で見事でした。

なぜ終末世界で殺人事件が起きるのか。

『此の世の果ての殺人』のタイトルどおり、殺人事件が起きます。

でも、数か月後には惑星が衝突してみんな死ぬ。

なのにどうしてそんなときに殺人なんてする人がいるのか。

この謎が本作に読者を引き込む魅力の一つでした。

そうなんですよね、わざわざ殺人を犯す必要がない。

どうせみんな死ぬのだから。

それでも、一番先に思い浮かぶのは怨恨でしょうか。

恨みのある人がいたから、どうせ死ぬとわかっていても、自分の手で恨みを晴らしたい。

そこを想像しながら読み進めていくのはおもしろかったです。

終末でも、みんな一生懸命生きている。

『此の世の果ての殺人』でけっこう好きだったのは、みんな自分なりに一生懸命生きていること。

小春たちが道中で出会う、暁人と光の兄弟。

車いすに乗る暁人を弟の光が支えながら韓国を目指しているのだといいます。

暁人は、足手まといになることに負い目を感じながらも、光とともにいることを選んでいます。

難民村では、元議員の女性が音頭をとって、逃げ遅れた人や、逃げることができない人たちをまとめあげています。

とある病院には、年配者が毎日集まります。

そこの屋上は数少ない携帯の電波が届く場所で、残された時間、家族に連絡を取りながら過ごしています。

もちろん、略奪などの犯罪に走る人もたくさんいるし、社会自体が機能していないとんでもない世界だけど、それでも、そこには人の生きているストーリーがあるんだなって感じます。

犯人はちょっと、ね。

物語の後半で、犯人と対決することにもなります。

かなり対決シーンには時間を割いていて、力が入っていてよかった。

よかったのですが、どうにも犯人が、うーんといった具合で。

動機の面がどうしても弱く感じてしまいました。

この人が犯人っぽいなって人ではあったけど、それは別にいいんです。

でも、これだけのことをしてきた割には、

「そんな理由かい!」

って突っ込みたくなる人も多いんじゃないかなーっと。

でも全体で見るとやっぱりおもしろかったし、終わり方はきれいだったのでいい読後感がありました。

人を裁くということ

警察は社会が正常なときなら役に立つけど、終末になるとどんどん機能しなくなっていく。

それがありありとわかる小説で、警察自体もどんどん少なくなっていくんですね。

そんな中、元警察官のイサザワが行動をするわけですが、この人は正義感が強すぎて問題という人物。

警察を辞めたのも、正義感からの不祥事によるもの。

本作の中でもこんなことを言います。

「そりゃあね。理屈はわかるよ、理屈は。でも私には、守るべき市民とやらに犯罪者が含まれることが理解できないんだよ。他人の生命や精神を脅かした犯罪者を今更どうして気遣ってやらなきゃならない? どんな手を使ってでも、犯罪者は排除すべきだ」

(荒木あかね『此の世の果ての殺人』より)

だから、小説の中でも、かなり過激に犯罪者に対して力で抑え付けようとするところもあります。

すごくわかるセリフではあるんですよね。

犯罪者にも加害者にも人権があるなんて言われるけど、それって被害者からしたらたまったものじゃないですし、人の人権を奪っておいてなに自分の人権を主張するんだなんて思います。

ただ、そうはいっても、守るべきものを守らないと社会は成り立たない。

それが理屈しては分かるが納得できない。

これってあまり大っぴらに主張できないけど、割とたくさんの人が少なからず感じてることなのかなーって思います。

このあとのページでは死刑制度についての話題も出ていて、仕事柄とても考えさせられるシーンでした。

おわりに

『此の世の果ての殺人』は第68回江戸川乱歩賞を受賞した作品です。

つまり、荒木あかねさんのデビュー作なんですね。

正直、読んでいて

「新人賞でこの素晴らしい出来なのか!」

と驚かされます。

いや、新人賞を受賞した作品をけっこう読んでいるんですが、それなりに荒の多い作品が多いんですよね。

それもまた魅力の一つではあるんですけど。

その中でもかなり細かく設定ができていて読みごたえはあったなと。

次作にとても期待が持てる作家さんが出てきて今後が楽しみです。