未成年の少年が事件を起こしたときに大きな役割をもつ家庭裁判所調査官。
家裁調査官なんて略していうこともありますね。
国家公務員試験を合格して、少年やその家庭環境を調査した上で一番いい形を模索する重要な職業です。
すごく真面目そうな人が就いていそうな仕事ですが、この物語の中ではずいぶんと破天荒な人が家裁調査官として登場します。
今回紹介するのは、伊坂幸太郎さんの『チルドレン』です!
家裁調査官シリーズの1作目になります。
個人的に家裁調査官とは縁があるため、初めて『チルドレン』を読んだときは、
「こんなこと書いていいのかな?」
とどきどきしていましたが、でも実際にこんな人がいたらおもしろいだろうなと感じます。
ここでは『チルドレン』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『チルドレン』のあらすじ
『チルドレン』は5つの物語からなる連作短編集。
「短編集のふりをした長編」ともいわれ、語り手は別だが陣内という人物が中心となった物語となる。
〇バンク
〇チルドレン
〇レトリーバー
〇チルドレンⅡ
〇イン
の5つから構成されていて、「バンク」「レトリーバー」「イン」がまだ陣内が家裁調査官になる前の大学生のころの物語。
「チルドレン」「チルドレンⅡ」が家裁調査官になってからの物語となる。
陣内がまだ大学生のときを描いた「バンク」「レトリーバー」「イン」では、陣内の友人である鴨居、盲目の青年・永瀬、永瀬の恋人・優子が語り手として進行する。
「バンク」では、人質全員にお祭りの屋台で売っているようなアニメのお面をつけさせる銀行強盗が登場する。
陣内、鴨居、永瀬は人質として捕らえられるが、陣内は真っ向から銀行強盗に反発をしたり、なぜか急にビートルズの曲を口ずさんだりと通常では考えられない行動を取る陣内が描かれている。
同様に、「レトリーバー」でも、急に永瀬と優子に、告白をしに行くから見届けてほしいと頼み、いざ告白をすると見事玉砕!
その後、二人に長々と公園のベンチで演説を始める陣内であったが、しばらくしても公園にいる人たちの顔ぶれに変化がないことに気づく。
そこからなぜか、世界が止まったのだと言い出す陣内。
「チルドレン」「チルドレンⅡ」で家裁調査官になってからも、陣内のそういった部分は変わらない。
適当にやっているように見えるのに、少年たちからは慕われている陣内。
常識では考えられない接し方をするがその根底には少年たちへの想いがあるのであった。
犯罪をした少年を変えるなんて奇跡なんだといわれ、俺たちは奇跡を起こすのだ!と叫ぶ陣内の奮闘に胸が熱くなる。
「少年の健全な育成とか、平和な家庭生活とか、少年法とか家事審判法の目的なんて、全部嘘でさ、どうでもいいんだ。俺たちの目的は、奇跡を起こすこと、それだ」
(伊坂幸太郎『チルドレン』より)
家裁調査官ってどんな仕事?
本の感想を書く前に、家裁調査官ってどんな仕事なのかをちょこっとだけ紹介しておきます。
家裁調査官、正式には家庭裁判所調査官ですね。
『チルドレン』の中で出てくる仕事は、
〇離婚事件における夫婦の現状の把握と調停
〇少年保護事件における少年や家庭の問題の実地調査・把握
離婚の調停は「チルドレンⅡ」で少年事件ではなく家事事件担当になった武藤が苦労している様子が描かれていました。
『チルドレン』を読むまで家裁調査官にそんな仕事があるなんて知らなかったです。
でも裁判とは違って調停なので、もめる夫婦の間に入ってお互いの言い分を聞き、スムーズに話し合いが進むようにしなくてはいけないようなのですが……。
なんか勝手に当事者でやってくれと言いたくなりそうな仕事ですね。
二つ目の少年保護事件のほうが、家裁調査官の仕事としてはイメージしやすいかと。
少年や保護者と面接をして、家庭や少年の周囲の環境、事件の原因などを調査して、今後のどうすればいいのかを考えていく仕事ですね。
これにも二種類あって、事件のあと、在宅(家に帰って)で調査するものと収容(少年鑑別所に入って)して調査するものがあります。
『チルドレン』ではいずれも在宅の話になっていましたね。
少年鑑別所だと動きも小さいし、物語としては進めにくいですもんね。
『チルドレン』から見る家裁調査官とは
さて、『チルドレン』でも家裁調査官ってこんな人!というセリフがたくさん出てきます。
その中から4つだけ紹介したいと思います。
まずは陣内の後輩・武藤が主任調査官のよくいうセリフとして話したのがこれ。
「「私たち家裁調査官にとって、担当する少年少女は自分の子供みたいなものなんだよ」これは主任調査官の小山内さんが酒を飲むと、よく口にするセリフだった」
(伊坂幸太郎『チルドレン』より)
家裁調査官として、担当する少年たちは、自然と思い入れが強くなるものです。
だからこそ、まるで自分の子供のように感じ、成長をしてほしいと願うのかなと思います。
次は二ついっぺんに。
「家裁の調査官がサラリーマンよりも多く経験できるのは、裏切られること」
(伊坂幸太郎『チルドレン』より)
「反省なんかするわけないじゃん。少年院とかに行ったら大変だしさ、調査官なんてちょっと反省したふりすれば優しくしてくれるって、先輩に聞いたから」
(伊坂幸太郎『チルドレン』より)
上記二つは悲しいけれど現実なんだろうなと思わされるセリフです。
家裁調査官は、たくさんの少年事件を見ていきますが、すごく反省をしているように見えた少年でも、内心ではまったく反省していなくて、その場だけやり過ごそうとする少年もたくさんいます。
二つ目のセリフは、『チルドレン』で武藤が担当した女子少年が、保護観察となったあとに再犯をしていったセリフですね。
ここまではっきりいうケースはそんなに多くはないと思いますが、実際こういう風に思っている人はたくさんいます。
最後は、陣内のセリフから。
「少年と向かい合うのに、心理学も社会学もないっつうの。あいつらは統計じゃないし、数学でも化学式でもない。だろ?それに、誰だって自分だけはオリジナルな人間だと思ってるんだよ。誰かに似ているなんて言われるのはまっぴらなんだ。
―中略―
バレンタインデーで、周りの男と同じチョコをもらうのと同じだよ。好きな子からもらって、喜んで開けたら、みんながもらっている義理チョコと一緒だった、というのと、同じくらいの悲劇だよ。悲劇は不要だ。調査官は、担当する少年が、『他の誰にも似ていない、世界で一人きりの奴』だと思って、向き合わないと駄目なんだよ」
(伊坂幸太郎『チルドレン』より)
こんな調査官ばっかりだと嬉しいですね。
家裁調査官でも学校の先生でも、もちろん両親でも、どこかにこんな風にしっかりと向き合ってくれる人がいれば、非行って減るのかもしれません。
個人的にはまずは親だとは思うのですが、誰かと比較することなく、その人を大切にしていきたいです。
人を変えることはできるものなのか?
『チルドレン』では、少年犯罪とその少年とのやりとりが見どころの一つです。
メインの登場人物である陣内が家裁調査官になるわけだからそこは外せないですね。
さて、その中で、上記したように犯罪をした少年が更生することはあるのかということが考えさせられます。
『チルドレン』の中では、複数の少年少女が出てきますが、いずれも簡単にはいかなさそうな子どもたちばかり。
接し方も様々ですが、武藤は陣内のアドバイスを受けて、担当少年に芥川龍之介の『侏儒の言葉』を渡して、好きな言葉を見つけてくるように宿題を出します。
それがきっかけで最初は硬かった少年の態度も軟化してちょっとだけ関係も変わってきます。
陣内も担当する少年の働く居酒屋にしょっちゅう顔を出しては飲み食いしていきます。
「俺に会いにきたんですか」
と嫌そうにする少年に、たまたま入ったのがここだったんだ!と言いながらも、父親とはうまくいってんのかと問う陣内。
改善が難しそうな少年に、自分がやっているバンドのライブに来るように誘います。
実際にこんなことを家裁調査官がしていいのか微妙ですが、きっとこうした関わりが何かしらの影響は与えることになるのだろうなとは思います。
でも、それはあくまできっかけを与えるだけなのかなと個人的には思っています。
直接、自分がその子を変えてやろうというのはそれこそ奇跡なのだろう、と。
その少年のうちから出た気持ちがなければ本当に変わることは難しいのだろう、と。
その一歩を踏み出させること、固い扉を少しでも開かせること、そうした役割であり、そしてとても重要なものだと感じました。
『チルドレン』に出てくる『侏儒の言葉』
陣内の後輩の武藤が少年に渡した芥川龍之介の『侏儒の言葉』。
元々、陣内からこれを渡して宿題にするといいとのアドバイスを受けて渡すことになるのですが、意外とこれがおもしろそう。
『チルドレン』では、その中から5つの言葉が引用されていました。
「道徳とは便宜の異名である。「左側通行」と似たものがある」
「人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまっている」
「「その罪を憎んでその人を憎まず」とは必ずしも行うに難いことではない。大抵の子は大抵の親にちゃんとこの格言を実行している」
「我我人間の特色は神の決して犯さない過失を犯すと云うことである」
「罰せられぬことほど苦しい罰はない」
3番目の言葉なんかおもしろいなって感じます。
確かに親のやることって子どもからすると、「ちょっと!!」言いたくなることがたくさんあるけど、親のことはなんだかんだ好きだったりしますもんね。
関連で時間があったら読んでみたい一冊です。
伊坂幸太郎の他作品とのつながりは?
さて、伊坂作品の他作品とのつながりです!
『チルドレン』でもちょこちょこやはり出てきます。
私が気づいたところでは、まずは『ラッシュライフ』と『チルドレン』。
「ラジオからニュースが流れている。「強盗だってよ」と運転手が言うので飛び上がるほど驚いてしまう。
「銀行に立てこもっているんだとよ」と言われて、安堵した。自分の郵便局強盗とは別のようだ。運転手が言うには、仙台駅前の銀行で人質を取った犯人が立てこもっているらしい。世の中には様々なことが同時に起こっているのだと、しみじみと豊田は思った。人質の一部は解放されたらしいが、人質達はそれぞれ、縁日で売っている面を被らされていた、とニュースは繰り返している。奇妙な話はあちらこちらに転がっているものだ、と感心するほかない」
(伊坂幸太郎『ラッシュライフ』P306より)
「自分が銀行強盗の人質になる時が来るとは、思ってもいなかった。しかも、アニメのお面を付けられた人質になるとは、予想外も予想外、人生いたるところに驚きが隠れているものだな、とつくづく思った」
(伊坂幸太郎『チルドレン』「バンク」P9より)
「バンク」の銀行強盗事件が『ラッシュライフ』の中で語られていましたね。
それから、『陽気なギャングが地球を回す』。
人が出るわけではないですが、関東で話題の銀行強盗の話が登場します。
顔に×テープをつけた強盗ということで、響野たちも同様に×テープをつけていましたよね。
「居酒屋天々」という居酒屋チェーン店も『チルドレン』でも『魔王』でも登場しています。
おわりに
『チルドレン』は、ほかの作品に比べて血なまぐさい部分も少ないし、どちらかというと平和な話かなって思います。
『重力ピエロ』とか『オーデュボンの祈り』みたいなちょっと不思議な感じの伊坂さん作品も好きですが、こうして現実に近いもので考えさせられるのもおすすめです。
同じ〈家裁調査官〉シリーズの『サブマリン』も早く読みたくなりますね。
さて、『チルドレン』の次は〈殺し屋〉シリーズの『グラスホッパー』なのですが、感想書いている間に順番待ちがえて『魔王』を読んでしまいました。
『魔王』の感想も書きつつ、『グラスホッパー』に手を出そうと思います。