5分でわかる名作

三大奇書の一つ!『ドグラ・マグラ』夢野久作のあらすじと感想

日本の三大奇書といえば、まず名前が挙がるのが夢野久作の『ドグラ・マグラ』だ。

かなりのボリュームがあるため読む前からちょっと気後れしていたのだが、読み始めていると、それ以上に理解すること自体が困難な内容であったために遅々として手が進まない作品だった。

日本の三大奇書と呼ばれるだけのことはある。

読書を楽しみたい人にはおすすめはしないが、人生に一度は三大奇書を制覇したい人、話題の一つとして目を通しておきたい人には読む価値はあるのではないか。

夢野久作の『ドグラ・マグラ』は、精神病理学、遺伝学、犯罪心理学、そして宗教的・伝奇的要素が複雑に絡み合う、日本文学史でも屈指の難解小説である。

物語は九州帝大医学部の精神病棟を舞台とし、主人公の「私(名前は読者には明示されない)」が記憶を失った状態で目覚めるところから始まる。

彼は自分がどうしてここにいるのか、何者なのか、何をしたのかを一切理解できない。

周囲の人物は彼の疑問に明確な答えを与えず、研究資料や記録、精神科医の語りを通じて少しずつ断片が提示されていく。

ここから先は、ほぼネタバレになるのでちゃんと読むつもりの人は見ないで戻るように。


Contents

『ドグラ・マグラ』のあらすじ

■序盤:目覚めと混乱

「私」はある朝、精神病院の保護室で意識を取り戻す。自分が誰かも分からず、室内には大量の医学書やカルテが積まれており、そこには「私」に関係する情報が書き込まれているらしい。しかし読んでも意味が分からず、逆に不安が増すばかりである。

やがて、担当医だという若林鏡太郎博士が姿を現す。若林は「私」の症状を淡々と確認し、彼が完全な記憶喪失に陥っていることを告げる。若林によれば、「私」はかつて大学院生であり、精神医学の研究室に所属していた。しかしある事件をきっかけに精神錯乱を起こし、この病棟に隔離されることになったという。

若林は「私」がこれから読むべき資料として、数冊の文書を渡す。それらには彼自身の過去、家系、そして精神異常に関する研究が含まれているらしい。


■中盤①:過去の断片と「狂気の遺伝」説

読者が「私」と同じように資料を読む形で、物語は“過去の物語”へと入り込んでいく。

その中心に存在するのが、

  • 「狂気は遺伝するか」
  • 「人間の意識とは何か」
  • 「犯罪衝動はどこから来るのか」

といったテーマである。

資料には「私」の家系についての詳細な調査が含まれており、その血統は代々「狂気」を抱えた異常な一族であるという。先祖の一人は猛烈な殺人衝動を持ち、別の祖先は奇妙な幻覚に取り憑かれ、また別の人物は催眠に極端にかかりやすい体質であった。

これらの資料を読むうちに、「私」は自分が犯罪を犯しているかもしれないという感覚に苛まれる。しかし記憶は戻らず、ただ不安と恐怖だけが増大していく。


■中盤②:「胎児の夢」理論と精神分裂

物語の核心の一つとして登場するのが、若林博士やその師である正木敬之博士が唱える奇抜な理論だ。

●「胎児の夢」理論

これは、「人間の意識は母胎の中にいる頃に複雑な夢を見ており、生後の人格形成はその夢の残滓によって左右される」というもの。逆に言えば、胎児夢のトラウマや想念が、成人後に精神異常や犯罪衝動となって現れる可能性があるとされる。

正木博士はこの理論を証明するため、催眠術によって患者の記憶を胎児期まで遡らせるという「研究」を行っていた。これは医学的には危険で非倫理的な行為であり、弟子たちさえ恐れていた。

●「催眠と遺伝の交錯」

正木はまた、「記憶は遺伝する」とも主張していた。つまり祖先の精神異常や犯罪衝動が、催眠や精神刺激を通して子孫に再現される可能性があるという。
資料によれば、「私」はこの研究の被験者だった可能性が高い。そして実験中に錯乱し、事件を起こしたのではないか、と読者に推測させるような描写が続く。


■中盤③:三つの事件と真相の迷宮

物語は「私」が関わったとされる3つの事件を示唆するが、明確な答えは示されない。

  1. 婚約者の殺害
  2. 正木博士の研究室での惨劇
  3. 自分自身の精神崩壊

特に婚約者については、彼女が「私」に殺されたという説もあれば、逆に彼女自身が狂気に陥っていたという説もある。資料や証言は互いに矛盾し、「私」はどれが真実か分からなくなる。

読者もまた「何が真実か」を見失う構造になっている。


■終盤①:「私」は狂人なのか?

物語が進むにつれ、「私」は自分が正木博士の理論の『完成形』として育てられた存在ではないか、という疑念に取り憑かれる。

  • 祖先からの遺伝
  • 胎児期の記憶
  • 催眠による精神操作

これらすべてが重なり、「私」はもはや自分の意識がどこから来ているのかすら判断できなくなる。

若林博士は「あなたは狂人ではない」と言いつつも、具体的な証拠は示さない。その曖昧さは「私」の不安をさらに深める。


■終盤②:ループする物語と真相の不在

物語の終盤では、読者は次の可能性を同時に突きつけられる。

  • 「私」は本当に記憶喪失である
  • 記憶喪失が演技である
  • そもそも「私」という人格が複数存在する
  • 全ては正木博士の催眠の結果である
  • 物語そのものが「胎児の夢」かもしれない

そして最後のシーンでは、「私」が再び同じ病室で目覚める描写が登場する。物語が冒頭に戻るような構造となり、読者は“午前四時の鬼気”と呼ばれる不気味な感覚に取り込まれる。

真相は最後まで提示されない
すべては可能性の集合であり、読者自身が“狂気の迷宮”に囚われる仕組みだ。


感想

■①読むほど深く沈んでいく迷宮体験

『ドグラ・マグラ』は、単なるミステリーやホラーではなく、“読者の精神を揺さぶる体験型小説”である。物語の中で「私」が混乱し、恐怖し、何が現実か分からなくなっていく過程そのものを、読者も追体験する。

正直、読んでいてどれが正しいのか分からなくなってくる。『ドグラ・マグラ』の中に出てくる論文自体も難解で、理解を拒む内容だ。

特筆すべきは、不安を引き起こす文章構造だ。

  • 同じ記述が形を変えて繰り返される
  • 資料・証言・手記が互いに矛盾する
  • 語り手が次々と変わる
  • 医学的知識・宗教的要素・遺伝学が錯綜する

これらが積み重なることで、読者は「まともに読んでいるはずなのに、頭の中が掻き回される」ような感覚を味わう。
それはまさに、タイトルにある「ドグラ・マグラ(道具羅馬具羅)」の語が示す“狂気の渦”そのものだ。


■②解説:作品理解の鍵となるテーマ

●1. 「意識はどこから来るか」

物語の中心テーマは“意識の正体”である。

  • 胎児夢
  • 遺伝記憶
  • 催眠
  • 無意識

夢野久作はこれらを大胆に混ぜ合わせ、「自我とは実は極めて脆いものではないか」と問いかける。

●2. 「人間は遺伝によって縛られるのか」

物語に登場する医師たちは、「狂気は遺伝する」という危険な説を当然のように扱う。
これは当時の優生学思想とも通じており、作者はその不気味さと誤謬を強調している。

●3. 物語の“真相が存在しない”という構造

『ドグラ・マグラ』が独特なのは、事件の真相を曖昧にしたまま物語が終わる点にある。
これは、推理小説というよりも、“人間の意識の迷宮を描いた文学作品”として読むべきだという作者の姿勢が表れている。


■③総評

『ドグラ・マグラ』は日本文学史上でも異彩を放つ、まさに怪作である。

  • 物語構造
  • 医学的・心理学的知識
  • 意識の哲学
  • ホラー表現

これらが緻密に絡み合い、読み手を「狂気の参観者」へと巻き込む。
読後には、何を読んだのか分からないような、しかし忘れ難い感覚だけが残る。
それこそが本作の力であり、夢野久作が意図した“思考の攪乱”なのだろう。

ドグラ・マグラ(上)

posted with ヨメレバ

夢野 久作 KADOKAWA 1976年10月13日頃

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