神さまと聞くとどんなイメージを持ちますか。
なんでもできて、なんでも知っている、いわゆる全知全能の存在。
ふつうの人とはかけ離れた存在。
失敗なんてしない完璧な存在。
サッカーとかバスケとか、特にスポーツの世界だと、「〇〇の神」なんて言い方もされますよね。
ここで出てくる神さまは小学生の男の子です。
今回読んだのは、芦沢央さんの『僕の神さま』です。
芦沢央さんの小説を読むのはこれで7冊目になるかな。
これもまた考えさせられる要素がたくさん盛り込まれた良作でした。
ここでは、『僕の神さま』のあらすじや感想を紹介していきます。
Contents
『僕の神さま』のあらすじ
〇「春の作り方」
〇「夏の「自由」研究」
〇「作戦会議は秋の秘密」
〇「冬に真実は伝えない」
〇「エピローグ」
四篇の小説とエピローグからなる連作短編集。
小学生の佐土原くんのクラスメートには、神さまと呼ばれる水谷くんがいた。
水谷くんは、いつも、誰かが学校や生活の中で起こる謎を相談すると、あっという間に解決してくれる。
佐土原くんはそんな水谷くんに憧れ、彼に解決できないことはない、神さまなんだから、という思いを抱いていた。
春には、佐土原くんが祖母の形見である桜の塩漬けをだめにしてしまう。
水谷くんに相談すると、三つの解決策を教えてくれた。
夏には、絵が上手い川上さんからの相談に、三人で自由研究のような時間を過ごした。
秋の運動会では、騎馬戦の必勝法を伝授する水谷くんだったが、その裏には隠された意味が存在した。
冬になると、学校に広がる図書館の呪いの本の答えを導き出す。
佐土原くんと水谷くんが過ごす一年間をご堪能あれ。
子どもたちの些細な疑問や謎
『僕の神さま』は、小学生を主人公においているので、小学生ならではのエピソードも多い。
冷蔵庫を開けたときに、ちょっと意識が別のところにあって物を落としてしまうことって、小さいときはよくやりますよね。
私は今でもしょっちゅうですが。
自由研究とか、運動会とか、自分の学生時代を思い返しながら、懐かしい気持ちにもなりました。
ふつうだったら、何事もなく過ぎていく学校生活ですが、そこにふとした疑問や謎を組み込んでいきます。
それが不自然でなく、たしかに起きることかもしれないものばかり。
違和感なく読めるから共感もしやすいなと感じます。
『汚れた手をそこで拭かない』でも思いましたが、芦沢央さんって、ありそうな出来事から小説を創り出すのが本当に巧いと思います。
水谷くんは特別な存在ではない
水谷くんは、その頭の回転の速さと知識から、なんでも事件を解決します。
だからみんなから、よくも悪くも「神さま」と呼ばれています。
でも、水谷くんって特別な存在ではないんですよね。
わからないことは当然ある。
だから、すぐに図書館に行って本で調べたり、インターネットで検索してみたり。
なんでもわかる全知全能の存在ではないんです。
それでも、自分ができる中で、最大限の努力をする。
その結果が、なんでも解決できるように見えるということなんですね。
でも、周囲の同級生はその過程には興味がない。
「水谷くんに頼めばなんとかなる」
そんな風に考えてしまう。
水谷くんだって、わからないことはあるし、失敗だってします。
周囲のそういう目って、きっときついものがあるんだろうなと思いました。
全体的に少し暗め
主人公が小学生。
なんとなく行事とか楽しそうな雰囲気もある。
最初の、「春の作り方」なんて、優しい物語で、こういう内容が続くのかなと思っていたらとんでもない。
読むにつれて、どこかダークな気配が漂ってきます。
さすが芦沢央さんって気持ちにさせられました。
でも、残酷とか、かわいそうな話とかではないんですよ。
物語としては、どれもきれいに進んでいて、解決されていきます。
ただ、その根底にある暗い部分を見事に醸し出しています。
私はハッピーエンドな小説が好きですが、こうした現実を見据えた影の残し方のある小説もまた大好きです。
芦沢央さんにしても、米澤穂信さんにしても、こういう描き方がうまい人の小説はどんどん読んでみたくなります。
おわりに
小学生が主人公の小説って、一般文芸でもそれなりにありますよね。
その中には、
「これって小学生が考えるかな」
とかなり違和感のある作品もあります。
でも、『僕の神さま』は、たしかに水谷くんすごいんですけど、それでも、常識を飛び越えていっているわけではないので、自然に読むことができます。
小学生が主人公だからか、全体的に文章も読みやすくていいですね。
ふだん小説を読まない人でもすんなりと読破できるんじゃないかなと思います。